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*25* 招かれざる客
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「くそっ……!」
「君はここでお留守番だよ、咲くん」
ㅤすかさず追いかけようとしても、部屋を出たところで待ったをかけられる。つぐみさんだ。
「どうしてですか……みやびさんに、葵に、なにがあったんですか」
「招かれざる客、というやつさ。なに、この時期はちょっと多いだけでね。村長にも知らせてある。きっと大丈夫だ」
「……そんなこと言われても、納得できません」
ㅤ核心を避けた曖昧な説明も、有無を言わさず言いつけられた留守も。
本当はわかってる。俺みたいな頼りない男に、話せることなんかないんだって。部外者は大人しくしていろって。
ㅤだけど、でも。みんなが血相を変えるほどの異常事態が起きていることくらい、理解できる。
そんな場所に、はとちゃんみたいな女の子が向かっていることも。
「……はぁっ!」
「咲くん……!」
ㅤ俺の知らないところで、はとちゃんになにかあったら。
嫌な想像が脳裏をよぎり、じわりと、冷汗がこめかみを伝う。
くしゃりと握りしめたシャツ1枚を隔てて、胸の鼓動が、浅くなってゆく。
「はとちゃんがいない場所なんて……俺には、どこも同じ、です……俺も、連れていってください……!」
ㅤ脅しと思われても構わない。
いまの俺に、なりふり構っていられる余裕なんて必要ない。
ㅤ瞳と瞳がぶつかって、しばしの沈黙が流れた。
「……具合の悪い子を、放ってはおけないものね」
ㅤ俺の胸を押し留めていた手が、そっと肩に添えられ、背中へ回る。
「わかった。くれぐれも、無理をしちゃ駄目だよ」
ㅤ迷惑この上ない頼みを突っぱねるでもなく、つぐみさんはただ穏やかに、身体を支えてくれた。
「……ありがとう、ございます」
「いいんだよ。私も、いつもタカに留守番を食らってるクチだからね。思うところもあるのさ」
ㅤあくまで個人的な仕返しだと、冗談めかしてみせる彼女みたいな優しさを、俺は知らない。
「落ち着いたかい?ㅤそれじゃあ、行こうか」
ㅤ胸の底から込み上げる感情に息が詰まりつつも、差し出された手を取って、1歩を踏み出すのだった。
ㅤㅤ*ㅤㅤ*ㅤㅤ*
ㅤ事の始まりは正午前。
昼食の支度に取りかかろうとした里子さんが、ちょうど自宅近くの道で、不審な人影を目撃したことによる。
連絡は、すぐに村役場まで回ってきた。
「村の子供たちが、見知らぬ連中と山のほうへ向かっている」――と。
ㅤ再び訪れた山奥の洋館は、やけに静かだった。
自然の豊かさを感じられたはずの場所は、風も吹かず、動物の気配もなく。
ㅤ1歩先を行くつぐみさんに促され、息を殺した俺は、人影のないエントランスへ足を踏み入れる。
アフタヌーンティーをご馳走してもらったテラスも通り抜け、奥へ、奥へ。
ㅤやがて、優美なパステル調の廊下とは明らかに異なった、竹づくりの引き戸が現れる。
それは、不自然に開いたままで……細心の注意を払い、敷居を跨いだ俺の目前に、衝撃の光景が広がった。
「――貴様、何処ん奴じゃ」
ㅤ薄暗い土間で、聞いたことのないような低音を響かせ、純白の和傘を掲げる鷹緒さんの横顔。
彼がにらみつける先には、ひょろりとした痩身の男性が佇んでいた。
「いやっ、自分はたまたま、お邪魔させてもらっただけでして」
「子供らにわざわざ案内させちか?ㅤ貴様が言う〝たまたま〟やったとして――何故〝行広〟ん名を知っちょる?」
ㅤふれれば斬れるような、鋭い声音。押し黙る男性。
一触即発。どこをどう見ても明らかだった。
「……鷹緒兄さん、退いてくれ」
「じゃけんど、葵」
「来客にはご挨拶を。そうだろう?」
ㅤ紺の作務衣を身にまとった葵が、毅然とした態度で歩み出る。
彼を背後に庇っていた鷹緒さんは、凛としたまなざしに口をつぐみ、沈黙を返した。
「〝行広〟に用がある……とのことだが。おあいにくさま、茶葉を切らしていましてね」
ㅤ口調こそ丁寧だが、それは〝帰れ〟という言外の宣告。
男性を見据えるまなざしは冷たく、厳しい。
よく似た別人でも見ているんじゃないかと、錯覚してしまうほどに。
「そうですか……それじゃあ仕方がない」
ㅤ無言の気迫に圧倒されたか。男性は苦笑混じりに後ろ首を撫で。
「――なんて言うと思ったかよ、バーカ」
ㅤ耳障りな嘲笑の直後、ドンッと鈍い音。
驚愕に染まる葵の腕が、やけにスローモーションで虚空を掻く。
「……っぐ、ぁああっ!!」
ㅤ呆然とする意識を、絶叫が引き戻す。
硬い地面へしたたかに身体を打ちつけた葵が、苦悶の表情を浮かべてうずくまっていて。
押さえつけているのは……足。右の。
ㅤ――お兄ちゃんね、足がわるいの。右のほう。
ㅤその言葉を思い出した瞬間、頭の中が、真っ白に塗り潰された。
「葵ッ!!」
ㅤこれで黙ってなんていられるはずがない。無我夢中で飛び出し、葵のそばで膝を折る。
「咲!?ㅤ待っとれ言うたに……おい、つぐ!」
「はいはい、止めなかった私の責任。だから咲くんを責めるとかお門違いはやめてよね」
「おまえなぁ……!」
「咲くんには、はとちゃんが必要なんだ。私たちが想像していたよりもずっとね。はとちゃんだけじゃない。あおくんだって同じ。どうこう言える権利が、私たちなんかにある?ㅤないよね?」
「っ……」
ㅤつぐみさんにフォローさせてしまって、申し訳ない。
でも、いまだけは、その心遣いに甘えさせてください。
「葵……ごめんな、俺、なにもしてやれなくて……」
「……咲くん、はは、きみが来ちゃったかぁ……」
「ごめん、ごめん……っ」
ㅤあぁ、泣きそうだ。
馬鹿じゃないのか、俺は。
痛いのは、辛いのは、葵のほうなのに。
せめて支えるくらいはしなきゃなのに、すがりつくみたいに、ひた謝ることしかできなくて。
「君はここでお留守番だよ、咲くん」
ㅤすかさず追いかけようとしても、部屋を出たところで待ったをかけられる。つぐみさんだ。
「どうしてですか……みやびさんに、葵に、なにがあったんですか」
「招かれざる客、というやつさ。なに、この時期はちょっと多いだけでね。村長にも知らせてある。きっと大丈夫だ」
「……そんなこと言われても、納得できません」
ㅤ核心を避けた曖昧な説明も、有無を言わさず言いつけられた留守も。
本当はわかってる。俺みたいな頼りない男に、話せることなんかないんだって。部外者は大人しくしていろって。
ㅤだけど、でも。みんなが血相を変えるほどの異常事態が起きていることくらい、理解できる。
そんな場所に、はとちゃんみたいな女の子が向かっていることも。
「……はぁっ!」
「咲くん……!」
ㅤ俺の知らないところで、はとちゃんになにかあったら。
嫌な想像が脳裏をよぎり、じわりと、冷汗がこめかみを伝う。
くしゃりと握りしめたシャツ1枚を隔てて、胸の鼓動が、浅くなってゆく。
「はとちゃんがいない場所なんて……俺には、どこも同じ、です……俺も、連れていってください……!」
ㅤ脅しと思われても構わない。
いまの俺に、なりふり構っていられる余裕なんて必要ない。
ㅤ瞳と瞳がぶつかって、しばしの沈黙が流れた。
「……具合の悪い子を、放ってはおけないものね」
ㅤ俺の胸を押し留めていた手が、そっと肩に添えられ、背中へ回る。
「わかった。くれぐれも、無理をしちゃ駄目だよ」
ㅤ迷惑この上ない頼みを突っぱねるでもなく、つぐみさんはただ穏やかに、身体を支えてくれた。
「……ありがとう、ございます」
「いいんだよ。私も、いつもタカに留守番を食らってるクチだからね。思うところもあるのさ」
ㅤあくまで個人的な仕返しだと、冗談めかしてみせる彼女みたいな優しさを、俺は知らない。
「落ち着いたかい?ㅤそれじゃあ、行こうか」
ㅤ胸の底から込み上げる感情に息が詰まりつつも、差し出された手を取って、1歩を踏み出すのだった。
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ㅤ事の始まりは正午前。
昼食の支度に取りかかろうとした里子さんが、ちょうど自宅近くの道で、不審な人影を目撃したことによる。
連絡は、すぐに村役場まで回ってきた。
「村の子供たちが、見知らぬ連中と山のほうへ向かっている」――と。
ㅤ再び訪れた山奥の洋館は、やけに静かだった。
自然の豊かさを感じられたはずの場所は、風も吹かず、動物の気配もなく。
ㅤ1歩先を行くつぐみさんに促され、息を殺した俺は、人影のないエントランスへ足を踏み入れる。
アフタヌーンティーをご馳走してもらったテラスも通り抜け、奥へ、奥へ。
ㅤやがて、優美なパステル調の廊下とは明らかに異なった、竹づくりの引き戸が現れる。
それは、不自然に開いたままで……細心の注意を払い、敷居を跨いだ俺の目前に、衝撃の光景が広がった。
「――貴様、何処ん奴じゃ」
ㅤ薄暗い土間で、聞いたことのないような低音を響かせ、純白の和傘を掲げる鷹緒さんの横顔。
彼がにらみつける先には、ひょろりとした痩身の男性が佇んでいた。
「いやっ、自分はたまたま、お邪魔させてもらっただけでして」
「子供らにわざわざ案内させちか?ㅤ貴様が言う〝たまたま〟やったとして――何故〝行広〟ん名を知っちょる?」
ㅤふれれば斬れるような、鋭い声音。押し黙る男性。
一触即発。どこをどう見ても明らかだった。
「……鷹緒兄さん、退いてくれ」
「じゃけんど、葵」
「来客にはご挨拶を。そうだろう?」
ㅤ紺の作務衣を身にまとった葵が、毅然とした態度で歩み出る。
彼を背後に庇っていた鷹緒さんは、凛としたまなざしに口をつぐみ、沈黙を返した。
「〝行広〟に用がある……とのことだが。おあいにくさま、茶葉を切らしていましてね」
ㅤ口調こそ丁寧だが、それは〝帰れ〟という言外の宣告。
男性を見据えるまなざしは冷たく、厳しい。
よく似た別人でも見ているんじゃないかと、錯覚してしまうほどに。
「そうですか……それじゃあ仕方がない」
ㅤ無言の気迫に圧倒されたか。男性は苦笑混じりに後ろ首を撫で。
「――なんて言うと思ったかよ、バーカ」
ㅤ耳障りな嘲笑の直後、ドンッと鈍い音。
驚愕に染まる葵の腕が、やけにスローモーションで虚空を掻く。
「……っぐ、ぁああっ!!」
ㅤ呆然とする意識を、絶叫が引き戻す。
硬い地面へしたたかに身体を打ちつけた葵が、苦悶の表情を浮かべてうずくまっていて。
押さえつけているのは……足。右の。
ㅤ――お兄ちゃんね、足がわるいの。右のほう。
ㅤその言葉を思い出した瞬間、頭の中が、真っ白に塗り潰された。
「葵ッ!!」
ㅤこれで黙ってなんていられるはずがない。無我夢中で飛び出し、葵のそばで膝を折る。
「咲!?ㅤ待っとれ言うたに……おい、つぐ!」
「はいはい、止めなかった私の責任。だから咲くんを責めるとかお門違いはやめてよね」
「おまえなぁ……!」
「咲くんには、はとちゃんが必要なんだ。私たちが想像していたよりもずっとね。はとちゃんだけじゃない。あおくんだって同じ。どうこう言える権利が、私たちなんかにある?ㅤないよね?」
「っ……」
ㅤつぐみさんにフォローさせてしまって、申し訳ない。
でも、いまだけは、その心遣いに甘えさせてください。
「葵……ごめんな、俺、なにもしてやれなくて……」
「……咲くん、はは、きみが来ちゃったかぁ……」
「ごめん、ごめん……っ」
ㅤあぁ、泣きそうだ。
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