【完結】たまゆらの花篝り

はーこ

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菫の進言㈠

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 日本晴れをいただく屋上。南中した太陽とは対照的に、ほのの機嫌は最底辺を蛇行していた。

「私、どんどん自分がダメになってく気がするわ……」
「それは重畳ちょうじょう。今後とも全身全霊を以てお仕え申し上げるぞ」
「あのねぇ、べには私を甘やかしすぎだと思うの!」
「吾妹の為ではない。吾妹をどろどろに甘やかし、厭がる姿に快感を覚えたいが為。その証拠に、やめろと言われてすぐにわたしがやめたことはなかろう?」
「たしかに! 最低!!」

 ああ言えばこう言う。はじめから開き直っているこの変態付喪神は、さすが一筋縄ではいきそうもない。
 手持ちの重箱――ひとり用の小ぶりのもの――をちゃぶ台よろしくひっくり返しそうになるが、困るのは自分。ぐっと堪えるほかなかった。

 口ではなんと言おうが、穂花が食してくれることを知っていた紅であるから、給仕の意味合いも兼ねて傍近くで誇らしげに見つめていた。
 だし巻き玉子を嚥えんし、脇に控える付喪神をそっと見やる。

 紅は家事から穂花の身の回りの世話に至るまで、なんでもそつなくこなしてみせる。口を挟む間もないほどに。これほど神らしくな……家庭的な神もいないだろう。
 否、神ゆえになんでもこなすことができるのか。成程、これぞ全知全能。

「吾妹、如何されたか? 急に黙り込みなさって」
「……」
「吾妹」
「…………」
「……構ってくれ、細君」

 まずい、と箸の手が止まる。
 吾妹と喚ばれているうちはまだいい。
 しかし細君はどうだろうか。
 どちらも愛する女性の呼称であるが、前者は軽いたわむれ、後者は魅惑的な睦言というように紅が使い分けていることを、長年の経験から導き出していた。

 いつもいつも出し抜かれているのが面白くなくて、なんとなく無視をした結果がこれとは。
 沈黙をいぶかしんだか。
 紅は主の背へ近づくと、射干ぬばたまの長髪をそっと掻き分け、のぞく白いうなじに朱の唇を寄せる。

「我が愛しの君……あまり袖にされては、わたしも耐えきれぬというもの」
「でしたら、日頃の行いを正されては如何かしら」
「わたしは身を焼くような情愛を捧げているというのに、この想いは儚くも水泡に帰すのであるな。あな切なきや、切なきや……」
「ハイそこ泣き真似しない!」

 振り返りざまの容赦ない一喝に、紅は紺青の袖で覆った口許をあらわにする。形のいいそれは、悲相とは縁遠い弧を描いていた。
 穂花はこれ以上のやり取りは埒が明かないと判断。手早く重箱を風呂敷に包む。

「あまり食が進んでいないではないか。どちらへ」
「お花摘みに。ご馳走さまでしたッ!」

 すかさず続こうとする紅へ予防線を張り、駄目押しに風呂敷を押しつける。
 その心情はさながら、過保護な父や兄に対する反抗と似ていた。
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