【完結】たまゆらの花篝り

はーこ

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小袖の五月雨㈠

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「べに、おんぶ!」

 大粒の琥珀が、まだ茜の空をうんと見上げていたころ。数拍を経て、丸みを帯びた紅玉がふ……と和らぐ。

「本日は〝だっこ〟ではないのですな?」
「おんぶがいいの! おんぶ!」
「御意のままに」

 何故という言外の問いに、ほのは我を突き通す。
 主は齢三歳を満たした程度だ。適当であるか、とべには結論づける。

 黄金色に仄光る草むらにて右の膝頭をつく。背を差し出せば、幾許いくばくもなく肉弾に見舞われる。
 逃げるはずもない相手めがけ、いとけない少女は思いきり踏み切ったらしい。

 お次は奇妙な息苦しさを覚える。両肩にかけて摩擦を伴うそれは、おそらく、常日頃から紺青の衣と合わせている桜霞さくらがすみ領巾ひれを引っ張られている為と思われる。

「お馬ごっこをご所望か、吾妹」
「ひらひら~」

 問いが聞こえているのかそうでないのか、穂花は此花色の服飾をくいくいと引っ張るばかり。
 紅の神気により、平生は重力の洗礼を受けることなくひらり、ふわり、と大気を漂う細長い布切れは、手綱と化したようだ。

 けれども紅は抗議も追及もしない。主の言の葉すべてが、己にとって是である為だ。
 そっと腰を上げれば、さやさやと葉桜がささめく。
 宵を運ぶ緋色の風は、首筋を撫で、身をぷるりと震わせる。

 ――寒いのは厭だ。

 背のぬくもりをすぐにでも胸へ抱き直したい衝動を堪え、影の敷かれた山道を踏み出す。
 さく、さく、と落ち葉を踏みしめる音。そよ風の散歩。枝葉の内緒話。
 下りを始めてからは、水を打ったような静けさに包まれる。手綱を引かれる圧迫感は、いつしかなくなっていた。

「吾妹」

 ひとたび喚びかける。返事はない。
 歩みのゆりかごに、夢路へ旅立ってしまわれたのだろうか。それでも構いはせぬと、草笛は奏でられる。

「吾妹、お出かけの折は、せめてあおを供におつけくださいまし」
「……なんで?」

 返答あり。確証を得て、ひそめていた声を少しばかり張る。

「もし吾妹になにかあったら。そう思うと、紅は身が焼き切れそうになります。出来るなら、まばたきの間もお傍を離れたくないのです。しかしながら、私欲のために吾妹のお心へ土足で踏み入ることもはばかられる」

 返す言の葉がなければ、それは紅の独りごちと成り下がる。
 きっと、一生懸命にしゃくをしているのだろう。幼い主がどれほどを理解したか定かではない。
 たとえひとかけらさえ飲み込まれていなくとも、よかった。いまこのとき、ぬくもりがそこに在るならば。

「嗚呼……今宵は五月雨さみだれのようです。雨は厭じゃ。寒い。どうにかやませようにも、あの夕焼けは素知らぬふりで隠れようとする」

 遠く、遥か遠くを仰いだまなざしが、透き通った緋色を細く切りとる。
 薄紫の滲んだ天道は、恐ろしく美しかった。作り物のごとく。
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