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25.墜ちて墜ちて

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「ごめんなさい……あなたには、〝彼〟を信じて待っていてほしかったのですが……刻限のようです」

 視界から、ふたつの影が消えます。
 力を失くした両手の甲に、そっと、手を重ねられる感触。
 首をかたむけると、右に東雲しののめさん、左に四紋しもんさん。

「あなたを、お独りではゆかせません」
「微力ながら、お力添え申し上げます」

 賛美歌のような声音に包まれて、両頬になにかがふれました。
 やわらかくて、あたたかいもの……

「〝九生猫きゅうしょうねこ〟のキスは、ヒトのそれよりも強い意味と力を持ちます。どうか、心にお留めおきください」
「東雲さん……? その言い方だと、まるで」

 頬を離れた唇が、くすりと、笑みをこぼします。

「はい、正解です。日野ひの先生」

 アメシストの瞳には、四紋さんと同じ〝ヒトならざる証〟が、たしかに刻まれていました。
 ぐにゃりと、視界がぼやけます。今度は涙のせいではありません。

「墜ちて墜ちて、行けるところまで行ってごらんなさい。あなたの行く先に、〝彼〟は必ず在ります」

 校長室の風景が、煙のように消えゆきます。
 東雲さんの姿も、四紋さんの姿も。
 けれど素肌にふれたぬくもりは、たしかに残って。

 ……ちりん。

 ふいに響いた音色。

「鈴を、決して手放してはいけませんよ。どうか無事に……迷子を連れ戻して」

 直後、暗転する世界。



「……きゃっ!」
「うわっ!?」

 まるで、突然意識を引き戻されたようでした。
〝なにかと衝突〟という、痛みを伴って。
 下が草むらでなければ、どうなっていたことやら。
 ……草むら?

「ってぇ……」

 周りは見慣れぬ自然風景。
 ぶつかったのは、〝なにか〟というより〝誰か〟……それも、わたしがのしかかっている状態だと、いまごろになって気づきました。

 慌てて謝ろうとして、固まります。
 目前の光景が……信じられなくて。

「地獄ってのは、上からヒトが降ってくんのかよオイ……」

 ――ドクン

 心臓が、さわがしいです。

(あなたを愛していた〝はぐれ猫〟の名前は)

 これは夢じゃ……ないんですよね?
 眉をひそめ、わしわしと栗色の頭を掻く、この〝青年〟は。

「まったくもぅー……ビックリさせんなよな」

 せき止められていた感情が、解放されます。

理玖りくくんッ!!」

 歓喜するわたしとは裏腹に、彼はなにやら考え込んでいるもよう。
 不思議に思うころ、目前の唇がニヤリと弧を描きました。

 ……ぎゅっ。

 背中に両腕を回されたかと思えば、ぐりんっとひっくり返る天地。

「きゃあッ!?」

 あっという間に、わたしの背中は草むらに押しつけられてしまいます。

「待ってた。来るの遅すぎだから、おしおきね?」
「えっ、理玖く」
「退かなかったでしょ? じゃ、こっちは遠慮なくキスするだけなんで」

 わたしを組み敷く彼。
 思考を痺れさせる甘い声……

 耳もとでささやかれ、はじめて気づかされます。
 熱をはらんだエメラルドの、妖しい瞳孔のきらめきに。
 それは、17歳の青年には過ぎた色香。

「ねぇ……きみは俺のものでしょ。食べちゃってもいいよね。キレーなおねーさん?」

 ……えっと、これはその、つまり。

 日野ひの三葉みつば――早くもピンチです?
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