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512.閑話 とあるアパートの情景4
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「つまりは全然、知らないってことね」
「まあ、そうなんです。
でも誰も見たことないっていうのも変ですし、
いつからそうなのか改めて聞かれると記憶に覚えがないんですよ。
他の部屋の学生も同じじゃないですかね」
「死体があるとか」
「やな事を言わないでください。
引っ越す金なんてないんですから。あと一年で卒業なんです。
そんなん勘弁して欲しいですよ。
でもまあ、3年も住んでいて、隣人に関して何の記憶もないって
本当に変ですよね。
前に住んでいた奴のことくらい知っていてもおかしくないはずなのに。
ん、何だ、どういうことだ。何で知らないんだ。
誰かが引っ越したなら、分かるはずだ。3年もあんな状態なのか。
それを受け入れてたのか。普通じゃないぞ。
誰だ誰が住んでるんだ。俺、確か引っ越しの挨拶に伺った。
顔が思い出せない。コイツ誰だ、誰だ。誰だ。誰なんだ」
チャラ男は突然、頭を抱えて呻り始めた。
うわ言の様に誰だ誰だと千晴の前で繰り返していた。
周りはこちらを盗み見ていた。
慌てた千晴はチャラ男を隣人から逸らすために話しかけた。
「ちょっ、落ち着いて。
そう、まだ、名前を聞いていなかったよね。名前、教えて」
「うっうう、おっ俺、俺は多田慶行。お姉さんは?」
千晴は、一瞬、本名を名乗るか迷った。一呼吸、おいて千晴は答えた。
「佐藤千晴よ。会社の経理や人事、総務の仕事をしているわ」
慶行はポカンとした表情をした後、笑った。
「ぷぷっ、何それ。何でも屋ってやつじゃん。
もしかして、ブラック企業勤め?」
「はあ。違うわよ。中小企業で人が少ないから、
自然と兼任するようになっているだけ」
千晴は説明して、虚しくなった。
確かに傍から見れば、ブラックにしか聞こえないだろうと思った。
「ふーん。まあいいや。それで佐藤さんは副業で探偵でもしている訳?
零細企業だと大変だね」
こっこいつ言うに事を欠いて零細呼ばわりしやがった。
しかも暗に薄給を馬鹿にしてやがる。
しかし、中らずと雖も遠からずと思ってしまい、
千晴は反論することをせずに話を進めた。
「それより多田君、隣を訪ねてみない?」
にやにやとしていた慶行の顔が固まってしまった。
「いやそれは、いくらエロいおねーさんの
お誘いでもちょっと避けたいかな。ってか関わりたくない気分」
千晴がじろりと睨みつけると、視線を合わせないように
顔を背ける慶行だった。
こいつはチャラ男に見えるヘタレだと千晴は認定した。
「そんなもやもやした気分で残り一年の学生生活を過ごす訳?
それは楽しくないでしょ。私も同行するから、いいでしょ」
「いやでもちょっと」
「つべこべ言わずにさっさと食べる。そしたら、戻る!
そしてインターホンを押す。分かった?」
千晴の剣幕に圧されて、慶行は頷いてしまった。
アパートに戻る道中、千晴が何を話し掛けようとも慶行は終始無言であった。
二人は玄関の前に立った。お互いに無言であった。
千晴の右手がチャイムに向かった。ポチっとベルを鳴らした。
ベルの音が響くが、何の反応も無かった。再度、押した。
千晴はドアを叩いた。軽く叩いたつもりが思いのほか音が響いた。
ガチャリと玄関の開く音がした。千晴は玄関を睨みつけていた。
慶行は音を聞いた瞬間、小さな悲鳴を上げた。
「まあ、そうなんです。
でも誰も見たことないっていうのも変ですし、
いつからそうなのか改めて聞かれると記憶に覚えがないんですよ。
他の部屋の学生も同じじゃないですかね」
「死体があるとか」
「やな事を言わないでください。
引っ越す金なんてないんですから。あと一年で卒業なんです。
そんなん勘弁して欲しいですよ。
でもまあ、3年も住んでいて、隣人に関して何の記憶もないって
本当に変ですよね。
前に住んでいた奴のことくらい知っていてもおかしくないはずなのに。
ん、何だ、どういうことだ。何で知らないんだ。
誰かが引っ越したなら、分かるはずだ。3年もあんな状態なのか。
それを受け入れてたのか。普通じゃないぞ。
誰だ誰が住んでるんだ。俺、確か引っ越しの挨拶に伺った。
顔が思い出せない。コイツ誰だ、誰だ。誰だ。誰なんだ」
チャラ男は突然、頭を抱えて呻り始めた。
うわ言の様に誰だ誰だと千晴の前で繰り返していた。
周りはこちらを盗み見ていた。
慌てた千晴はチャラ男を隣人から逸らすために話しかけた。
「ちょっ、落ち着いて。
そう、まだ、名前を聞いていなかったよね。名前、教えて」
「うっうう、おっ俺、俺は多田慶行。お姉さんは?」
千晴は、一瞬、本名を名乗るか迷った。一呼吸、おいて千晴は答えた。
「佐藤千晴よ。会社の経理や人事、総務の仕事をしているわ」
慶行はポカンとした表情をした後、笑った。
「ぷぷっ、何それ。何でも屋ってやつじゃん。
もしかして、ブラック企業勤め?」
「はあ。違うわよ。中小企業で人が少ないから、
自然と兼任するようになっているだけ」
千晴は説明して、虚しくなった。
確かに傍から見れば、ブラックにしか聞こえないだろうと思った。
「ふーん。まあいいや。それで佐藤さんは副業で探偵でもしている訳?
零細企業だと大変だね」
こっこいつ言うに事を欠いて零細呼ばわりしやがった。
しかも暗に薄給を馬鹿にしてやがる。
しかし、中らずと雖も遠からずと思ってしまい、
千晴は反論することをせずに話を進めた。
「それより多田君、隣を訪ねてみない?」
にやにやとしていた慶行の顔が固まってしまった。
「いやそれは、いくらエロいおねーさんの
お誘いでもちょっと避けたいかな。ってか関わりたくない気分」
千晴がじろりと睨みつけると、視線を合わせないように
顔を背ける慶行だった。
こいつはチャラ男に見えるヘタレだと千晴は認定した。
「そんなもやもやした気分で残り一年の学生生活を過ごす訳?
それは楽しくないでしょ。私も同行するから、いいでしょ」
「いやでもちょっと」
「つべこべ言わずにさっさと食べる。そしたら、戻る!
そしてインターホンを押す。分かった?」
千晴の剣幕に圧されて、慶行は頷いてしまった。
アパートに戻る道中、千晴が何を話し掛けようとも慶行は終始無言であった。
二人は玄関の前に立った。お互いに無言であった。
千晴の右手がチャイムに向かった。ポチっとベルを鳴らした。
ベルの音が響くが、何の反応も無かった。再度、押した。
千晴はドアを叩いた。軽く叩いたつもりが思いのほか音が響いた。
ガチャリと玄関の開く音がした。千晴は玄関を睨みつけていた。
慶行は音を聞いた瞬間、小さな悲鳴を上げた。
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