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【番いのαから逃げたい話】
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”欠陥だったはずの自分に、自分だけのΩがいるかもしれない。”
それを感じてから身も心も軽くなった
まるで生まれ変わったような清々しい気分だった。
「こんにちは。屋上は風通しがよくて涼しいねぇ、俺もここでお昼いいかな?」
「は?」
お気に入りの場所なのだろう。よく晴れた昼休みの屋上に彼、八木唯はいた。
ただ立ち入り禁止の場所にいる生徒を注意するでもなく、「俺も飯を食いにきた」とやってきた教師を唯は警戒していた。
けれど新野にとっては念願のファーストコンタクトだ。
唯の動向に気をつけつつ良さそうな日陰に腰を下ろした。
「アンタ、数学の」
「あ、覚えてくれてたんだ?嬉しいなぁ。いただきます」
「!?」
『本当にここで食べるのか!?』と驚いている。信じられないと大きく開いた黒い瞳を純粋にかわいいと思ったが、唯に構うことなく持ってきたコンビニの袋からガサガサとからあげ弁当を取り出して頬張った。
のんびり話もしたいが次の授業準備もある。
それに本当に唯が新野の運命なのか、まず観察しなければならなかった。いくら唯君がΩとはいえ下手をすれば新野は犯罪者になってしまう自覚くらいはあった。
「……」
お互い何も言わずに箸をすすめているが、これでいい。
唯のクラスメイトや担任達から得た情報により彼が干渉されるのを嫌う、さらにカッとなりやすいタイプだと知った。そしてαの前じゃ強がることも。
Ωにしては珍しく強気な性格だとは思ったが、他人に自分の弱さを見られることを嫌う人間は多い。今は近づきすぎないよう彼のパーソナルスペースを守る。
焦らずとも、こっちから唯を煽るような真似をしない限り逃げはしないはずだ。
予想は大当たりで、唯は新野が立ち去るまで屋上を動かなかった。
(さすがに一回じゃ分からないか… まぁいい)
昼休みの時、いい風がふわりと吹き抜けたのだが抑制剤が効いているせいか匂いを感じなかった。
それも仕方ないことだ。学校に通う以上Ω生徒達には昼休み指定の教室か保健室で抑制剤を飲むことが義務付けられている。
あの日の放課後は、たまたま唯の発情期が近かったか抑制剤の効果が薄くなっていたのだろう。
屋上での接触を機会にと新野は唯を目にかけるような行動に出た。
まずは挨拶程度からだったが、――――【Ωを気にかけるなんてヘンな教師がいる】と唯には印象を持ってもらえた。
「おはよう」
「……はよ」
おおいに不思議がっていた唯も繰り返せば新野とのスキンシップに馴染みはじめ次第に打ち解けていった。
そして、時々屋上に顔を出しては唯に軽い世間話や、授業中で分かりにくいところがなかったかなど質問をして少しずつ交流を深めた。
「先生って変なところ抜けてるよな?」
唯も軽口くらいなら叩ける。そこまで二人の仲は進展していた。
「そうかな?あんまり言われたことないけど」
「だって屋上が立ち入り禁止ってこと今さら知るとか、普通そうないだろ?」
「あっ、まぁ…そうなんだけどね」
「ほーら、やっぱ抜けてる」
ケラケラと楽しげに笑う唯。
(俺も楽しいよ)
長い前髪からのぞく黒い目が、ちらちらと新野を見上げていてカワイイ。
はやく小さく笑う彼の頬に触りたい。抱き寄せて優しい手つきで鬱陶しげな髪のカーテンを開いて、大きな丸い瞳に俺だけを写させたい。
「ん?先生、どうかした?」
「ううん。なんでもないよ」
匂いは感じなくとも唯がいると妙に血が沸き立つ。
逆に唯が屋上にいなかったり、他のクラスメイトと話しているのを見るだけで苛々する。
――――とはいえ焦りは禁物だ。
それに、高校生と未熟な彼に手を出すつもりなどない。
新野へ芽吹かせた好意を、卒業するまでに恋心へと開花させることが目標だった。
* * *
「先生は、なんで俺に優しくしてくれるわけ?」
ある日の、いつもの屋上でのことだったが珍しく唯は暗い面持ちだった。
(どうしようか…)
いい頃合いとも思った。
いつも教師としての模倣的な回答してきたが、そろそろ新野個人としての言葉を返してもいいのかもしれない。
「単に八木君を放っておけなかったからかなぁ。君は周りと距離を置こうとしてたけど、俺には素直でいい子で、それに………」
「それに?」
「ちょっと俺と似てると思った」
「え、俺が先生と?」
「うん。繊細なところとか特に」
そう言って笑ってみせれば唯も、「なんだよそれ」と失笑した。
「……だから、お節介焼いてくれたんだ?」
「そうでなくても焼きたくなるんだよ、俺だって教師だぞ?」
「そっか…。これから出会う人が、みんな新野先生みたいだったらいいのに…」
「んん?その言葉は嬉しいけど八木君も”マッチングシステム”くらいは登録するでしょう?そうしたら、俺よりもずっと優秀なαと出会えるよ」
希少でもΩは人から遠ざけられ、成人しても社会に馴染めない。
それはもう悲劇だ。それならば早くαと番ってしまった方がΩの為にもなる。
一六歳になれば番い(α)を合法的に持てる。さらに安心できる番いのもとで人口増加(子作り)といった社会貢献ができるよう、Ω達のために国や自治体が運営するマッチングシステムや充実した福祉制度がある。
ほとんどのΩがすぐ加入するシステムだが、何故か唯は未登録のままだった。
「……あぁ、アレか」
煩わしそうに唯はしているが、将来を決める大事なことだ。
「したくない…」
「ん?」
―――発情期のせいで心身ともに苦しむのはΩ本人だけではない。そのフェロモンはαやβに悪影響を与える。
わかっていても、悲しそうな目に歪ませた瞳を新野に向けて揺らせた。
「俺、死んでも番いは作りたくないんだ」
番いを持てばきっと不幸にしてしまうから…
そんなことを未来の番いは、目を伏せ新野に告げた
――――――― は?
ピシッと、心の奥底がひび割れる音を聞いた。
”欠陥だったはずの自分に、自分だけのΩがいるかもしれない。”
それを感じてから身も心も軽くなった
まるで生まれ変わったような清々しい気分だった。
「こんにちは。屋上は風通しがよくて涼しいねぇ、俺もここでお昼いいかな?」
「は?」
お気に入りの場所なのだろう。よく晴れた昼休みの屋上に彼、八木唯はいた。
ただ立ち入り禁止の場所にいる生徒を注意するでもなく、「俺も飯を食いにきた」とやってきた教師を唯は警戒していた。
けれど新野にとっては念願のファーストコンタクトだ。
唯の動向に気をつけつつ良さそうな日陰に腰を下ろした。
「アンタ、数学の」
「あ、覚えてくれてたんだ?嬉しいなぁ。いただきます」
「!?」
『本当にここで食べるのか!?』と驚いている。信じられないと大きく開いた黒い瞳を純粋にかわいいと思ったが、唯に構うことなく持ってきたコンビニの袋からガサガサとからあげ弁当を取り出して頬張った。
のんびり話もしたいが次の授業準備もある。
それに本当に唯が新野の運命なのか、まず観察しなければならなかった。いくら唯君がΩとはいえ下手をすれば新野は犯罪者になってしまう自覚くらいはあった。
「……」
お互い何も言わずに箸をすすめているが、これでいい。
唯のクラスメイトや担任達から得た情報により彼が干渉されるのを嫌う、さらにカッとなりやすいタイプだと知った。そしてαの前じゃ強がることも。
Ωにしては珍しく強気な性格だとは思ったが、他人に自分の弱さを見られることを嫌う人間は多い。今は近づきすぎないよう彼のパーソナルスペースを守る。
焦らずとも、こっちから唯を煽るような真似をしない限り逃げはしないはずだ。
予想は大当たりで、唯は新野が立ち去るまで屋上を動かなかった。
(さすがに一回じゃ分からないか… まぁいい)
昼休みの時、いい風がふわりと吹き抜けたのだが抑制剤が効いているせいか匂いを感じなかった。
それも仕方ないことだ。学校に通う以上Ω生徒達には昼休み指定の教室か保健室で抑制剤を飲むことが義務付けられている。
あの日の放課後は、たまたま唯の発情期が近かったか抑制剤の効果が薄くなっていたのだろう。
屋上での接触を機会にと新野は唯を目にかけるような行動に出た。
まずは挨拶程度からだったが、――――【Ωを気にかけるなんてヘンな教師がいる】と唯には印象を持ってもらえた。
「おはよう」
「……はよ」
おおいに不思議がっていた唯も繰り返せば新野とのスキンシップに馴染みはじめ次第に打ち解けていった。
そして、時々屋上に顔を出しては唯に軽い世間話や、授業中で分かりにくいところがなかったかなど質問をして少しずつ交流を深めた。
「先生って変なところ抜けてるよな?」
唯も軽口くらいなら叩ける。そこまで二人の仲は進展していた。
「そうかな?あんまり言われたことないけど」
「だって屋上が立ち入り禁止ってこと今さら知るとか、普通そうないだろ?」
「あっ、まぁ…そうなんだけどね」
「ほーら、やっぱ抜けてる」
ケラケラと楽しげに笑う唯。
(俺も楽しいよ)
長い前髪からのぞく黒い目が、ちらちらと新野を見上げていてカワイイ。
はやく小さく笑う彼の頬に触りたい。抱き寄せて優しい手つきで鬱陶しげな髪のカーテンを開いて、大きな丸い瞳に俺だけを写させたい。
「ん?先生、どうかした?」
「ううん。なんでもないよ」
匂いは感じなくとも唯がいると妙に血が沸き立つ。
逆に唯が屋上にいなかったり、他のクラスメイトと話しているのを見るだけで苛々する。
――――とはいえ焦りは禁物だ。
それに、高校生と未熟な彼に手を出すつもりなどない。
新野へ芽吹かせた好意を、卒業するまでに恋心へと開花させることが目標だった。
* * *
「先生は、なんで俺に優しくしてくれるわけ?」
ある日の、いつもの屋上でのことだったが珍しく唯は暗い面持ちだった。
(どうしようか…)
いい頃合いとも思った。
いつも教師としての模倣的な回答してきたが、そろそろ新野個人としての言葉を返してもいいのかもしれない。
「単に八木君を放っておけなかったからかなぁ。君は周りと距離を置こうとしてたけど、俺には素直でいい子で、それに………」
「それに?」
「ちょっと俺と似てると思った」
「え、俺が先生と?」
「うん。繊細なところとか特に」
そう言って笑ってみせれば唯も、「なんだよそれ」と失笑した。
「……だから、お節介焼いてくれたんだ?」
「そうでなくても焼きたくなるんだよ、俺だって教師だぞ?」
「そっか…。これから出会う人が、みんな新野先生みたいだったらいいのに…」
「んん?その言葉は嬉しいけど八木君も”マッチングシステム”くらいは登録するでしょう?そうしたら、俺よりもずっと優秀なαと出会えるよ」
希少でもΩは人から遠ざけられ、成人しても社会に馴染めない。
それはもう悲劇だ。それならば早くαと番ってしまった方がΩの為にもなる。
一六歳になれば番い(α)を合法的に持てる。さらに安心できる番いのもとで人口増加(子作り)といった社会貢献ができるよう、Ω達のために国や自治体が運営するマッチングシステムや充実した福祉制度がある。
ほとんどのΩがすぐ加入するシステムだが、何故か唯は未登録のままだった。
「……あぁ、アレか」
煩わしそうに唯はしているが、将来を決める大事なことだ。
「したくない…」
「ん?」
―――発情期のせいで心身ともに苦しむのはΩ本人だけではない。そのフェロモンはαやβに悪影響を与える。
わかっていても、悲しそうな目に歪ませた瞳を新野に向けて揺らせた。
「俺、死んでも番いは作りたくないんだ」
番いを持てばきっと不幸にしてしまうから…
そんなことを未来の番いは、目を伏せ新野に告げた
――――――― は?
ピシッと、心の奥底がひび割れる音を聞いた。
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