番いのαから逃げたいΩくんの話

田舎

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【番いのαから逃げた話】

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お疲れ様です。と今日も定時上がりだ。
こそっと事務所の扉を出て駐車場に向かうと、田舎の風景には似合わない派手な柄シャツを着こなすデカい男と目が合った。


「よぉ。おかえり」
「………ただいま」

この人は芦屋貴文あしや たかふみさん。
新野さんの友達で、俺の協力者になってくれた恩人の一人だ。

「どうせ特売に行くつもりだったんだろ?必要そうなもん適当に買っといたぞ」
「…卵は?」
「いるか?」
「夕飯は親子丼にしようかと思ってた」
「あー…そりゃ抜かってたわ。あとでスーパーに寄ってやるよ」

どうぞ?、と車のドアを開いて俺をエスコートする。
俺にはメーカーや車種のことも分からないけど、芦屋さんに大事にされている車なんだと思う。外も中もいつも綺麗にしてもらっている。

「どうした?乗らないのか?」
「いえ…」

さすが”監視役”だ。俺が車に乗り込むまで背後か脇にいるし、俺が自分でドアを閉める前に芦屋さんに閉じられた。

「よろしくお願いします」
「おう。けどよぉ、いい加減そのクソ丁寧な挨拶はどうにかしないか?」
「はい?」

今からいつものように俺が借りてるアパートに送ってもらうのに、礼を言わないのはおかしくないか?

「俺は敬語を使われるのに慣れてないんだ。ありがとーって笑顔で言ってくれりゃいい」
「……そんなに軽い挨拶は、したことがないので」

それに職場の女性陣が、アンタが俺の番いじゃないのかって噂してるんだよ。厄介なことにそれを俺が否定すれば「紹介してくれない?」て聞かれる、多分間違いなく。
あまり妙なことにならないよう、出来れば距離のある関係でいたい。


「………八木君、眠いなら寝てな。着いたら起こすよ」
「親子丼…、たまご抜きでもい、い……?」」
「あぁ。八木君の作る飯はうまいからな」


嫌味なく褒められるのは嬉しい。
それと同時に悲しくなる、あの人をの事を思い出すから


窓の外を眺めると、眠い瞼が勝手に落ちた。





――――ここに来て、一年になる。

流れた時間に”まだ”が正しいのか、”あっという間”の表現が正しいのか分からない。
芦屋さんに公園で声をかけられた俺は車に乗せられて、新野さんの婚約者佐伯尊さえき たけるさんの元へと連れていかれた。
閑静な住宅に建てられた立派な家だった。
そして、案内された庭で優雅に紅茶か珈琲をすすっていたのは人形のように綺麗で美しい人。

その人が先生の、【婚約者】の佐伯さんだった。
いつか会うかもしれないと覚悟をしてなかったわけじゃない。



「……、あ…」

いざ対面するとダメだった。
貴方が持つべきだった番いをにしてしまったことへの謝罪と、今から俺に浴びせられるだろう罵倒と非難への覚悟をして来たつもりなのに…。
喉の奥で言葉がつっかえている、情けない。

「おい、”タケ”。いつまで流暢にしてやがる?あんなに会いたがってた八木君だぞ」
「もう、たまには雰囲気も大事にしてください」

重苦しい雰囲気を壊してくれたのは意外にも芦屋さんからで、声を聞いて佐伯さんが男だと知って驚いた。

「私はこれでも嬉しさを噛みしめてるんですよ?写真で見るよりもずっと可愛い、の番いに会えて」
「っ!?」

ねぇ?と見つめられて微笑まれたって、俺に返せる言葉なんてない。。

「なにが雰囲気だ。どうせ俺がいない間に無駄に俊哉を煽ってブチ切れさせたんだろ?八木君が可哀想だ、さっさと本題に入ってやれ」
「”アッシー”ってば、相変わらずせっかちさんですねぇ」
「ガキをいじめんなっつってんだ」

やれやれと首を振る佐伯さんと、呆れた様子を見せる芦屋さん。
再び俺を見据えた佐伯さんは、天使のように柔らかい笑みで、話を持ち掛けてきた。


「八木唯さん、貴方を番から逃がしてあげましょうか?」


拒む理由が、俺にはなかった。






『あと紹介できる職場はここの工場ですね。ただ、ドのつく田舎暮らしになるので不自由するかもしれませんが、ちゃんと寮かアパートが完備されてます』。

いま、こうして仕事と不自由ない生活があるのは芦屋さんと佐伯さんのおかげだ。
佐伯さんに会ったのは後にも先にも、あの庭で会った一度きりの事だけど…。



「で、八木君の心は変わらないのか?」
「またその話…」

家に帰った俺は、ちょっとしたおかずと味噌汁と卵のない親子丼を作った。
家事をしているときはいい。心を動かさないように振る舞えるから………。


「ちぃっとは真面目に聞け。それに、お前また痩せたろ?ちゃんと話し合うことは大事だ」
「無理ですよ。だって新野さんは、佐伯さんと…」
「まぁ俺としても……本当にあの二人が籍を入れたってのは意外だったけどさ」


新野さんと佐伯さんの、入籍。

ここに来て半年が過ぎたころ、芦屋さんは二人が入籍したことを俺に教えてくれた。
別にそのことで俺は気を病んだりしてないのに…


「―――。たいして薬も効いてないんだろ?」
「…………」
「心配すんな。俊哉は八木君を蔑ろにしたりはしねぇよ、むしろ」
「だから、大丈夫です。体重も落ちてないし食欲もある。仕事にだって支障はないんだ」

厄介なことに俺は、”番欠乏症”という稀有な症状に悩まされていた。
番欠乏症といっても、番いから離れたショックで患った一種のうつ病だ。俺は軽度で、ぜんぜん深刻じゃないし不眠と慢性的な疲労も薬が解決してくれる。
心配しまくってる芦屋さんが過保護なだけだ。


「症状が落ち着いたら、番解消の処置も出来るって言われたんだ。そしたら貴方も俺の監視役から解放されます」
「監視じゃねーよ、子守だっつってんだろ」

いただきます、と箸の音。
チッと舌打ちした芦屋さんは、茶碗を持って食事をとり始めた。
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