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すべては備え
――――キィ
ずらりと並んでいたのは、大きなフリルにレースに、金や赤色などの派手で豪華な刺繍の入った服の数々だ。
「はぁ…」
自室の衣装棚を開いたレイは、チカチカしそうになる目を伏せ、深いため息を一つ漏らした。
そしてパタンと衣装棚を閉じると、首に巻いていたスカーフを取り、今着ているひらひらした貴族の子らしい服を脱ぎ捨てて――― 己の裸体を「天敵」の前にさらす。
「………」
そこにあるのは、一台の姿見鏡だ。
普段は白いシーツをかけて隠しているが、今は覆っていない。
鏡――。
とくに姿見鏡は一番嫌いだった。
この鬱蒼とした白い肌と老人のように真っ白な髪、そして鮮血のような瞳。
―――呪われた「常世の色」。
赤裸々に私の醜さを見せつけてくるのだ。
しかし、今は鏡が必要だった。
ごくりと唾を飲み、ようやく緊張に強張る顔を上げる。
「……はは」
たまらずレイの口から漏れた、乾いた笑い声。
(ああ。なんだ…私とは)
「10歳のぼくは…こんなに頼りなくて小さいんだ」
なんとも薄っぺらい体だ。
偏食で痩せている上に、部屋に引きこもっていたせいで筋肉もほとんどない。
長髪はアメリが頑張って整えてくれているが、私が手入れを嫌うあまり艶はよくない。
(それでも……あの頃の自分はもっと大きくて、特別な存在だと思っていた)
……なのに、どうしたことか。
いま目の前に立っているのは自信のない顔をした、一人の子供がくしゃりと笑っているだけだ。
たったそれだけのことなのに、鏡に映った自分が
――――こんなにも貧弱でちっぽけな子どもだと知って、心底安心したのだった。
【私には何もない。】
改めて確認したあとは、行動だ。
なにせ私には学ぶべきことが山ほどある。
今からでも間に合うだろうか? それくらい、学んでも学んでも足りない気がした。
そうして今日も自室の床の上を本や図鑑でいっぱいにしていたところに、家庭教師のクラウスがやってきた。
「……。坊ちゃん、勉強熱心なのはいいことですが、根を詰めすぎです」
「クラウス…先生」
鬼教師だと思っていたクラウスが心配そうに声をかけてきたので驚いた。
彼はこの頃、20代前半だったと記憶している。
私はいつも陰険で嫌な眼鏡のやつ!と思っていたので、こんな気遣う言葉を聞いたのは初めてだった。
「どうして、そんなに一生懸命なのですか?それも急に」
「あ。えっと…、その…」
あぁ、そうだった…。
無表情のクラウスが漂わせる雰囲気だ。まるで怒っているかのように冷たい空気に萎縮してしまい、うまく言葉が出せなかった。
(―――落ち着け。大丈夫だ)
目が覚めたベッドのそばに、彼がいたことを知っている。
今の私は……クラウスの目を見て、ちゃんと言葉を紡げる。
「先生。ぼくは、生きていくための知識が足りないの。学んでも学んでも、いつも本の通りにはいかない。こうすれば良かったのにって、後でなりたくないのに…」
「……なるほど。つまり坊ちゃんは、後悔をしたくなくて本を読み漁っているのですね?しかし、まだ随分と難しいことで悩んでいますね」
「難しい… そう、難しいんです…」
意外にもクラウスは真剣に悩んでくれた。
私を馬鹿にするわけでも、笑いもしない。
そうだ、悩んでいる。
(どうすれば良かったのか、どうすれば―――― あの結末を、回避できたのか)
――――16歳になった私は、魔法学園アリスに入学した。
そして一緒に入学した私の婚約者「ジーク」は―――― 平民の少年「ユウキ」と出会い、恋に落ちてしまう。
入学当初から珍しい光属性を持つユウキは注目の的だった。
そして騎士団長を父に持つジーク様は硬派な性格だった。恐らく最初に好意を寄せたのはジークの方だったと分かっている。
――――それを、私は認められなかった。
一方的な嫉妬に狂った私は、ジーク様を問いただすこともなく、ユウキに数々の嫌がらせを行った。
あの日もそうだった。
廊下でのすれ違いざまに、ドンッと強くぶつかっただけ。
いくらどんくさい平民でも受け身くらい取れるだろうと、無様に床に倒れる姿を想像し鼻で笑った。
しかし、
「……あ、!」
よろめいたユウキは支えを求め、近くの壺を掴んでしまった。
私の目に映ったのは、ゆっくり崩れ落る憎い少年の体と
伸ばすには遅すぎた手‥‥ そして、
ガッシャ―――ーン
陶器の割れる音。
ユウキの…… 真っ赤な血で染まった絨毯と周囲の悲鳴で、ようやく自分のしてしまったことの愚かさに気づいた時には遅かった。
『貴方との婚約を破棄する』
どこまでも氷のように冷たい瞳だった…。
「い、いやだ!待って、ジーク様!話を聞いてください…!」
―――――――泣いて謝って、すがった。
私に言い分がなかったわけじゃない。
しかし人を傷つけた。それも身勝手な嫉妬で
そんな人間が、将来高潔な騎士になるはずの男の伴侶に? なれるわけがないだろう。見限られて当然だった。
さらに周りの証言とともに上がったのは、ユウキへの嫌がらせだけでなく、私の授業でいい点を取るがために行った魔道具への細工や答案の盗み見といった数々の不正行為。
性格の悪さだけではない。
これまでの貴族だから平民に何をしても許されるという姿勢。そんな私を庇ってくれる学友はいなかった。
嫉妬心で大切な婚約者を失っただけでなく、学園からは退学処分を下された。
『この恩知らずが…!!』
実家に戻った私を苦しめたのは、慕っていたお父様の逆鱗に触れたことだ。
私は家から追い出され、平民として静かに生きろと命じられた。
貴族という最大の肩書が無くなった私には、安い賃金で働く労働しか残されていなかった。
そして、この不吉な見た目だ。
私は散々嫌われた挙句、腹を刺されて――
まだ30歳にもなっていなかったと思うが……
私は、自分が何歳で死んだのかすら知らない。
ずらりと並んでいたのは、大きなフリルにレースに、金や赤色などの派手で豪華な刺繍の入った服の数々だ。
「はぁ…」
自室の衣装棚を開いたレイは、チカチカしそうになる目を伏せ、深いため息を一つ漏らした。
そしてパタンと衣装棚を閉じると、首に巻いていたスカーフを取り、今着ているひらひらした貴族の子らしい服を脱ぎ捨てて――― 己の裸体を「天敵」の前にさらす。
「………」
そこにあるのは、一台の姿見鏡だ。
普段は白いシーツをかけて隠しているが、今は覆っていない。
鏡――。
とくに姿見鏡は一番嫌いだった。
この鬱蒼とした白い肌と老人のように真っ白な髪、そして鮮血のような瞳。
―――呪われた「常世の色」。
赤裸々に私の醜さを見せつけてくるのだ。
しかし、今は鏡が必要だった。
ごくりと唾を飲み、ようやく緊張に強張る顔を上げる。
「……はは」
たまらずレイの口から漏れた、乾いた笑い声。
(ああ。なんだ…私とは)
「10歳のぼくは…こんなに頼りなくて小さいんだ」
なんとも薄っぺらい体だ。
偏食で痩せている上に、部屋に引きこもっていたせいで筋肉もほとんどない。
長髪はアメリが頑張って整えてくれているが、私が手入れを嫌うあまり艶はよくない。
(それでも……あの頃の自分はもっと大きくて、特別な存在だと思っていた)
……なのに、どうしたことか。
いま目の前に立っているのは自信のない顔をした、一人の子供がくしゃりと笑っているだけだ。
たったそれだけのことなのに、鏡に映った自分が
――――こんなにも貧弱でちっぽけな子どもだと知って、心底安心したのだった。
【私には何もない。】
改めて確認したあとは、行動だ。
なにせ私には学ぶべきことが山ほどある。
今からでも間に合うだろうか? それくらい、学んでも学んでも足りない気がした。
そうして今日も自室の床の上を本や図鑑でいっぱいにしていたところに、家庭教師のクラウスがやってきた。
「……。坊ちゃん、勉強熱心なのはいいことですが、根を詰めすぎです」
「クラウス…先生」
鬼教師だと思っていたクラウスが心配そうに声をかけてきたので驚いた。
彼はこの頃、20代前半だったと記憶している。
私はいつも陰険で嫌な眼鏡のやつ!と思っていたので、こんな気遣う言葉を聞いたのは初めてだった。
「どうして、そんなに一生懸命なのですか?それも急に」
「あ。えっと…、その…」
あぁ、そうだった…。
無表情のクラウスが漂わせる雰囲気だ。まるで怒っているかのように冷たい空気に萎縮してしまい、うまく言葉が出せなかった。
(―――落ち着け。大丈夫だ)
目が覚めたベッドのそばに、彼がいたことを知っている。
今の私は……クラウスの目を見て、ちゃんと言葉を紡げる。
「先生。ぼくは、生きていくための知識が足りないの。学んでも学んでも、いつも本の通りにはいかない。こうすれば良かったのにって、後でなりたくないのに…」
「……なるほど。つまり坊ちゃんは、後悔をしたくなくて本を読み漁っているのですね?しかし、まだ随分と難しいことで悩んでいますね」
「難しい… そう、難しいんです…」
意外にもクラウスは真剣に悩んでくれた。
私を馬鹿にするわけでも、笑いもしない。
そうだ、悩んでいる。
(どうすれば良かったのか、どうすれば―――― あの結末を、回避できたのか)
――――16歳になった私は、魔法学園アリスに入学した。
そして一緒に入学した私の婚約者「ジーク」は―――― 平民の少年「ユウキ」と出会い、恋に落ちてしまう。
入学当初から珍しい光属性を持つユウキは注目の的だった。
そして騎士団長を父に持つジーク様は硬派な性格だった。恐らく最初に好意を寄せたのはジークの方だったと分かっている。
――――それを、私は認められなかった。
一方的な嫉妬に狂った私は、ジーク様を問いただすこともなく、ユウキに数々の嫌がらせを行った。
あの日もそうだった。
廊下でのすれ違いざまに、ドンッと強くぶつかっただけ。
いくらどんくさい平民でも受け身くらい取れるだろうと、無様に床に倒れる姿を想像し鼻で笑った。
しかし、
「……あ、!」
よろめいたユウキは支えを求め、近くの壺を掴んでしまった。
私の目に映ったのは、ゆっくり崩れ落る憎い少年の体と
伸ばすには遅すぎた手‥‥ そして、
ガッシャ―――ーン
陶器の割れる音。
ユウキの…… 真っ赤な血で染まった絨毯と周囲の悲鳴で、ようやく自分のしてしまったことの愚かさに気づいた時には遅かった。
『貴方との婚約を破棄する』
どこまでも氷のように冷たい瞳だった…。
「い、いやだ!待って、ジーク様!話を聞いてください…!」
―――――――泣いて謝って、すがった。
私に言い分がなかったわけじゃない。
しかし人を傷つけた。それも身勝手な嫉妬で
そんな人間が、将来高潔な騎士になるはずの男の伴侶に? なれるわけがないだろう。見限られて当然だった。
さらに周りの証言とともに上がったのは、ユウキへの嫌がらせだけでなく、私の授業でいい点を取るがために行った魔道具への細工や答案の盗み見といった数々の不正行為。
性格の悪さだけではない。
これまでの貴族だから平民に何をしても許されるという姿勢。そんな私を庇ってくれる学友はいなかった。
嫉妬心で大切な婚約者を失っただけでなく、学園からは退学処分を下された。
『この恩知らずが…!!』
実家に戻った私を苦しめたのは、慕っていたお父様の逆鱗に触れたことだ。
私は家から追い出され、平民として静かに生きろと命じられた。
貴族という最大の肩書が無くなった私には、安い賃金で働く労働しか残されていなかった。
そして、この不吉な見た目だ。
私は散々嫌われた挙句、腹を刺されて――
まだ30歳にもなっていなかったと思うが……
私は、自分が何歳で死んだのかすら知らない。
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