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介錯なしの切腹
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夜になっても、俺は屯所の部屋から出なかった。
いつ伊東が来るのか、まったく知らない。
知りたくもない。
ただ、町方の常吉には、高台寺塔頭の月真院へ走るよう土方さんに命じられたら、すぐに俺に知らせろとだけ言っておいた。
その声がかかった時には、伊東の命はすでにないはずだ。
藤堂を助け出せるかどうかは、常吉の動きにかかっている。
そうやすやすと藤堂が近藤さんや土方さんの言うことを聞くとは思えないので、騙すしかない。
一本気で真っすぐな性格のやつだから、列火のごとく怒るだろう。
これも命を救うためだ。
許してもらうしかない。
近藤さんの妾宅は、屯所とほとんど隣接していた。
庭で叫べば聞こえるくらいの距離だが、伊東を迎えての宴のさざめきは聞こえて来ない。
どんな仕掛けで伊東を斬るのか、まったく分からない。
異変は真夜中過ぎに起きた。
油小路の方角で、男の雄叫びと悲鳴、断末魔が聞こえて来たのだ。
用意して待っていた俺がギクリ!とするくらいだから、付近の住民はさぞ驚いただろう。
それから半刻ほどして、常吉が部屋へ来た。
伊東先生が斬られたと、月真院の御霊衛士に知らせろと言うのだ。
すべて計画通りだ。
伊東の遺体は、七条辻にさらされている。
常吉の知らせで御霊衛士たちが殺到して来る。
中に藤堂がいる。
藤堂に伊東先生の伝言があると耳打ちして、ここへ連れて来いと常吉に命じた。
そこで藤堂がどんな行動を取るか、予測がつかない。
伊東の伝言を常吉が預かっていると言ったら、来ないはずがないのだが。
たとえどんな状況に陥ったとしても、俺の手で藤堂は絶対に斬らない!
それだけは固く肝に銘じていた。
常吉が姿を消すと同時に、隊士たちが廊下を出て行く音が聞こえた。
「動けるやつは総出か!」
俺は苦笑してつぶやいた。
御霊衛士の人数は、多くても十五人を超えまい。
新選組隊士が総出となると、優に百人を超す。
鎖を着込み、鉢金を巻いた完全装備の隊士で、御霊衛士を押し包んで皆殺しにする気だ。
少なくとも、京のど真ん中でやる作戦ではない。
さらに一刻ほど立って、常吉が戻って来た。
「連れてきました」
常吉の背後の廊下に、藤堂が蒼白な顔で立っていた。
俺は床の間に置いてあった赤樫の木刀を手に、立ち上がった。
藤堂が部屋へ踏み込んで来た。
「先生の伝言はどこだ!」
叫ぶ藤堂の前に俺が立った。
「藤堂、話がある!」
藤堂の顔色が変わった。
常吉へ向かって叫ぶ。
「貴様ァ、謀ったな!」
外へ走ろうとする藤堂。
俺は止めようと肩をつかんだ。
とたんに抜き打ちが来た。
手にしていた木刀で受ける。
すかさず突きが来た。
鋭い!
藤堂が本気なことが分かる
紙一重で白刃をかわし、みねへ真上から木刀を叩きつけた。
鈍い音がして藤堂の刀が折れた。
すかさず脇差を抜こうとする藤堂の水月を、踏み込みながら木刀の柄頭で突いた。
呻いて動きを止めた藤堂が崩れ落ちる。
俺は畳の上でもがいている藤堂を示して、常吉に言った。
「手足を縛り、俺がいいと言うまで見張っていろ」
木刀を持って外へ出た。
外の戦いは終わっていた。
油小路と七条辻は、目も当てられない惨状だった。
御霊衛士たちの姿はなく、殺気だった隊士たちが辻に群がっていた。
近藤さんの妾宅の前に土方さんが立っていた。
俺は小声で彼に告げた。
「藤堂が俺の部屋にいます」
土方さんがうなづいた。
御霊衛士を何人斬ったか知らないが、これは汚い戦いだった。
藤堂が無事だったことが、せめてもの救いだった。
土方さんと俺は、藤堂に会うために部屋へ向かった。
廊下を行きながら、部屋を見る前に俺は異様な空気を察知した。
常吉が藤堂を見張っているいるはずだが、静か過ぎる。
部屋の前に立った土方さんと俺は、棒立ちになった。
常吉が斬殺され、藤堂が脇差で腹を掻き切っていた。
相当苦しんだらしく、部屋の中は血の海だった。
藤堂の右手だけが縄で縛られていた。
常吉は彼が左利きだったことを知らない。
まず利き腕である左手を縛るべきだったのだ。
二人ともすでに息はなかった。
「仕方あるまい」
土方さんはつぶやいて近藤さんの妾宅へ向かった。
俺は立ち尽くして、藤堂の安らかな死に顔を見ていた。
藤堂が斬りたかったのは自分の腹ではなく、近藤さんと土方さんの首だったのに。
血が天井まで飛び散っていた。
もう、ミケは絶対に寄り付かない。
俺は今夜、この血の海の中で眠る!
それが、俺がいま彼にしてやれる供養だ。
介錯なしの切腹は、地獄だったろう。
血まみれの藤堂の脇差を拾い、彼の鞘に納めてやった。
いつ伊東が来るのか、まったく知らない。
知りたくもない。
ただ、町方の常吉には、高台寺塔頭の月真院へ走るよう土方さんに命じられたら、すぐに俺に知らせろとだけ言っておいた。
その声がかかった時には、伊東の命はすでにないはずだ。
藤堂を助け出せるかどうかは、常吉の動きにかかっている。
そうやすやすと藤堂が近藤さんや土方さんの言うことを聞くとは思えないので、騙すしかない。
一本気で真っすぐな性格のやつだから、列火のごとく怒るだろう。
これも命を救うためだ。
許してもらうしかない。
近藤さんの妾宅は、屯所とほとんど隣接していた。
庭で叫べば聞こえるくらいの距離だが、伊東を迎えての宴のさざめきは聞こえて来ない。
どんな仕掛けで伊東を斬るのか、まったく分からない。
異変は真夜中過ぎに起きた。
油小路の方角で、男の雄叫びと悲鳴、断末魔が聞こえて来たのだ。
用意して待っていた俺がギクリ!とするくらいだから、付近の住民はさぞ驚いただろう。
それから半刻ほどして、常吉が部屋へ来た。
伊東先生が斬られたと、月真院の御霊衛士に知らせろと言うのだ。
すべて計画通りだ。
伊東の遺体は、七条辻にさらされている。
常吉の知らせで御霊衛士たちが殺到して来る。
中に藤堂がいる。
藤堂に伊東先生の伝言があると耳打ちして、ここへ連れて来いと常吉に命じた。
そこで藤堂がどんな行動を取るか、予測がつかない。
伊東の伝言を常吉が預かっていると言ったら、来ないはずがないのだが。
たとえどんな状況に陥ったとしても、俺の手で藤堂は絶対に斬らない!
それだけは固く肝に銘じていた。
常吉が姿を消すと同時に、隊士たちが廊下を出て行く音が聞こえた。
「動けるやつは総出か!」
俺は苦笑してつぶやいた。
御霊衛士の人数は、多くても十五人を超えまい。
新選組隊士が総出となると、優に百人を超す。
鎖を着込み、鉢金を巻いた完全装備の隊士で、御霊衛士を押し包んで皆殺しにする気だ。
少なくとも、京のど真ん中でやる作戦ではない。
さらに一刻ほど立って、常吉が戻って来た。
「連れてきました」
常吉の背後の廊下に、藤堂が蒼白な顔で立っていた。
俺は床の間に置いてあった赤樫の木刀を手に、立ち上がった。
藤堂が部屋へ踏み込んで来た。
「先生の伝言はどこだ!」
叫ぶ藤堂の前に俺が立った。
「藤堂、話がある!」
藤堂の顔色が変わった。
常吉へ向かって叫ぶ。
「貴様ァ、謀ったな!」
外へ走ろうとする藤堂。
俺は止めようと肩をつかんだ。
とたんに抜き打ちが来た。
手にしていた木刀で受ける。
すかさず突きが来た。
鋭い!
藤堂が本気なことが分かる
紙一重で白刃をかわし、みねへ真上から木刀を叩きつけた。
鈍い音がして藤堂の刀が折れた。
すかさず脇差を抜こうとする藤堂の水月を、踏み込みながら木刀の柄頭で突いた。
呻いて動きを止めた藤堂が崩れ落ちる。
俺は畳の上でもがいている藤堂を示して、常吉に言った。
「手足を縛り、俺がいいと言うまで見張っていろ」
木刀を持って外へ出た。
外の戦いは終わっていた。
油小路と七条辻は、目も当てられない惨状だった。
御霊衛士たちの姿はなく、殺気だった隊士たちが辻に群がっていた。
近藤さんの妾宅の前に土方さんが立っていた。
俺は小声で彼に告げた。
「藤堂が俺の部屋にいます」
土方さんがうなづいた。
御霊衛士を何人斬ったか知らないが、これは汚い戦いだった。
藤堂が無事だったことが、せめてもの救いだった。
土方さんと俺は、藤堂に会うために部屋へ向かった。
廊下を行きながら、部屋を見る前に俺は異様な空気を察知した。
常吉が藤堂を見張っているいるはずだが、静か過ぎる。
部屋の前に立った土方さんと俺は、棒立ちになった。
常吉が斬殺され、藤堂が脇差で腹を掻き切っていた。
相当苦しんだらしく、部屋の中は血の海だった。
藤堂の右手だけが縄で縛られていた。
常吉は彼が左利きだったことを知らない。
まず利き腕である左手を縛るべきだったのだ。
二人ともすでに息はなかった。
「仕方あるまい」
土方さんはつぶやいて近藤さんの妾宅へ向かった。
俺は立ち尽くして、藤堂の安らかな死に顔を見ていた。
藤堂が斬りたかったのは自分の腹ではなく、近藤さんと土方さんの首だったのに。
血が天井まで飛び散っていた。
もう、ミケは絶対に寄り付かない。
俺は今夜、この血の海の中で眠る!
それが、俺がいま彼にしてやれる供養だ。
介錯なしの切腹は、地獄だったろう。
血まみれの藤堂の脇差を拾い、彼の鞘に納めてやった。
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