沖田総司が辞世の句に読んだ終生ただ一人愛した女性の名とは

工藤かずや

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十八万両

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土方さんが来て、俺を甲板に呼び出した。
ミケを肩に付いて行くと、ひと気のない船尾へ行った。
どこへ行くにも、ミケは俺から離れない。

肩に乗って、時々たしかめるように鼻を俺の頬に擦り付けて来る。
以前からそうだったが、再会してから一層甘えるようになった。
誇り高い猫ミケは、どこへ行ったのか。

でも、俺はそういうミケが好きだ。
頭をグイグイ俺の首に押し付けてくる。
思わず、笑ってしまう。

「猫とじゃれるな!」
甲板の階段を上がりながら、土方さんが言った。
あの新選組鬼の副長の土方歳三が、猫に嫉妬している。

俺は笑ってしまった。
後甲板に俺を連れて行くと、土方さんは言った。
「実は、この船に艦長の榎本武揚は乗っていない」

俺は驚いた!
艦長を置き去りにして、大阪から逃げて来たと言うのか。
「慶喜公が副艦長の澤太郎左衛門に命じて、艦長を置き去りにして強引に天保山沖を出港したのだ」

言葉もなかった。
それが一万五千の将兵を率いる将軍のすることか!
「それを、土方さんや近藤さんは黙って見ていたのですか。俺なら斬ります!」

土方さんは苦笑した。
「分かっていたら、俺だって近藤さんだって見過ごしはしない。それを俺たちが知ったのは、この船が出港してしばらく経ってからだ」

土方さんの言うことも分からなくはない。
こんな大きな軍艦に乗るのは、新選組の誰もが始めてなのだから。
「だが、俺の話はこれからだ」

大阪で置いてきぼりを食った艦長の榎本は、さぞ怒っているだろう。
「その間、榎本は大阪城に居た。大阪城には貴重な刀剣や銃器とともに、十八万両の幕府の軍資金があったからだ」

十八万両!!
幕府は、金がなかったのではないのか。
少なくとも伏見では幕府の軍資金はとっくに底を付いた、と多くの将兵が言っていた。

「その金があれば、最新式のクルップ砲をエゲレスから買って、江戸でまだまだ戦える。十八万両は幕府に取って不可欠なものなんだ。なんせクルップ砲は、射程が約四千もあるからな」

榎本が戻るのも待ちきれず、慶喜は臆病風に吹かれて江戸へ逃げたのだ。
「榎本が大阪城へ行く前に、俺に言い残していたことがある」
榎本武揚は海軍奉行・勝安房守も一目置く傑物だ。

「富士山丸で十八万両を江戸へ運んだら、後の管理を新選組に頼みたいと言うのだ」
新選組はすでに数十名しか残っていない。

今の新選組で、そんなことが出来るのか!
「十八万両の存在は、開揚丸・富士山丸両艦の乗員は誰も知らない。知らなければ狙うやつもいない。官軍が追って来る恐れはあるが」

話は分かったが、ことが大きすぎる!
「俺はこれからのことで、幕府と連絡を取り頻繁に動かなければならない。四六時中十八万両についているやつが、どうしても必要だ」

「近藤さんは、知ってるんですか」
「知らない。知っているのは、榎本と俺とお前だけだ」
面倒なことになって来た。

なぜ俺に言う。
「この船が品川に着くと、すぐに後を追って富士山丸が到着する。そこから後は、お前は金から離れんでもらいたい」

「俺・・・ですか!!」
やっぱり来たか!
この俺に十八万両を護れってか!

「お前なら出来る!金に近づくやつがいたら斬れ!簡単だ」
「いつまでやるんですか」
「準備ができて、俺が取りに行くまでだ」

「医者の松本良順は、江戸へ着いたら俺を隔離しますよ」
「そうしたら、隔離先へ金を持って行け」
「ま、待ってください!十八万両ですよ!!」

土方さんはよく無茶を言うが、こんなひどいのは始めてだ!
俺は多分姉の世話で、千駄ヶ谷の何とかいう植木屋の離れへ行くはずだ。
「金もそこへ運べ。官軍もまさか、植木屋の庭に十八万両の軍資金が埋まっているとは思うまい。出来たら、お前が寝る部屋の下がいい」」

こうなったら、もうどこでも同じだ!
「分かりました。ただ、そこへ運ぶのは土方さんがやって下さいよ!」
土方さんは笑ってうなづいた。
「もちろんだ!お前が上に寝てくれたら心強い!」

それが病人に言うことか!
俺は言葉もなく、陽に焼けた土方さんの顔を見ていた。
なんだか、妙に笑いたくなって来た。、

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