沖田総司が辞世の句に読んだ終生ただ一人愛した女性の名とは

工藤かずや

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小栗上野介

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開陽丸が品川に到着した。
それから半日以上遅れて、旗艦の富士山丸が品川沖に姿を見せた。

榎本武揚の狙い通りである。
土方さんの話では富士山丸の速力なら開陽丸に追いつくかも知れんと言っていたが、事実は半日以上の遅れだった。

江戸城の幕吏の出迎えが大勢いたが、中でも目立ったのが小栗上野介の配下たちだった。
役人、小者、人足を入れれば、優に五百人を超える人数だ。

これには土方さんも俺もちょっと驚いた。
ただの出迎えじゃない。
その証拠に、百台を超える大八車まで用意している。

富士山丸の甲板でこれを見ていた土方さんと俺は、思わず顔を見合わせた。
榎本の言っていた話と違う!

これはどう見ても、十八万両の受け取りだ。
それしかあり得ない。
江戸城の引っ越しでもあるまいし、百台もの大八車勢揃いとはただごとではない。

波止場はそれだけがやけに目立った。
土方さんが憤然と艦橋の榎本の元へ向かった。
俺たち新撰組に十八万両を護れと言っておいて、江戸へ着いたらいともあっさり主戦派の小栗に引き渡す。

それはないだろう。
土方さんでなくても頭にくる。
今、江戸城では対官軍主戦派の小栗一派と恭順派の勝海舟派が熾烈な鍔迫り合いを演じている。

主戦派は上野寛永寺に籠る彰義隊が有名だが、幕府にはそれをはるかに超える三万以上の予備兵を温存していた。
ただ悲しいかな幕府には金がない。

これに榎本の十八万両の軍資金が加われば、小栗が言っているように官軍との江戸決戦は十分勝算があるのだ。
榎本率いる幕府艦隊は、相模沖から江戸へ向けて東海道を進撃する官軍を砲撃する作戦まで出来ていた。

最大の問題は総大将たる慶喜の弱気だった。
慶喜は戦わずして、錦旗を掲げる官軍に恐れおののいている。
甲板から俺はミケを抱いて、土方さんを見守った。

艦橋近くで榎本を捕まえ、顔色を変えて詰め寄っている。
やれ、やれ!!もっとやれ!
榎本と言うのもよく分からんやつだ。

もうちっと骨のあるやつかと思っていたが。
状況次第で態度をころころ変える。
これでは信用できない。

だが、俺個人としては、十八万両が消えてくれるのは大賛成だ!
厄介払いもいいとこだ。
金冷えする小判の上になんか寝れるかよ!

土方さんは新撰組のメンツを潰されたことを怒っている。
それは俺もよく分かる。
まったく同感だ!

だが、抗議は形だけにしといてくれよ。
何事も、やり過ぎると元の木阿弥だ。
土方さんが戻って来た。

笑ってる。
上機嫌だよ。
嫌だな!!

船倉から人夫たちによる菰包の金塊の搬出が始まった。
土方さんは、俺と並んでそれを見下ろしている。
抗議はどうなった!

あんたまで榎本狐にたぶらかされたんか。
横で睨みつける俺に土方さんが言った。
「安心しろ。あれは鉛だ。十八万両の小判ではない」

彼は上機嫌この上ない。
でも、そんなものをどこで榎本は小判とすり替えた。
「大阪から来る途中、富士山丸は紀州へ立ち寄った。そこで鉛をかきあつめて船倉に入れた。石ころでは重さが違うから、さすがの人足どもでも気づく」

「榎本がそう言ったんですか」
土方さんが不敵な笑みを浮かべた。
「あの狐、官軍だけでなく味方の大将・小栗まで騙してた。それで到着が半日以上遅れた」

土方さんは満足そうだったが、俺は内心がっくり来た。
やっぱり十八万両は千駄ヶ谷かよ!!
俺はミケを抱きしめ、悲しみを分かち合った。
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