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私、小山内詩織は薬局事務で毎日の生活費を稼ぐ二十四歳、独身。
恋とかしてみたいなあとは思うものの、なかなかいい相手に出会えずこの年だ。
高望みしているつもりはないのだがなんとなくこの人なら良いなあと思える人がいないのだ。
ということを友達に言うとそれが高望みしてるっていうんだよと笑われる。
そんなことないってと笑い合って。まあそんな毎日を送っている。
平々凡々。どこにでもある普通の人間の生き方。
今日も一日頑張りましたよって思いながらマンションの自動ドアをくぐって。
「召喚に成功しました!」
自動ドアをくぐったら、映画でしか見たことのないような謁見の間みたいなところに立っていた。
「え?」
慌てて振り返るとそこにはもう自動ドアなんてなくて。
周りを見渡すと大勢のドレスアップした殿方に御婦人。え、なにか映画の撮影でしょうか。
それにしたってそんなところに自分が迷い込むのもおかしい。自動ドアどこ行った。
「問題はここからじゃな」
王座らしきところに座った男の人が難しい顔で私を見ている。え、なに、本当になんなの。
すると白い装束の女性が近づいてきて私をじろじろと見た。なに?感じ悪い。
そして彼女は玉座を振り返り、こう叫んだ。
「失敗です!聖女ではありません!」
ざわ、と当たりがざわめき玉座の男の人が深い溜め息をついた。
「召喚の儀式は十年に一度しかできぬというのに……」
少しずつ私は自分の現状を理解し始めた。
これはアレだ、最近流行りの異世界転移というやつだ。本屋で並んでるの見たことある。
そしてどうやら聖女を召喚したかったらしいのだが出てきたのが私。つまり何の変哲もない女だったということだ。そりゃがっかりもするだろう。
だがこちらの立場にもなってもらいたい。突然異世界に呼びつけられて失敗作呼ばわり。ふざけんなである。
しかしそれを怒鳴りつけるほど私は豪胆ではない。
通勤カバンを抱き締めて小さくなっていると玉座のひと、多分王様なのだろう、が仕方ない、と吐き捨てるように告げた。
「呼び出しておいて殺すわけにも行かぬ。失敗作といえどもどんな災いをもたらすかわからんからな。そうじゃな……」
とんでもないこと言いやがる。でも殺されないことは保証されたらしいので少しだけホッとする。いやまだホッとして良い段階ではないのだろうが。
「ヴィルフォア辺境伯の嫁にでもしてやれ。アレもいい加減嫁を迎えた方がいい」
すると周りがざわざわとまたさざめき出す。あのヴィルフォア辺境伯に?あのケダモノのところに送られるなんて死んだほうがマシでは?なんて声が聞こてくる。やっぱりまだホッとして良い段階ではなかったらしい。
「連れて行け。身なりを整えてやれ。仮にも辺境伯夫人になる者だ」
その言葉に数人の騎士が近づいてきてこちらに、と促された。私にノーは無い。ここでいやだと言ってもどうしようもないことをひしひしと感じていたから。
そうして案内されたのは衣装部屋のようなところ。たっくさんのきらびやかなドレスが並んでいて、何人ものメイドさんが私を着飾った。
といっても広間にいたようなドレスじゃなくてちょっと小綺麗なワンピースだ。これならいいか、と思っていたらあれよあれよと言う間に私はなにやら書類を書かされ、馬車に乗せられて何処かへと旅立つ羽目になった。旅になるからこんな身軽な格好だったんだなと旅立って二日目くらいに気づいた。
途中何度もどこかの街だか村だかに立ち寄っては宿泊し、十日かけて私はその街についた。
「お嬢様、お着替えをお願いします」
宿屋で改めてそう言われて何のことだと思ったら花嫁衣装に着替えるのだそうだ。もう笑い声も出ない。
コルセットで締め上げられてちょっと気が遠くなった。私これでも細身だと自負していたのだけれどまだ締め上げるの?!って思った。
おかげでこんな細い腰みたことないってくらい細くなった自分の腰を気味が悪いな、と思いながら見下ろして鏡の前でため息を吐いた。
純白のドレスに真っ白なヴェール。いつかは着たいと思っていたけれどこんな形で着るハメになるとは思わなかったよ。ていうかこっちの世界でも花嫁衣装は純白なんだね。
そんなどうでもいいことに感心しながら私はまた馬車に乗ってしばらく揺られていた。
すると馬車が止まってしばらくしてまた走り出したかと思ったらまた止まった。
「到着でございます」
結局名前の一つも教えてくれなかったメイドさんがそう告げた。
馬車を降りてぎょっとする。豪華な屋敷の入り口からここまでそんなに距離はなかったがそれでもずらりと執事とメイドが並んでいてちょっと壮観だった。
「いらっしゃいませ、奥様」
ひときわ年嵩の執事が私の前で一礼をした。
「私、この屋敷の執事長を勤めておりますルーイングでございます。お見知りおきのほどよろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
慌ててヴェールをめくろうとしたらルーイングさんも慌ててそれを止めた。
「いけません、奥様のお顔を一番最初に直接拝見して良いのは旦那さまと決まっております」
素顔なんて王城でめっちゃ見られてるけどなーと思ったけど素直に従ってすみません、と謝った。
「奥様は異世界の方と聞き及んでおります。こちらの作法には慣れないでしょうが少しずつ学んでいってくださいませ」
「はい」
そう言いながらも私は先程から声を大にして言いたいことがあった。
コルセットが辛い。外したい。
こちらへ、と中へと案内されるが一歩一歩歩くたびにぎゅっぎゅと体を締め付けられる。胃が飛び出しそうだ。
二階に上がるのも辛い。勘弁してくれ。
「こちらが旦那様の執務室でございます」
ルーイングさんがノックをして奥様のご到着です、と告げた。
入れ、と中から渋めの低い声が聞こえる。
開かれたそこ。がっしりとした執務机の向こうにいたのは。
「全く、面倒事を押し付けられたものだ」
ため息を吐く、人型の白虎。え、獣人ってやつですか?ワータイガーってやつ?そういうのアリな世界観?
「お前も災難だったな。聖女召喚で呼ばれて聖女じゃなかったなどと」
「はあ、まあ……でも帰れないならここで生きて行くしか無いので……」
私もため息を吐いて答えると旦那様、彼がヴィルフォア辺境伯なのだろう、が少しだけ苦笑した。憐れみの混じった笑い方だった。
「お前のいた世界には私のような人種はいたか」
「いえ、いません」
「では私のような者は恐ろしいだろう。安心しろ、特にこちらから干渉するつもりはない。好きに暮らしてくれて良い」
「思ったほど怖いと感じてないです。もっと怖いものがあるので」
すると彼はほう?と興味を惹かれたように小首を傾げた。ちょっと可愛い。
「なんだ?言ってみろ」
「コルセットです」
彼はキョトンとしてコルセット?と更に首を傾げた。
「あの、さっきから凄く辛くて……私の住んでいたところにコルセットをするという習慣がないのでこんなに辛いのかと……一刻も早く脱ぎたいです。そしてできたらもう二度と着けたくないです」
私のちょっとへたばった説明に彼は金色の瞳をぱしぱしと瞬かせたあと、ぶふっと吹き出して笑った。
「笑いましたね?辺境伯はコルセットを身に着けたことがありますか?この苦痛を味わったことがありますか?その上で笑ってます?」
早口でまくし立てる私にわかったわかった、すまないと彼はにやにやしながら口元を押さえて謝ってきた。
「私の領土にいる間はコルセットは着けなくて良い。それで良いだろう?」
その言葉に私は一気に笑顔になるとありがとうございます!と頭を下げた。
そして辺境伯が立ち上がって私の前に立つ。
「アデンミリヤム・イル・ヴィルフォアだ。きみの名前は」
すっとヴェールを持ち上げられて捲られる。
「小山内詩織です。こちら風に言うならシオリ・オサナイです」
「ではシオリ。今日からきみはヴィルフォア家の女主人として好きに暮らすが良い」
白き虎の顔をしたその人は王城にいた人たちより、よほど優しい顔をしていると思った。
(続く)
恋とかしてみたいなあとは思うものの、なかなかいい相手に出会えずこの年だ。
高望みしているつもりはないのだがなんとなくこの人なら良いなあと思える人がいないのだ。
ということを友達に言うとそれが高望みしてるっていうんだよと笑われる。
そんなことないってと笑い合って。まあそんな毎日を送っている。
平々凡々。どこにでもある普通の人間の生き方。
今日も一日頑張りましたよって思いながらマンションの自動ドアをくぐって。
「召喚に成功しました!」
自動ドアをくぐったら、映画でしか見たことのないような謁見の間みたいなところに立っていた。
「え?」
慌てて振り返るとそこにはもう自動ドアなんてなくて。
周りを見渡すと大勢のドレスアップした殿方に御婦人。え、なにか映画の撮影でしょうか。
それにしたってそんなところに自分が迷い込むのもおかしい。自動ドアどこ行った。
「問題はここからじゃな」
王座らしきところに座った男の人が難しい顔で私を見ている。え、なに、本当になんなの。
すると白い装束の女性が近づいてきて私をじろじろと見た。なに?感じ悪い。
そして彼女は玉座を振り返り、こう叫んだ。
「失敗です!聖女ではありません!」
ざわ、と当たりがざわめき玉座の男の人が深い溜め息をついた。
「召喚の儀式は十年に一度しかできぬというのに……」
少しずつ私は自分の現状を理解し始めた。
これはアレだ、最近流行りの異世界転移というやつだ。本屋で並んでるの見たことある。
そしてどうやら聖女を召喚したかったらしいのだが出てきたのが私。つまり何の変哲もない女だったということだ。そりゃがっかりもするだろう。
だがこちらの立場にもなってもらいたい。突然異世界に呼びつけられて失敗作呼ばわり。ふざけんなである。
しかしそれを怒鳴りつけるほど私は豪胆ではない。
通勤カバンを抱き締めて小さくなっていると玉座のひと、多分王様なのだろう、が仕方ない、と吐き捨てるように告げた。
「呼び出しておいて殺すわけにも行かぬ。失敗作といえどもどんな災いをもたらすかわからんからな。そうじゃな……」
とんでもないこと言いやがる。でも殺されないことは保証されたらしいので少しだけホッとする。いやまだホッとして良い段階ではないのだろうが。
「ヴィルフォア辺境伯の嫁にでもしてやれ。アレもいい加減嫁を迎えた方がいい」
すると周りがざわざわとまたさざめき出す。あのヴィルフォア辺境伯に?あのケダモノのところに送られるなんて死んだほうがマシでは?なんて声が聞こてくる。やっぱりまだホッとして良い段階ではなかったらしい。
「連れて行け。身なりを整えてやれ。仮にも辺境伯夫人になる者だ」
その言葉に数人の騎士が近づいてきてこちらに、と促された。私にノーは無い。ここでいやだと言ってもどうしようもないことをひしひしと感じていたから。
そうして案内されたのは衣装部屋のようなところ。たっくさんのきらびやかなドレスが並んでいて、何人ものメイドさんが私を着飾った。
といっても広間にいたようなドレスじゃなくてちょっと小綺麗なワンピースだ。これならいいか、と思っていたらあれよあれよと言う間に私はなにやら書類を書かされ、馬車に乗せられて何処かへと旅立つ羽目になった。旅になるからこんな身軽な格好だったんだなと旅立って二日目くらいに気づいた。
途中何度もどこかの街だか村だかに立ち寄っては宿泊し、十日かけて私はその街についた。
「お嬢様、お着替えをお願いします」
宿屋で改めてそう言われて何のことだと思ったら花嫁衣装に着替えるのだそうだ。もう笑い声も出ない。
コルセットで締め上げられてちょっと気が遠くなった。私これでも細身だと自負していたのだけれどまだ締め上げるの?!って思った。
おかげでこんな細い腰みたことないってくらい細くなった自分の腰を気味が悪いな、と思いながら見下ろして鏡の前でため息を吐いた。
純白のドレスに真っ白なヴェール。いつかは着たいと思っていたけれどこんな形で着るハメになるとは思わなかったよ。ていうかこっちの世界でも花嫁衣装は純白なんだね。
そんなどうでもいいことに感心しながら私はまた馬車に乗ってしばらく揺られていた。
すると馬車が止まってしばらくしてまた走り出したかと思ったらまた止まった。
「到着でございます」
結局名前の一つも教えてくれなかったメイドさんがそう告げた。
馬車を降りてぎょっとする。豪華な屋敷の入り口からここまでそんなに距離はなかったがそれでもずらりと執事とメイドが並んでいてちょっと壮観だった。
「いらっしゃいませ、奥様」
ひときわ年嵩の執事が私の前で一礼をした。
「私、この屋敷の執事長を勤めておりますルーイングでございます。お見知りおきのほどよろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
慌ててヴェールをめくろうとしたらルーイングさんも慌ててそれを止めた。
「いけません、奥様のお顔を一番最初に直接拝見して良いのは旦那さまと決まっております」
素顔なんて王城でめっちゃ見られてるけどなーと思ったけど素直に従ってすみません、と謝った。
「奥様は異世界の方と聞き及んでおります。こちらの作法には慣れないでしょうが少しずつ学んでいってくださいませ」
「はい」
そう言いながらも私は先程から声を大にして言いたいことがあった。
コルセットが辛い。外したい。
こちらへ、と中へと案内されるが一歩一歩歩くたびにぎゅっぎゅと体を締め付けられる。胃が飛び出しそうだ。
二階に上がるのも辛い。勘弁してくれ。
「こちらが旦那様の執務室でございます」
ルーイングさんがノックをして奥様のご到着です、と告げた。
入れ、と中から渋めの低い声が聞こえる。
開かれたそこ。がっしりとした執務机の向こうにいたのは。
「全く、面倒事を押し付けられたものだ」
ため息を吐く、人型の白虎。え、獣人ってやつですか?ワータイガーってやつ?そういうのアリな世界観?
「お前も災難だったな。聖女召喚で呼ばれて聖女じゃなかったなどと」
「はあ、まあ……でも帰れないならここで生きて行くしか無いので……」
私もため息を吐いて答えると旦那様、彼がヴィルフォア辺境伯なのだろう、が少しだけ苦笑した。憐れみの混じった笑い方だった。
「お前のいた世界には私のような人種はいたか」
「いえ、いません」
「では私のような者は恐ろしいだろう。安心しろ、特にこちらから干渉するつもりはない。好きに暮らしてくれて良い」
「思ったほど怖いと感じてないです。もっと怖いものがあるので」
すると彼はほう?と興味を惹かれたように小首を傾げた。ちょっと可愛い。
「なんだ?言ってみろ」
「コルセットです」
彼はキョトンとしてコルセット?と更に首を傾げた。
「あの、さっきから凄く辛くて……私の住んでいたところにコルセットをするという習慣がないのでこんなに辛いのかと……一刻も早く脱ぎたいです。そしてできたらもう二度と着けたくないです」
私のちょっとへたばった説明に彼は金色の瞳をぱしぱしと瞬かせたあと、ぶふっと吹き出して笑った。
「笑いましたね?辺境伯はコルセットを身に着けたことがありますか?この苦痛を味わったことがありますか?その上で笑ってます?」
早口でまくし立てる私にわかったわかった、すまないと彼はにやにやしながら口元を押さえて謝ってきた。
「私の領土にいる間はコルセットは着けなくて良い。それで良いだろう?」
その言葉に私は一気に笑顔になるとありがとうございます!と頭を下げた。
そして辺境伯が立ち上がって私の前に立つ。
「アデンミリヤム・イル・ヴィルフォアだ。きみの名前は」
すっとヴェールを持ち上げられて捲られる。
「小山内詩織です。こちら風に言うならシオリ・オサナイです」
「ではシオリ。今日からきみはヴィルフォア家の女主人として好きに暮らすが良い」
白き虎の顔をしたその人は王城にいた人たちより、よほど優しい顔をしていると思った。
(続く)
応援ありがとうございます!
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