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エレクトリカルな電子音楽が鳴り響く世界で、左耳の真上にワンポイントの赤い髪飾りをつけた歌姫が、押し寄せる緑や赤の波の連続を巧みに乗り越えていく。
朔也が今遊んでいるのは、エンドレスモードだ。つまり三回ミスをするまで、カラフルな波は延々と歌姫に牙を剥き続ける。
ひとえに歌姫を少しでも長く延命させるために、朔也はコントローラーを操る。十指は半ば自動的に最適解をなぞり、大きく見開かれた双眸は液晶画面に釘づけだ。
つまらないミスが三つ目の赤ランプを点灯させた。ただ、久しぶりに最高記録に肉薄する点数を叩き出させたので、悪い気分ではない。
コンソメ味のポテトスナックを小気味いい音を立てて咀嚼する。「挑戦失敗」の四文字の下で落胆を露わにする歌姫の見慣れた姿がいつもよりもかわいく見える。今の朔也にとって歌姫は、一つ失敗するごとに、いちいちこれ見よがしに己の感情を表明してみせないと気が済まない、甘ったれたアイドルではない。
コンビニ弁当の空き容器、からっぽのペットボトル。使用済みの丸められたティッシュ。ごみがあふれ返った部屋の中、朔也とテレビの周囲だけが空虚だ。
空は日没へと向かい、窓ガラスを介して室内を暗く侵食しつつある。部屋に灯っている人工の光は、テレビ画面から発せられているそれのみだ。
部屋の中は、外の世界とは明らかに違う速さで時間が流れていた。鎖国政策を敷くガラパゴス的な独立国が成立していた。
出し抜けに、彼の城の分厚い城門を何者かが叩いた。
新たな挑戦に臨もうとしていた朔也の意識は瞬時に現に引き戻された。
「朔也、夕食を持ってきたよ」
姉の輝夜のソプラノに、朔也は舌打ちをした。
「今日はハンバーグだよ。コンビニで売っていたレトルトのものだけど、美味しいと思う。中にたっぷりチーズが入っていて――」
「うるせぇ、ババア!」
朔也は声を荒らげた。
「うっとうしいから、いちいち長々と説明するな。夕食だろう? 匂いで分かるよ。トレイを置いてさっさと消えろよ、ババア」
「ごめんね。今日、お姉ちゃん仕事だったでしょう。朝ごはんを持ってきて以来会話をしていなかったから、朔也が今なにしているのかなって、心配で――」
「だから、それがうるさいって言っているんだよ!!
再び怒鳴り声を張り上げる。手にしているゲーム機のコントローラーを投げつけるのは、かろうじて堪えた。
「消えろ。明日の朝食の時間が来るまで、この部屋に近づくな」
電子音が大音量で垂れ流される中でも、遠ざかっていく輝夜の足音は明瞭に聞こえた。邪魔者がいなくなったとたん、デミグラスソースの香りが鼻孔をくすぐった。
コンソメ味のスナックをつまみ、音を立てて噛み砕きながらゲームを再開する。懸命に歌姫を操作しているうちに、今や召使いも同然の、血の繋がった異性のことはきれいに忘れた。
朔也が今遊んでいるのは、エンドレスモードだ。つまり三回ミスをするまで、カラフルな波は延々と歌姫に牙を剥き続ける。
ひとえに歌姫を少しでも長く延命させるために、朔也はコントローラーを操る。十指は半ば自動的に最適解をなぞり、大きく見開かれた双眸は液晶画面に釘づけだ。
つまらないミスが三つ目の赤ランプを点灯させた。ただ、久しぶりに最高記録に肉薄する点数を叩き出させたので、悪い気分ではない。
コンソメ味のポテトスナックを小気味いい音を立てて咀嚼する。「挑戦失敗」の四文字の下で落胆を露わにする歌姫の見慣れた姿がいつもよりもかわいく見える。今の朔也にとって歌姫は、一つ失敗するごとに、いちいちこれ見よがしに己の感情を表明してみせないと気が済まない、甘ったれたアイドルではない。
コンビニ弁当の空き容器、からっぽのペットボトル。使用済みの丸められたティッシュ。ごみがあふれ返った部屋の中、朔也とテレビの周囲だけが空虚だ。
空は日没へと向かい、窓ガラスを介して室内を暗く侵食しつつある。部屋に灯っている人工の光は、テレビ画面から発せられているそれのみだ。
部屋の中は、外の世界とは明らかに違う速さで時間が流れていた。鎖国政策を敷くガラパゴス的な独立国が成立していた。
出し抜けに、彼の城の分厚い城門を何者かが叩いた。
新たな挑戦に臨もうとしていた朔也の意識は瞬時に現に引き戻された。
「朔也、夕食を持ってきたよ」
姉の輝夜のソプラノに、朔也は舌打ちをした。
「今日はハンバーグだよ。コンビニで売っていたレトルトのものだけど、美味しいと思う。中にたっぷりチーズが入っていて――」
「うるせぇ、ババア!」
朔也は声を荒らげた。
「うっとうしいから、いちいち長々と説明するな。夕食だろう? 匂いで分かるよ。トレイを置いてさっさと消えろよ、ババア」
「ごめんね。今日、お姉ちゃん仕事だったでしょう。朝ごはんを持ってきて以来会話をしていなかったから、朔也が今なにしているのかなって、心配で――」
「だから、それがうるさいって言っているんだよ!!
再び怒鳴り声を張り上げる。手にしているゲーム機のコントローラーを投げつけるのは、かろうじて堪えた。
「消えろ。明日の朝食の時間が来るまで、この部屋に近づくな」
電子音が大音量で垂れ流される中でも、遠ざかっていく輝夜の足音は明瞭に聞こえた。邪魔者がいなくなったとたん、デミグラスソースの香りが鼻孔をくすぐった。
コンソメ味のスナックをつまみ、音を立てて噛み砕きながらゲームを再開する。懸命に歌姫を操作しているうちに、今や召使いも同然の、血の繋がった異性のことはきれいに忘れた。
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