少女王とその奴隷

阿波野治

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家と食事⑥

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 シロは素晴らしいスタートダッシュを決めた。僕が一歩目を踏み出した時点で、真っ白なしっぽは僕の斜め前にあった。
 差は埋まらない。縮めるどころか、一方的に開いていく。
 チキンにある程度まで近づくと、シロは地面を蹴った。次の瞬間には、彼の牙はチキンをしっかりと捉えていた。
 キャッチも見事ならば、着地にもそつがなかった。対する僕は、小石につまずいて地面に転がった。
 誰がどう見ても僕の完敗だ。

 シロは体ごと僕のほうを向き、嵐を巻き起こそうとするかのような勢いでしっぽを振る。響いた拍手に、彼が意識しているのは僕ではないと知る。

「素晴らしい! かっこよかったぞ、シロ。さあ勝利者よ、遠慮なく食らうがいい」
 シロは獲物を地面に下ろし、飢えた獣の激しさで食べはじめた。

 肩越しに振り向いた僕は、シルヴァーが今まさに小屋の中に消えるのを見た。彼女はすぐに上半身を覗かせ、手にしているものを地面に投げ捨てる。

「堅くなったパンだ。昼食として食べろ。ちなみに、シロから奪おうとしても無駄だぞ。シロは食べ物に関しては妥協しないからな」
 冷然と言い捨てて、大きな音を立ててドアを閉める。
 僕の後方では、シロが小さく唸るような声を漏らしながら御馳走を食らっている……。


* * *


 捨てられたパンのもとへと這うようにして進み、拾い上げる。
 拳大の黒パンは、指先に軽く力を込めたくらいでは変形しない。地面に落ちていた時間は一分にも満たないのに、ほのかに草の香りがした。
 堅くてちぎれなかったので、丸かじりした。予想どおりの食感だ。ちゃんとパンの味がしたのが不思議なくらいだ。

 咀嚼するのに冗談かと思うくらい時間がかかるので、喉に詰まらないサイズまで噛み、呑み込む。少しずつ、着実に、塊の体積を減らしていく。
 犬との競争に敗れ、小屋の外で、素っ裸で食べている奴隷の自分……。

 ようやく三分の一まで減らしたところで、シロが歩み寄ってきた。食事が終わったのだ。口元を盛んに舐めている。

「シロ、いるか?」
 黒パンを鼻先に突きつける。シロはピンク色の鼻を蠢かせたが、そっぽを向いた。小屋の出入り口近くの日陰まで移動し、地面に横になって体を丸めた。

 僕は黙々とパンをかじる。
 怒りの感情はない。シロに対してはもちろん、島の女王であるシルヴァーに対しても。
 僕の胸を占めているのは、屈辱と苦しみに耐えながら生きていかなければならないことへの、暗く深い絶望。

 いかにして生きていくべきか?
 思案しようにも、未来の本質は不確定性や曖昧さにあるし、シロとのゲームを唐突に提案してきたことからも分かるように、シルヴァーは気まぐれ。つまり、完璧に予測し、対策を講じ、準備を整えておくのは難しい。

 だから僕は黙々とパンをかじる。
 現実逃避なのかもしれない。でも、生きるために、気まぐれのように投げ与えられた貴重な食料を、食べる。これだって大切な現実だ。
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