少女王とその奴隷

阿波野治

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もう一つの顔②

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「陛下。あなたは――」
 僕の声に反応し、シルヴァーは発作的に右手を振り上げた。思わず目を瞑った。
 しかし、打撃は体のどこにも加えられない。
 恐る恐る瞼を開くと、彼女はワンピースを脱ぎ捨てたところだった。

「お前は寝ていろ。ただし、この部位は別だ」
 いら立ちを隠さない声で命じ、得物を振るう。股間に軽い衝撃が走り、その部分だけが急に力を得て天を指した。
 すかさず、シルヴァーがその上にまたがる。

 ……ああ。なんだ、そうだったのか。シルヴァーは、暴力を交えながらのセックスを久しぶりにしたくなっただけなのだ。

 僕は胸を撫で下ろした。最近は淡泊になったといっても、それでも果てしなく長く感じられる、過酷極まるセックスに耐え抜かなければならない現実を失念するくらいに、深く、深く、安堵した。

 直後、ベッド付近で動きがあった。
 僕は息を止め、シルヴァーは体の動きを止めた。
 シロだ。
 哀れっぽい声で鳴きながら、どこか覚束ない足取りで僕たちへと歩み寄ってきた。そして、飼い主を見上げた。

 シロはおそらく、遊び足りなかったのだろう。最近になって、以前のようにたくさん遊んでくれるようになったシルヴァーが、今日は早めに就寝したせいで。だから、彼女が目覚めているのに気がついて、甘えた。
 しかし、シルヴァーの心は違った。

 飼い主を見上げたシロが、くぅ、と甘えるような声を発した。
 瞬間、彼女の双眸は見開かれた。
 まだなにも起きていないのに、僕は「あっ」と短く叫んでいた。

 動物であるシロは、僕よりも早く異変を察知できたはずだし、回避行動をとるだけの反射神経を持ち合わせている。
 しかし、彼は逃げなかった。動かなかった。飼い主を信頼しきっているがゆえに。
 それがそもそもの間違いだった。棍棒を握る右手にいっそう力が込められた時点で、信頼とか信用とかいう言葉をいったん脇に置いておいて、逃げるべきだった。

 それなのに、その道を選ばなかった。
 麻痺していたのかもしれない。慢心していたのかもしれない。最近になって、彼女が注ぐ愛情が膨大になっていたから、必ずや自身の望む未来が現実と化すものと楽観していたのかもしれない。

 かくして棍棒は振り下ろされ、ものの見事にシロの脳天に直撃した。
 甲高い悲鳴が闇に響き、白い体は床の上に横たわった。
 四秒ほど、小刻みな震えが体を揺らしたのち、完全に動かなくなった。

「冷めた。寝る」
 唾でも吐くようにシルヴァーは宣言し、踵を返してベッドに潜り込んだ。
 ワンピースも、棍棒も、シロも、僕も、ほったらかしにして。
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