秘密

阿波野治

文字の大きさ
15 / 59

15

しおりを挟む
 戯れに胸を小突かれたように、激しくはないけどはっきりとした衝撃を感じた。それに続いて、胸の内側を温かなものが、じわり、じわりと広がっていく。

 最初の衝撃は、住友さんが見せた律義さと誠実さがもたらしたものだ。
 今朝の会話で僕が見せた反応から、僕がちゃんと住友さんの発言を聞きとって、内容を理解したのはわかったはずだ。僕に迷惑をかけたと思っているのであれば、その話題に再び触れるのは避けたかっただろう。それなのに、改めてその件を持ち出して、わざわざ確認をとって、きちんと謝罪した。

 胸の中をゆっくりと広がっていくものの正体は、安堵と感動だ。前者は、住友さんの話というのが、僕に不利益をもたらすものではなかったことに対する感情。後者は、住友さんが見せた律義さと誠実さに対する感情だ。

 たまたま前の席になった女子生徒が、魅力的な容姿だったから。
 住友みのりという人に、なんとなく惹かれるものを感じていた理由を、今まではそう解釈していた。
 だけど、それだけではなかったらしい。
 クラス委員を決める投票で三票入った僕よりも、よっぽど輝かしくて、よっぽど立派な人柄だからこそ、僕は住友さんに惹かれたのだ。

「いや、不愉快なんかじゃないよ」
 僕はきっぱりと断言する。
「住友さんの言ったこと、ちゃんと聞こえていたよ。理解してもいる。住友さんは悩みを抱えていない。悩んでいるとみんなに思われて、心配をかけたくなかったから、声をかけてきた僕に対して怒った。嫌いだから怒鳴ったわけじゃないから、今後は普通に接してくれていい。……そうだよね?」

 住友さんはうなずいて、弁当箱の中に視線を落とした。
 その顔は、憂いを隠しきれていなくて。消そうと努力しているのは伝わってくるけど、結果が伴っていなくて。

「あの」
 半ば無意識に呼びかけていた。俯いたばかりの顔が持ち上がって、僕を正視する。
 最初は言うつもりはなかった。でも、こう言ってみようと思い立った瞬間、欲求を抑えきれなくなった。
 怖さはある。でも、きっと大丈夫だ。
 なぜなら、今この場所には、僕と住友さんの二人しかいない。

「これで絶対に最後にするって約束するから、一つだけ質問させて。住友さん、ほんとうに悩んでいることはないの?」
 先ほどまでのなごやかな雰囲気が一転、緊迫感を孕んだ空気が僕たちを満たした。
 住友さんの顔からは表情が消えている。なにかについて考えているのか、放心しているのか、外見からは判断がつかない。

 沈黙が続いていた時間は、思いのほか短かった。
 一輪の花が綻ぶのを早回しにしたように、静かに、柔らかく、住友さんはほほ笑んだ。

「心配してくれて、ありがとう。でも、ほんとうに悩みなんてないから」

 僕は知ってしまった。
 そう長い時間ではないといえ、同じベンチに座って、住友さんの表情を、声を、仕草を見聞きしてきたからこそ、見抜くことができた。
 住友さんは嘘をついている。


*

 昼食をともにしたことで、僕たちの距離は確実に縮まった。誠実で律儀な性格を知ったことで、住友さんに対する好感度はますます高まった。
 それなのに、僕の質問に対しての、あの嘘の笑顔。

 受けたショックの強さとか、それでも住友さんを嫌いになれない気持ちとか、住友さんを救う方法とか。
 話したいことはたくさんあって、下校途中にスクールバッグからスマホを取り出した。由佳に電話をかけようとして、気がつく。
 悩みはないと、面と向かって三度も否定されたのに、住友さんのために僕ができることなんて、あるのか?

 真っ暗な画面を見つめたまま、一分以上は道端で立ち尽くしただろうか。
 一台の自転車が僕の脇を走り抜けて、乗っていた女子生徒に怪訝そうな顔で見つめられたことで、我に返った。手にしているものをバッグに戻して、歩き出した。
 ため息をつく気力もなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

パンティージャムジャムおじさん

KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。 口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。 子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。 そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

トウシューズにはキャラメルひとつぶ

白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。 小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。 あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。 隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。 莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。 バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。

隠れ御曹司は、最強女子を溺愛したい

藤永ゆいか
児童書・童話
過去のある出来事から、空手や合気道を習うようになった私。 そして、いつしか最強女子と言われるようになり、 男子が寄りつかなくなってしまった。 中学では恋がしたいと思い、自分を偽って 学校生活を送ることにしたのだけど。 ある日、ひったくり犯を撃退するところを クラスメイトの男子に見られてしまい……。 「お願い。このことは黙ってて」 「だったら、羽生さん。 俺のボディーガード兼カノジョになってよ」 「はい!?」 私に無茶な要求をしてきた、冴えないクラスメイトの 正体はなんと、大財閥のイケメン御曹司だった!? * * * 「ボディーガードなんて無理です!」 普通の学校生活を送りたい女子中学生 羽生 菜乃花 × 「君に拒否権なんてないと思うけど?」 訳あって自身を偽る隠れ御曹司 三池 彗 * * * 彗くんのボディーガード兼カノジョになった 私は、学校ではいつも彼と一緒。 彗くんは、私が彼のボディーガードだからそばにいるだけ。 そう思っていたのに。 「可愛いな」 「菜乃花は、俺だけを見てて」 彗くんは、時に甘くて。 「それ以上余計なこと言ったら、口塞ぐよ?」 私にだけ、少し意地悪で。 「俺の彼女を傷つける人は、 たとえ誰であろうと許さないから」 私を守ってくれようとする。 そんな彗くんと過ごすうちに私は、 彼とずっと一緒にいたいと思うようになっていた──。 「私、何があっても彗くんのことは絶対に守るから」 最強女子と隠れ御曹司の、秘密の初恋ストーリー。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

宇宙人は恋をする!

山碕田鶴
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞/奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。】 私が呼んでいると勘違いして現れて、部屋でアイスを食べている宇宙人・銀太郎(仮名)。 全身銀色でツルツルなのがキモチワルイ。どうせなら、大大大好きなアイドルの滝川蓮君そっくりだったら良かったのに。……え? 変身できるの? 中学一年生・川上葵とナゾの宇宙人との、家族ぐるみのおつきあい。これは、国家機密です⁉ (表紙絵:山碕田鶴/人物色塗りして下さった「ごんざぶろ」様に感謝)

処理中です...