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フィクションの物語で、明日に控えたイベントに胸を弾ませるあまり、寝過ごして待ち合わせ時刻に遅れる、という場面がよく描かれる。
それ以上に頻繁に、気が急きすぎて、何十分も前に待ち合わせ場所に到着してしまう、という場面が登場する。
フィクションならではの誇張表現だと思っていた。まさかその一人に自分がなるなんて、今日になるまで夢にも思わなかった。
約束のバス停には四十分前に着いた。十分前に来ると仮定しても、たっぷり半時間待たなければならないと考えると、あまりにも早すぎる。家で待つのが定石なのだろうけど、心が落ち着かなくて、まだ早いとわかっていながら出発したのだ。
昨夜メッセージをやりとりして、昼食をともにする約束になっていた。停留所の近くにあるコンビニに入って、菓子パンと牛乳を購入する。店を出てスマホを確認すると、約束の時間までまだ二十分もあった。停留所の空色のベンチに腰を下ろす。
住友みのりさん。
今日はどんな服を着てくるのだろう。昼食は、買ったものなのか、手作りの弁当なのか。自分でも作ると言っていたし、後者の可能性が高い気がする。読書が好きらしいけど、どんなジャンルの本を読むのだろう。難解な純文学作品が好きだったら、話についていけなさそうで困るな。僕が読んだ小説なんて、夏目漱石と太宰治と星新一くらい。村上春樹ですらも一冊も読んだことがないのに。
考えるのはやはり、今日ともに過ごす予定の人のことだ。
待つのは苦痛じゃない。でも、早く会いたかった。
一人でいた時間は長かった気もするし、短かかった気もする。
「香坂」
いきなり名前を呼ばれて、意識が現実に引き戻された。振り向いた僕の目に映ったのは、こちらへと駆け寄ってくる少女の姿。僕はベンチから腰を上げた。
「住友さん」
住友さんは肩で息をしている。少し乱れた前髪を指で直しながら、はにかみ笑いをこぼした。
今日の住友さんは、白のブラウスに藍色のスカートという服装だ。スカートの丈は制服のそれよりもずっと長いけど、今のほうがずっと女の子らしさを感じる。ブラウスが白なのは、藍色との取り合わせを考えての選択なのか。それとも白が好きだからなのか。
たしかなのは、今日の服装も住友さんに似合っていて、とてもかわいい、ということだ。
「香坂、おはよう。十分前にはと思って家を出たんだけど、早かったね」
「うん。今日は早く起きたんだけど、家にいるのは落ち着かなくて」
でもまさか、半時間以上も前に来ているとは思わないだろうな、住友さんも。
「香坂、お昼ごはんはコンビニで買ったんだ」
「休みの日だと母さんは作ってくれないから。住友さんはお弁当?」
「うん。でも、今日は作るのは全部お母さんに任せて、私は全然手伝わなかった。支度に時間がかかっちゃって」
他愛もない話をしているうちに目的のバスが来たので、乗りこむ。
車内は閑散としていた。降り口に近い座席にお年寄りが二人座っているだけで、空席が多い。最後列の座席の窓側に住友さん、通路側に僕、という並びで座る。密室になったぶん、住友さんとの距離がより近くなった気がした。
車内では引きつづき他愛もない話をした。言葉数こそあまり多くなかったけど、空気は重たくはないし、気まずさも感じない。会話が途絶えるたびに、住友みのりという魅力的な同級生がすぐ隣にいるのだ、という意識が心に強く訴えかけてきて、体が熱くなった。
思えば、教室では僕が後ろで住友さんが前、という位置関係。横並びになって時間を共有することは、今までまったくなかった。
それが、金曜日に昼食をともにする、土曜日に並んで公園を歩く、今日こうしてバスに揺られている――この三日で立て続けに体験した。
住友さんが首を九十度回せば、視界には僕の姿が映る。一方的に住友さんの後ろ姿を見ていた教室のときとは、比べものにならないくらい緊張感は強い。
でも、それも悪くない。
バスに揺られる時間が募れば募るほど、これから僕を待っている未来に対する期待は高まっていく。
それ以上に頻繁に、気が急きすぎて、何十分も前に待ち合わせ場所に到着してしまう、という場面が登場する。
フィクションならではの誇張表現だと思っていた。まさかその一人に自分がなるなんて、今日になるまで夢にも思わなかった。
約束のバス停には四十分前に着いた。十分前に来ると仮定しても、たっぷり半時間待たなければならないと考えると、あまりにも早すぎる。家で待つのが定石なのだろうけど、心が落ち着かなくて、まだ早いとわかっていながら出発したのだ。
昨夜メッセージをやりとりして、昼食をともにする約束になっていた。停留所の近くにあるコンビニに入って、菓子パンと牛乳を購入する。店を出てスマホを確認すると、約束の時間までまだ二十分もあった。停留所の空色のベンチに腰を下ろす。
住友みのりさん。
今日はどんな服を着てくるのだろう。昼食は、買ったものなのか、手作りの弁当なのか。自分でも作ると言っていたし、後者の可能性が高い気がする。読書が好きらしいけど、どんなジャンルの本を読むのだろう。難解な純文学作品が好きだったら、話についていけなさそうで困るな。僕が読んだ小説なんて、夏目漱石と太宰治と星新一くらい。村上春樹ですらも一冊も読んだことがないのに。
考えるのはやはり、今日ともに過ごす予定の人のことだ。
待つのは苦痛じゃない。でも、早く会いたかった。
一人でいた時間は長かった気もするし、短かかった気もする。
「香坂」
いきなり名前を呼ばれて、意識が現実に引き戻された。振り向いた僕の目に映ったのは、こちらへと駆け寄ってくる少女の姿。僕はベンチから腰を上げた。
「住友さん」
住友さんは肩で息をしている。少し乱れた前髪を指で直しながら、はにかみ笑いをこぼした。
今日の住友さんは、白のブラウスに藍色のスカートという服装だ。スカートの丈は制服のそれよりもずっと長いけど、今のほうがずっと女の子らしさを感じる。ブラウスが白なのは、藍色との取り合わせを考えての選択なのか。それとも白が好きだからなのか。
たしかなのは、今日の服装も住友さんに似合っていて、とてもかわいい、ということだ。
「香坂、おはよう。十分前にはと思って家を出たんだけど、早かったね」
「うん。今日は早く起きたんだけど、家にいるのは落ち着かなくて」
でもまさか、半時間以上も前に来ているとは思わないだろうな、住友さんも。
「香坂、お昼ごはんはコンビニで買ったんだ」
「休みの日だと母さんは作ってくれないから。住友さんはお弁当?」
「うん。でも、今日は作るのは全部お母さんに任せて、私は全然手伝わなかった。支度に時間がかかっちゃって」
他愛もない話をしているうちに目的のバスが来たので、乗りこむ。
車内は閑散としていた。降り口に近い座席にお年寄りが二人座っているだけで、空席が多い。最後列の座席の窓側に住友さん、通路側に僕、という並びで座る。密室になったぶん、住友さんとの距離がより近くなった気がした。
車内では引きつづき他愛もない話をした。言葉数こそあまり多くなかったけど、空気は重たくはないし、気まずさも感じない。会話が途絶えるたびに、住友みのりという魅力的な同級生がすぐ隣にいるのだ、という意識が心に強く訴えかけてきて、体が熱くなった。
思えば、教室では僕が後ろで住友さんが前、という位置関係。横並びになって時間を共有することは、今までまったくなかった。
それが、金曜日に昼食をともにする、土曜日に並んで公園を歩く、今日こうしてバスに揺られている――この三日で立て続けに体験した。
住友さんが首を九十度回せば、視界には僕の姿が映る。一方的に住友さんの後ろ姿を見ていた教室のときとは、比べものにならないくらい緊張感は強い。
でも、それも悪くない。
バスに揺られる時間が募れば募るほど、これから僕を待っている未来に対する期待は高まっていく。
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