秘密

阿波野治

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 子ども向けの本のコーナーはすぐに見つかった。
 しかし、そちらに向かうのはためらいを覚えた。カラフルな色に塗られた何脚かのテーブルで、複数の親子連れが本を広げているのだ。
 溶け合って混ざり合って区別がつきづらいけど、四・五組はいるだろうか。幼児といってもいい年齢の子どもが、大声を出して母親から叱られたり。通路を走る幼稚園児くらいの男の子を、お姉さんらしき年上の女の子がたしなめるのだけど、その声が耳に響くくらい大きかったり。図書館という場に求められる環境を考えると、騒がしすぎる。
 日曜日だから子ども連れの利用客も多い。そんな当たり前の事実に、この目で現場を見るまで気がつかなかった。

 あのうるささでは、読書にはとても集中できそうにない。そもそも、子どもとその保護者が密集している空間に、中学生の僕が足を運ぶのははばかられる。様子をうかがっている今でさえも、居たたまれないと感じているくらいなのに。

 人形の本に思い入れがあるのはたしかだが、固執する理由はない。ただ、またしても手ぶらでテーブルに戻れば、住友さんは疑惑を深めるだろう。本が好きと言っていたのに、どうして一冊も読もうとしないの、と。
 どうやら、真実を打ち明けるときが来たらしい。

 住友さんはきっと失望するだろう。だけど、嘘をついたことをきちんと謝れば、きっと罪を許してくれる。そう僕は信じている。
 僕や友だちに向かって声を荒らげたときは、感情的になりやすい人なのかもしれないと思った。でもそうしたのは、みんなに心配をかけたくなかったからこそ。普段の住友さんは、むしろ大人しくて控えめな人だ。昼休み時間に僕のもとまでわざわざやって来て、改めて謝罪をしたことからもわかるように、律義さと誠実さを併せ持ってもいる。

「図書館にいっしょに行こう」という住友さんの誘いに僕が乗ったのは、彼女と仲よくなりたかったからだ。
 嘘の存在は、その目的を叶えるための障害になりかねない。

 正直に言おう。住友さんに真実を伝えよう。
 足を運ぶ場所に図書館が選ばれたのは、僕の嘘がきっかけだったと考えると、少し怖い気もする。それでも勇気を出さないと。

 来た道を引き返すと、住友さんはテーブルに着いていた。表紙の色と分厚さから、心理学の本を読みつづけているのだとわかる。
 テーブルの近くまで来ても、彼女は僕が戻ってきたことには気がつかない。
 水を差すのを承知で声をかけるべきなのだろうか?
 それとも、ひとまず黙って着席して、僕に気がついてから話を切り出すべき?

 見極めようと、住友さんの顔に注目して、危うく声をもらしそうになった。館内では静かにしなければならない、という意識が働いていなければ、実際に声を出していたに違いない。
 身の毛がよだつほど真剣な顔をしているのだ。

 真剣な表情をしているという意味では、僕がテーブルを離れる前と変わらない。だけど、度合いが違いすぎる。鬼気迫る表情、という表現を使っても誇張ではないだろう。瞳は大きく見開かれていて、まばたきの回数が少ない。唇は軽く閉じられているように見えるけど、それでいて、なにがあっても自分からは開きそうにない頑なさが宿っている。
 どう見ても、ささやかな知識欲を満たすために、気軽な気持ちから読書をしている人間の顔ではない。

 不意に、住友さんの顔が持ち上がった。
 立ち尽くす僕を目の当たりにして、彼女の顔から表情が消えた。緊迫した沈黙が流れる。外部からの干渉がない限りどこまでも続いていきそうな、そんな沈黙だ。

 住友さんの顔にかすかな笑みが浮かんだ。
 その笑みは、分別がつく年齢になった子どもが泣きそうになったときに、今にもこぼれ落ちそうな涙に抗うように浮かべてみせる、弱々しいほほえみに似ていた。
 自分の手元を一瞥して、本を閉ざす。空間が静かだからこそ強く響いたその音に、僕は我に返る。

 僕がテーブルの曲線に沿うようにして歩み寄ると、住友さんは静かに起立した。
 改めて僕に向けられたその顔からは、強がる子どもの笑みは消えている。

「香坂。少し早いけど、お昼にしよう。本、戻してくるから、先に外で待っていて」
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