秘密

阿波野治

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 市立図書館には芝生広場が併設されている。簡易な木製ベンチと飲料の自動販売機、ありふれた遊具がいくつか置かれているだけの、広々としていて開放的な空間だ。
 館外に姿を見せた住友さんは、昼食はそこで食べる予定だと告げた。
 異論はなかった。

 まだ正午を迎えていなかったけど、すでに二組の家族連れが芝生の上にレジャーシートを広げていた。日射しに温められた草の匂いが快い。空いていたベンチに腰を下ろして、僕はパンと牛乳を、住友さんは弁当とお茶を、それぞれ食べはじめる。
 行きのバスの車中と同じく、他愛もない話題が選ばれた。弁当に入っているおかずのレシピとか。初夏らしい気候のこととか。遠足やピクニックの思い出とか。

 僕たちを包むムードは和やかだった。住友さんの口は滑らかだし、僕も無難に受け答えをこなせた。
 それでいて、違和感を常に胸の隅に覚えていたのは、図書館の中での出来事が尾を引いているからだ。触れるべき話題だとお互いにわかっているはずなのに、お互いに触れようとしない。

 二人とも食べ終わったころには、昼食を食べにきた家族連れや、遊びに来た子どもなどで、芝生広場はいっときと比べると格段に賑やかになっていた。年齢が一桁の子どもが全体の半数ほどを占めていて、館内のように話し声を抑える必要がないから、とても騒がしい。
 そんな中、僕たちがいるベンチだけが不自然なまでに静かだ。自意識過剰の産物だとわかってはいたけど、縦横無尽に走り回る子どもたちが、僕たちの前を横切るときだけ足を緩め、珍しいものでも見るように見つめてくる気がしてならなかった。

 たぶん、僕のほうから、心理学の本を怖いくらい真剣に読んでいたことに言及して、理由を尋ねるべきなのだろう。
 ただ、基本的には温厚で大人しい住友さんに、あんな顔つきをさせた理由はなんなのだろうと考えると、とても嫌な予感がする。怖い気もする。
 なぜって、僕や羽生田さんに対して声を荒らげたときの彼女に、通じるものがあるから。

「あの、住友さん」
 それでも僕のほうから沈黙を破ったのは、勇気を振り絞った結果ではない。これ以上、息苦しい膠着状態が続くことに耐えられなかったから。つまり、僕が臆病な人間だったからだ。
 住友さんはゆっくりと振り向いた。同じくらいの間を置いて、無表情がほほ笑みに変わる。疲れているようで、自信がなさそうで、それでいて安心しているようでもある、そんな複雑な笑顔だ。

「わかってるよ。わざわざ言わなくても、香坂が言いたいことはわかってる。会話を重ねたことで、香坂は信頼がおける人間だってわかった。だから、香坂に話してみようと思う」
 ほほ笑みがすっと引っこんで、真顔になる。だけど、すぐにまたかすかな笑みが戻ってきた。
「騒がしいけど、ここで話すね。どうせ誰も聞いていないから、逆に話しやすいかもしれない」
 僕がうなずくと、再び真顔に戻った。しつこく絡みついてくる最後のためらいを振り切ろうとしているのだろうか。数十秒にもわたる沈黙を経て、住友さんはおもむろに話しはじめた。

「どこから話せばいいのか、ちょっと難しいんだけど――」
 僕の目を見ながらではなく、駆け回る子どもたちを目で追いながら。
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