秘密

阿波野治

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「香坂の都合? 欲求? そういうものに合わせて由佳も変化していった、という解釈でいいのかな」
「そうだね。一言でいえば、ご都合主義的な存在、ということになるのかな。
 たとえば、由佳と電話で話をするさいには、彼女の声が聞こえてくる、というか聞こえてくる気がするんだけど、アニメの登場人物みたいな、高くて特徴的でかわいい声なんだよね。由佳の声がそういうふうに聞こえるのは、僕がそういう声が好きだからなんだ。
 ただ、僕はしょせん平凡な男子中学生であって、全知全能の神なんかじゃない。
 だから、由佳はファッションのことはまったく話さないんだ。僕がファッションについて詳しくないから、語りたくても語れないというわけ。趣味だって、女の子らしいものじゃなくて、僕と同じでソーシャルゲームとかマンガとか。
 だからこそ、由佳と話をする時間は心地いいんだけど」

 言葉を切って、向かい合って座る人の表情を確認する。住友さんの顔には、前回見たときにはなかった、陰りのようなものがにじんでいる。

「もちろん、虚しさを感じることもあるよ。実在しない女の子、もう一人の自分に過ぎないって、生みの親である僕はちゃんとわかっているわけだからね。あまりにも由佳という人間を作りこみすぎたし、入れこみすぎた。
 さっきも言ったように、彼女との会話はとにかく心地いいから、由佳が自分の分身だという事実を忘れることがたまにある。心地いい時間を過ごしたあとではっと我に返って、『ほんとうにこれでいいのか?』って自問する。そんな機会が、歳を重ねるにつれて増えていった。
 最初、彼女を発明したころは、友だちができてうれしい、さびしさを感じずに済んでありがたいっていう気持ち、ただそれだけだった。だけど大人になればなるほど、矛盾やゆがみを無視できなくなっていった。実在しない女の子と仲よくするなんて、気持ち悪いからやめたほうがいい、人間の友だちを作る努力をするべきだ――」
「でも、香坂はやめなかった」
「そう。架空の存在だとしても、長く付き合っていると、やっぱり愛着が湧くからね。それに、由佳のアドバイスはほんとうに頼りになるから、それがなくなるのは困るっていうか、怖いっていうか。とにかく、あらゆる意味で、僕にとって由佳は重要な存在なんだよ」

 住友さんがなにを言おうと唇を動かしたけど、やめた。なにが言いたかったのかは察しがつく。

「由佳のどんなアドバイスも励ましも慰めも、けっきょくは僕が生み出した言葉。一見まどろっこしくて無意味に思えるけど、僕にとっては意味があることなんだ。なぜなら、由佳っていう人格を、作り物とはいえ自分とは別の人格を通じて自分に言い聞かせることで、自分一人では絶対に得られないものを得られるから。勇気とか、自信とか、明日もがんばろうっていう意欲とか、そういうポジティブな感情や思いをね。
 僕は気弱な性格だし、友だちを作れなくて孤立しがちだから、クラスのみんなからよくからかわれていたんだ。加害者側からすれば、いじめじゃなくていじりだって言いわけをしたら、担任からは軽い注意を受けただけで許されそうな、でも被害者からしてみれば結構きつい、みたいなレベルの行為を。
 それにもかかわらず、中学一年生になるまでずっと学校に通いつづけられたのは、ひとえに由佳のおかげだよ。
 しょせんはもう一人の自分。作り物の存在でしかない。だけど、日々の悩みや孤独感をわかち合える相手がいた。困難に直面したときに相談に乗ってくれて、慰めてくれて、背中を押してくれる人がいた。だからこそ、僕は十三歳まで生きてこられた」

 ここまでの説明で、由佳がどのような存在で、僕にとっていかに大切なのかを、住友さんは充分に理解してくれたようだ。表情を見ればそれは一目瞭然だ。
 だから、僕はもう一歩先へ進む。
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