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空が暗くなる前に対話を終えられたのは、住友さんに夜道を歩く不安を抱かせずに済んだという意味では幸いだった。
門の外まで住友さんを見送りに出て、後ろ姿が消えるまで見届けた。一人になったのを境に、安堵感が見る見る膨らんでいく。
やはり、僕は一人が好きらしい。
少しさびしい事実だけど、その価値観にも今後きっと変化があるはずだ。
自室のドアを開けたとたん、机の上のスマホが震えはじめた。
画面を確認すると、予想どおりの人物からの電話だった。もう一人の自分なのだから当たり前とはいえ、怖いくらいにタイミングがいい。
「由佳」
繋がるや否や、その人の名を呼んだ。
しかし、返事がない。
由佳にしては珍しい反応に、思わず口をつぐんだ。いつもなら、僕が黙るとすぐになにか言ってくるのに、それもない。
明らかに、なにかがおかしい。
「もしもし、由佳? どうかしたの?」
「ごめん、ごめん。さすがのあたしも感傷的になっちゃって。キャラじゃないよね。気持ち悪っ」
聞こえてきたのは、明るくて、笑顔がありありと想像できて――ようするに、いつもどおりの由佳の声。
だけど、なにかが違っている。もう一人の自分である僕ですら言語化しづらいなにかが、いつもの由佳とは根本的に異なっている。
そもそも、発言自体が意味深だ。
感傷的になる? どういうことだ?
たまらなく嫌な予感がする。相手は由佳だというのに、異変について気軽には言及できないプレッシャーを感じている。
緊迫した沈黙を破ったのは、由佳だった。
「お別れだね、遥斗。あなたとはもう、今までどおりには付き合えない。あたし、遥斗の前から消えるから」
日常のささいな出来事を報告するように、由佳はさらりと言ってのけた。
思わず絶句してしまった。僕がしゃべれずにいるあいだ、由佳は黙っていた。だから、沈黙を破るのは僕の役目になった。
「どういうことだよ、由佳。消えるって、そんなこと……」
「ほんとはわかっているんでしょ。遥斗は鈍いところもあるけど理解力自体はあるし、そもそも、もう一人のあたしなわけだしね。消えるっていうのは、遥斗が住友みのりを選んだから、あたしは退場しなきゃいけないっていう意味。二人いっしょは不可能だから」
「たしかに、どちらかを選べって由佳は言っていたよね。その発言は記憶してる。でも、僕と住友さんは単なる友だちなんだよ? 友だちが二人以上いるのはいけないって、そんな理屈はおかしいよ。ていうか、由佳だって聞いていただろ。住友さんが由佳と話をしてみたいって言っていたことを」
「うん、聞いてたよ。聞きたくなくても聞こえるから」
「だったら、どうして」
「役目が終わったからだよ。もともとあたしは、遥斗のさびしさを解消するために生まれた存在。だけど遥斗には友だちができたから、あたしなんて不要。というかむしろ、邪魔になるだけ。そもそも十三にもなってお人形遊びって、異常だからね。遥斗に普通の中学生に戻ってもらうために、あたしは身を引かせてもらう。あたしらしく、軽やかに、爽やかに」
門の外まで住友さんを見送りに出て、後ろ姿が消えるまで見届けた。一人になったのを境に、安堵感が見る見る膨らんでいく。
やはり、僕は一人が好きらしい。
少しさびしい事実だけど、その価値観にも今後きっと変化があるはずだ。
自室のドアを開けたとたん、机の上のスマホが震えはじめた。
画面を確認すると、予想どおりの人物からの電話だった。もう一人の自分なのだから当たり前とはいえ、怖いくらいにタイミングがいい。
「由佳」
繋がるや否や、その人の名を呼んだ。
しかし、返事がない。
由佳にしては珍しい反応に、思わず口をつぐんだ。いつもなら、僕が黙るとすぐになにか言ってくるのに、それもない。
明らかに、なにかがおかしい。
「もしもし、由佳? どうかしたの?」
「ごめん、ごめん。さすがのあたしも感傷的になっちゃって。キャラじゃないよね。気持ち悪っ」
聞こえてきたのは、明るくて、笑顔がありありと想像できて――ようするに、いつもどおりの由佳の声。
だけど、なにかが違っている。もう一人の自分である僕ですら言語化しづらいなにかが、いつもの由佳とは根本的に異なっている。
そもそも、発言自体が意味深だ。
感傷的になる? どういうことだ?
たまらなく嫌な予感がする。相手は由佳だというのに、異変について気軽には言及できないプレッシャーを感じている。
緊迫した沈黙を破ったのは、由佳だった。
「お別れだね、遥斗。あなたとはもう、今までどおりには付き合えない。あたし、遥斗の前から消えるから」
日常のささいな出来事を報告するように、由佳はさらりと言ってのけた。
思わず絶句してしまった。僕がしゃべれずにいるあいだ、由佳は黙っていた。だから、沈黙を破るのは僕の役目になった。
「どういうことだよ、由佳。消えるって、そんなこと……」
「ほんとはわかっているんでしょ。遥斗は鈍いところもあるけど理解力自体はあるし、そもそも、もう一人のあたしなわけだしね。消えるっていうのは、遥斗が住友みのりを選んだから、あたしは退場しなきゃいけないっていう意味。二人いっしょは不可能だから」
「たしかに、どちらかを選べって由佳は言っていたよね。その発言は記憶してる。でも、僕と住友さんは単なる友だちなんだよ? 友だちが二人以上いるのはいけないって、そんな理屈はおかしいよ。ていうか、由佳だって聞いていただろ。住友さんが由佳と話をしてみたいって言っていたことを」
「うん、聞いてたよ。聞きたくなくても聞こえるから」
「だったら、どうして」
「役目が終わったからだよ。もともとあたしは、遥斗のさびしさを解消するために生まれた存在。だけど遥斗には友だちができたから、あたしなんて不要。というかむしろ、邪魔になるだけ。そもそも十三にもなってお人形遊びって、異常だからね。遥斗に普通の中学生に戻ってもらうために、あたしは身を引かせてもらう。あたしらしく、軽やかに、爽やかに」
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