59 / 59
59
しおりを挟む
由佳とお別れをした日の夜、住友さんとは連絡をとらなかった。向こうから連絡があれば応じるつもりでいたのだけど、音沙汰はなかった。だから、彼女の挑戦の結果はまだ知らない。
不安はすさまじいものがあった。時間が経てば経つほど、運命の瞬間に近づけば近づくほど、その感情は膨らんでいった。正門を潜るころには恐怖さえ感じていた。
教室の戸を開いた瞬間がネガティブな感情のピークだった。空間が繋がって、視界に飛びこんできたのは、
「あ……」
自分の席で四人の友だちと談笑に耽る、住友さんの姿だった。
一目見た瞬間、明るい、と思った。教室の中で、彼女がいる場所だけが輝いている。笑顔の質が、昨日までとは明らかに違っているのだ。唇が動く頻度を見る限り、普段どおり聞き役に回っているようだけど、それでいて輪の中心にいるかのような存在感を放っている。
住友さんにも変化が起きたのだ。
それも、いい方向に。とても、とても、いい方向に。
「あっ」
戸口に佇む僕に気がついた。反射的に、といった動きで椅子から立ち上がる。四人に目だけで合図を送り、僕へと歩み寄ってくる。足どりがとても軽い。友人たちの反応も、住友さんに対する理解のほどが窺えた。結果は火を見るよりも明らかだ。
そして、友だちが見ている中で僕とコミュニケーションをとろうとしている事実。
「香坂、おはよう」
「おはよう。えっと、昨日、友だちに話してみるって言っていたけど――」
「うん、伝えた。ちゃんと理解してもらったよ」
笑顔が弾ける。僕と一対一というシチュエーションでもめったに見せることがなかった、屈託のない笑顔。
「言いかたにはもちろん細心の注意を払ったけど、ようするに、みんなと付き合うのが苦痛だって言うわけでしょう。心臓が張り裂けそうだったけど、みんなはとても冷静に受けとってくれて。みのりは人の反応気にしすぎだよ、これからはもっと肩の力を抜いて接してよ、みたいなことを言われた。無理なものは無理って、正直に言ってくれたほうが全然いいからって」
「そっか。それはよかった」
「相良さんと生島さん、実は小説を読むのが結構好きらしくて、今度三人で本屋巡りをしようっていう話になったよ。それから、全然だめじゃないからみんなに合わせたけど、木下さんも実は辛い料理はあまり得意じゃない、なんていう事実も判明したりとか。羽生田さんは、子どものころは内気で人見知りな性格だったっていう話をしてくれた。羽生田さんはみんなを引っ張るタイプだから、すごく意外だったんだけど、昔はそうだったんだって。
昨日一日で、というか夜の数時間で、みんなとの仲がかなり深まった気がする。みんなのちょっとした秘密を知ったことで、親近感が湧いたし、秘密を明かしたことで、私も心が楽になったし」
住友さんは心地よさそうに、淀みのない口振りで話す。誰かに遮られない限りどこまでも続いていきそうだ。
彼女はきっと、友だちに対して誠実であろうとしすぎて、付き合うのが苦痛になってしまったのだろう。
鎖から解き放たれた彼女は、誇張でもなんでもなくて、世界で一番輝いている。
そんな彼女と、紆余曲折を経て、僕は友だちになった。
でも、まだ先はある。もっと、もっと、彼女と仲よくなりたい。
「ここ、出入りの邪魔になるね。席行こう、席」
僕の指先に住友さんの指先が触れる。手を握られるのかと思ったけど、掴んだのは制服の袖だった。
少しがっかりしたけど、すぐに気を取り直した。
だって僕たちは、つい一か月前に知り合ったばかり。その程度のスキンシップが普通で、それ以上を求めるのは時期尚早。少なくとも、現時点では。
袖を掴んだ指先はそのままに、住友さんは席へ向かう。僕は引っ張られるのではなく、住友さんの動きに合わせて、同じ方向へと歩みを進める。
いつの日か、こちらから手を握る人間になろう。
そのときはたぶん、そう遠くはない。
不安はすさまじいものがあった。時間が経てば経つほど、運命の瞬間に近づけば近づくほど、その感情は膨らんでいった。正門を潜るころには恐怖さえ感じていた。
教室の戸を開いた瞬間がネガティブな感情のピークだった。空間が繋がって、視界に飛びこんできたのは、
「あ……」
自分の席で四人の友だちと談笑に耽る、住友さんの姿だった。
一目見た瞬間、明るい、と思った。教室の中で、彼女がいる場所だけが輝いている。笑顔の質が、昨日までとは明らかに違っているのだ。唇が動く頻度を見る限り、普段どおり聞き役に回っているようだけど、それでいて輪の中心にいるかのような存在感を放っている。
住友さんにも変化が起きたのだ。
それも、いい方向に。とても、とても、いい方向に。
「あっ」
戸口に佇む僕に気がついた。反射的に、といった動きで椅子から立ち上がる。四人に目だけで合図を送り、僕へと歩み寄ってくる。足どりがとても軽い。友人たちの反応も、住友さんに対する理解のほどが窺えた。結果は火を見るよりも明らかだ。
そして、友だちが見ている中で僕とコミュニケーションをとろうとしている事実。
「香坂、おはよう」
「おはよう。えっと、昨日、友だちに話してみるって言っていたけど――」
「うん、伝えた。ちゃんと理解してもらったよ」
笑顔が弾ける。僕と一対一というシチュエーションでもめったに見せることがなかった、屈託のない笑顔。
「言いかたにはもちろん細心の注意を払ったけど、ようするに、みんなと付き合うのが苦痛だって言うわけでしょう。心臓が張り裂けそうだったけど、みんなはとても冷静に受けとってくれて。みのりは人の反応気にしすぎだよ、これからはもっと肩の力を抜いて接してよ、みたいなことを言われた。無理なものは無理って、正直に言ってくれたほうが全然いいからって」
「そっか。それはよかった」
「相良さんと生島さん、実は小説を読むのが結構好きらしくて、今度三人で本屋巡りをしようっていう話になったよ。それから、全然だめじゃないからみんなに合わせたけど、木下さんも実は辛い料理はあまり得意じゃない、なんていう事実も判明したりとか。羽生田さんは、子どものころは内気で人見知りな性格だったっていう話をしてくれた。羽生田さんはみんなを引っ張るタイプだから、すごく意外だったんだけど、昔はそうだったんだって。
昨日一日で、というか夜の数時間で、みんなとの仲がかなり深まった気がする。みんなのちょっとした秘密を知ったことで、親近感が湧いたし、秘密を明かしたことで、私も心が楽になったし」
住友さんは心地よさそうに、淀みのない口振りで話す。誰かに遮られない限りどこまでも続いていきそうだ。
彼女はきっと、友だちに対して誠実であろうとしすぎて、付き合うのが苦痛になってしまったのだろう。
鎖から解き放たれた彼女は、誇張でもなんでもなくて、世界で一番輝いている。
そんな彼女と、紆余曲折を経て、僕は友だちになった。
でも、まだ先はある。もっと、もっと、彼女と仲よくなりたい。
「ここ、出入りの邪魔になるね。席行こう、席」
僕の指先に住友さんの指先が触れる。手を握られるのかと思ったけど、掴んだのは制服の袖だった。
少しがっかりしたけど、すぐに気を取り直した。
だって僕たちは、つい一か月前に知り合ったばかり。その程度のスキンシップが普通で、それ以上を求めるのは時期尚早。少なくとも、現時点では。
袖を掴んだ指先はそのままに、住友さんは席へ向かう。僕は引っ張られるのではなく、住友さんの動きに合わせて、同じ方向へと歩みを進める。
いつの日か、こちらから手を握る人間になろう。
そのときはたぶん、そう遠くはない。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
パンティージャムジャムおじさん
KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。
口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。
子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。
そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
トウシューズにはキャラメルひとつぶ
白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。
小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。
あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。
隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。
莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。
バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。
宇宙人は恋をする!
山碕田鶴
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞/奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。】
私が呼んでいると勘違いして現れて、部屋でアイスを食べている宇宙人・銀太郎(仮名)。
全身銀色でツルツルなのがキモチワルイ。どうせなら、大大大好きなアイドルの滝川蓮君そっくりだったら良かったのに。……え? 変身できるの?
中学一年生・川上葵とナゾの宇宙人との、家族ぐるみのおつきあい。これは、国家機密です⁉
(表紙絵:山碕田鶴/人物色塗りして下さった「ごんざぶろ」様に感謝)
隠れ御曹司は、最強女子を溺愛したい
藤永ゆいか
児童書・童話
過去のある出来事から、空手や合気道を習うようになった私。
そして、いつしか最強女子と言われるようになり、
男子が寄りつかなくなってしまった。
中学では恋がしたいと思い、自分を偽って
学校生活を送ることにしたのだけど。
ある日、ひったくり犯を撃退するところを
クラスメイトの男子に見られてしまい……。
「お願い。このことは黙ってて」
「だったら、羽生さん。
俺のボディーガード兼カノジョになってよ」
「はい!?」
私に無茶な要求をしてきた、冴えないクラスメイトの
正体はなんと、大財閥のイケメン御曹司だった!?
* * *
「ボディーガードなんて無理です!」
普通の学校生活を送りたい女子中学生
羽生 菜乃花
×
「君に拒否権なんてないと思うけど?」
訳あって自身を偽る隠れ御曹司
三池 彗
* * *
彗くんのボディーガード兼カノジョになった
私は、学校ではいつも彼と一緒。
彗くんは、私が彼のボディーガードだからそばにいるだけ。
そう思っていたのに。
「可愛いな」
「菜乃花は、俺だけを見てて」
彗くんは、時に甘くて。
「それ以上余計なこと言ったら、口塞ぐよ?」
私にだけ、少し意地悪で。
「俺の彼女を傷つける人は、
たとえ誰であろうと許さないから」
私を守ってくれようとする。
そんな彗くんと過ごすうちに私は、
彼とずっと一緒にいたいと思うようになっていた──。
「私、何があっても彗くんのことは絶対に守るから」
最強女子と隠れ御曹司の、秘密の初恋ストーリー。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる