少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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今宮南那

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 短い廊下の先は十二・三畳といった広さの、空間的なゆとりが感じられる一室だ。手前半分の床が板張りで、奥の半分が畳敷き。板張りの部屋には台所があり、卓袱台が置かれ、ささやかな私物が並べられている。
 奥の部屋には、ところによっては整然と、ところによっては雑然と、雑多な道具類が置かれている。目立つのは竹ひごと、竹ひごを編んで作ったらしい工芸品。少女が現れたさいに感じた植物の匂いの正体は竹だったらしい。

 少女は真一を卓袱台へと導き、氷入りの冷たい麦茶と、スーパーやコンビニで普通に売っているような板チョコレートを出した。
 出すものを出してしまうと、少女はさっさと玄関まで引き返し、咲子と話の続きを始めた。真一はチョコレートをかじりながら聞き耳を立てたが、内容まで把握するには距離が遠すぎる。

 板チョコを平らげたころに玄関の戸が閉まる音が聞こえ、少女が戻ってきた。あどけなさの残る顔には、喜怒哀楽、どの感情も表れていない。印象としては、日本人形。

「おかえり。私はあなたの家に寝泊まりすることで決定、ということでいいのかな?」
「はい、そう決まりました。必要なものをこの家に運ぶことになっているので、しばらくはばたばたするかもしれません」

 少女は声に抑揚をつけずにしゃべる。相手が地区長だろうと、突如同居することになった自称僧侶だろうと、話しかたは変わらない。

「ごめんね、急にこんなことになってしまって。異性ということで警戒心もあるだろうけど、私は聖職者だから、その点は安心してほしいかな」
「地区長が信頼できると認めた人ですから、僧侶さまのことは信頼しています。むしろ、あなたにくつろいで過ごしてもらうために、わたしの努力が必要不可欠だと考えています」
「ありがとう。私のような人間に気をつかわせるのは心苦しいけど、素直にありがたいと思うよ。感謝します。ところで、呼びかただけど」
「はい」
「俺のことは『僧侶さま』じゃなくて、『真一』と下の名前で呼んでくれないかな。俺は他人さまから尊敬されるような人間じゃないから、むずむずするんだ。短いあいだかもしれないけど、家でくらいは肩の力を抜いて過ごしたいからね。居候の身だから、ずうずうしいお願いかもしれないけど」
「分かりました。年上のかたを呼び捨てにするのは抵抗があるので、真一さん、でよろしいですか」
「構わないよ。君の名前も教えてよ、今宮さん。下の名前で呼びたいから」
「南那です。東西南北の南に、那智勝浦の那で、南那」
「いい名前だね。これから三日間、よろしくね、南那ちゃん」
「こちらこそよろしくお願いします、真一さん」
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