塵埃抄

阿波野治

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人魚

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 冬の午後、海岸に足を運ぶと、波打ち際に女が佇んでいた。赤い髪の毛を長々と垂らし、なぜか上半身が裸だ。
 近づいてみて、驚いた。女の臍から下が、青光りする鱗に覆われた魚の尾だったからだ。体を覆うべき衣類を着用していないが、羞恥心はあるらしく、私の接近に感づくと、咄嗟に片腕で胸を隠し、頬を珊瑚色に染めた。女は海のように澄んだ青い瞳で私を見つめ、こう願い出た。
「私は人魚です。この付近の海を泳いでいる最中に水着をなくし、自宅に帰れなくなってしまいました。この浜辺で、水着の代わりになるような貝殻を探すのを手伝っていただけると、非常に助かるのですが」
「恥ずかしさを我慢しさえすれば、帰宅するのに支障はないように思うのですが」
「帰れることは帰れるのですが、自宅は深海にあるので、覆うものがないと、水圧で乳首が陥没してしまうのです」
 理解しがたい言い分だったが、人魚の世界ではそれが常識なのだろう。私は貝殻を探し始めた。
 探しに探したが、目当ての物は一向に見つからない。人魚は裸の胸を私に見られないかに、私は半裸の女性が間近にいることに、それぞれ気を散らしながらの作業だから、捗るはずがなかった。適当な大きさの貝殻を二枚発見し、疲れた体を砂浜に投げ出した時には、夕陽が水平線に沈もうとしていた。
 同じく拾った紐を用い、二枚の貝殻を結びつけて水着を拵え、人魚に手渡す。彼女は真珠のように白い歯をこぼし、丁重に礼を言ってそれを受け取った。その際、彼女の胸が一瞬露わになったが、乳首は左右とも陥没しているように見えた。
 人魚は別れ際、「このご恩は忘れません、いつか必ずお礼をさせていただきます」と言った。
「いいよ、そんなのは別に」と私は答えた。
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