鏖の季節

阿波野治

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「ありゃりゃ」
 どこか芝居がかった間の抜けた声を発して、靖彦は上方を仰いだ。釣られて真理愛も父親と同じ方向を見た。
 三人の視線の先には、光を放つのをやめたLED電球がある。数日前から明滅するようになり、昨日今日は目障りなくらい目まぐるしく明と暗を切り替えていた光源が、とうとう息を引きとったのだ。

 あーあ、死んじゃった。
 真理愛は心の中で吐き捨て、視線を自らの手元に戻した。さらには小さくため息つく。真上からの明かりがなくなったせいで、鮭の塩焼きから小骨をどかす作業は難しくなりそうだ。

 仕方なしに箸を置き、冷たいほうじ茶をグラスから飲みながら、さあ親はどう出るかな、と思う。今日のところは暗い中で夕食を済ませるのか。どちらかが急いで店まで替えの電球を買いに行くのか。

「母さん、電球が切れたぞ」
 靖彦が呼びかけた。麻子は音を立てずに味噌汁をすすっている。家族水入らずで食事をとっている最中にはある意味ふさわしくない、どこか澄ました顔。夫を一瞥すらしない。
 お母さんらしい態度だな、と真理愛は思う。無関心、諦め、怠惰。救いようがない、とも思う。この人は、わたしがいじめのことを話しても絶対に力にはなってくれない。試してみるまでもなくわかる。

 さて、お父さんはどう出る?
 靖彦は小さくため息をついて椅子から腰を上げた。
 彼が選んだのは、第三の道。すなわち、リビングにキッチンという、ダイニングの両隣に当たる部屋の照明の明るさをマックスにする、という対応だった。

 キッチンから戻ってきた靖彦は、娘に向かって誇らしげな表情をしてみせた。
 それを見た瞬間、この人はだめだ、と真理愛は心の底から思った。
 たしかに食事に支障がない程度には明るくなったが、功績はそれだけ。しょせんは、己の怠惰さを誤魔化すための小細工に過ぎない。今後電球は交換されることなく、ダイニングの暗さはそのような方法で誤魔化されつづけるのかと思うと、リビングとキッチンの明かりまで消えてしまったかのようだ。

 この人たちは頼りにならないし役に立たない、と真理愛は結論づける。
 やはり、自力で樹音たちをどうにかするしかないらしい。
 やたら多い魚の小骨を、箸で一本一本根気強く除去しながら、最後のひと押しをしてくれた両親に真理愛は感謝する。
 氷のように冷ややかで、今現在のダイニングのようにほの暗い、陰惨な感謝ではあったのだが。
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