少女と物語と少女の物語

阿波野治

文字の大きさ
13 / 19

屋上で語られたこと②

しおりを挟む
「福永が言った、私が中学二年生の暴力事件を起こしたっていう話、あれは事実だから。私を貶めるために福永が即興で創り出した嘘じゃなくて、紛れもない事実」

「話したくない」と一度は言った話題について話す時も、平間さんは普段通り、声に感情を込めずに淡々と話す。

「私、小さい時から体が大きかったから、よくからかわれていたんだ。負けん気が強くて熱くなりやすい性格だったから、悪口を言ってくる相手には、それが誰であろうと突っかかっていった。なにせ体が大きいから、相手からすれば、殴り合いになったら勝ち目はないなって思うでしょ。だから、こちらが受けて立つ構えを見せさえすれば、その時点でほぼ私の勝ち。相手の性格次第では、実際に殴り合いに発展することもあったけど、そうなれば百パーセント私が勝った。要するに喧嘩では負けなしだったんだけど、勝ったあとにはいつも罪悪感と後悔の念に襲われた。むかつく相手を威圧感や腕力で屈服させるのは間違っているじゃないかって」

 一旦言葉を切り、ペットボトルのレモンティーに口をつけ、また話し出す。

「だからある時期から、怒るのは止めることに決めたんだ。なにを言われても暴力で仕返しはしないようにしよう。言い返すのも極力控えよう。怒りを顔に出すのも本人が見ていないところで、というふうに。結論から言えば、効果はてき面だった。絡んでくる側からすれば、リアクションがないからからかい甲斐がない、ということなのかな。私にちょっかいをかけてくる人間は徐々に減っていった。勿論、しつこいやつも中にはいたけど、我慢することに慣れたから、腹が立ったとしても、暴力的だったり威圧的だったりするやり方で黙らせようとは思わなくなって、最初からこうしておけばよかったんだって気がついた。それが中学生になったばかりの頃の話」

 平間さんがあまり表情を変えない理由。その背景に、覚悟に触れて、身が引き締まる思いだった。
 強いな、と思う。
 平間さんは最初こそ、百点満点ではないやり方で困難に対処していた。しかし自ら誤りを悟り、最善の解決策を見出した。たくさん辛い思いをしてきたはずなのに、加害者から逃げることも、加害者への復讐に走ることもなく。
 それなのに、小さいとは決して言えない過ちを犯してしまった。暴力事件を引き起こしてしまった。

「中二の時に私が怪我をさせてしまった相手は、幼稚でしつこいやつだった。詳しくは分からないけど、誰が最初に平間晶を怒らせられるか、みたいなゲームを仲間内でやっていたみたい。多分、どんな言葉をかけても効果がなかったからだと思うんだけど、そいつはある日いきなり、私を叩いた。そこまで強い力ではなかったんだけど、堪忍袋の緒が切れたっていうことなのかな。積もりに積もっていたものが爆発して、思わず殴り返してしまった。一発に留めておくつもりだったんだけど、頭に血が昇っちゃってね。腕力の差もあって、こっちが一方的に相手を痛めつける形になって、大騒ぎに発展したというわけ」

 平間さんは私の手元を見て、あと一口か二口で食べ切れそうなフルーツサンドを包装フィルムの上に下ろした。わたしの箸は虚空に止まったまま動かない。

「その子は何箇所か打撲を負って、鼻血を出したけど、大怪我はせずに済んだ。私は暴力を振るったことを謝って、その子も自分からちょっかいをかけたことを認めたから、喧嘩両成敗っていう形で決着がついたんだけど、なにせ一方的な展開だったから、どうしても私に非があるように見られてしまう。みんなから距離を置かれて、孤立して、高等部に進んでからもその状況は変わらず、っていう感じかな」

 金網フェンスに包囲され、コンクリートの床と青空に挟撃された空間に静寂が降りた。平間さんが食事を再開するよう目で促し、自らも食べかけのフルーツサンドに口をつけなければ、わたしはチャイムが鳴るまで金縛りから逃れられなかったかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...