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屋上で語られたこと②
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「福永が言った、私が中学二年生の暴力事件を起こしたっていう話、あれは事実だから。私を貶めるために福永が即興で創り出した嘘じゃなくて、紛れもない事実」
「話したくない」と一度は言った話題について話す時も、平間さんは普段通り、声に感情を込めずに淡々と話す。
「私、小さい時から体が大きかったから、よくからかわれていたんだ。負けん気が強くて熱くなりやすい性格だったから、悪口を言ってくる相手には、それが誰であろうと突っかかっていった。なにせ体が大きいから、相手からすれば、殴り合いになったら勝ち目はないなって思うでしょ。だから、こちらが受けて立つ構えを見せさえすれば、その時点でほぼ私の勝ち。相手の性格次第では、実際に殴り合いに発展することもあったけど、そうなれば百パーセント私が勝った。要するに喧嘩では負けなしだったんだけど、勝ったあとにはいつも罪悪感と後悔の念に襲われた。むかつく相手を威圧感や腕力で屈服させるのは間違っているじゃないかって」
一旦言葉を切り、ペットボトルのレモンティーに口をつけ、また話し出す。
「だからある時期から、怒るのは止めることに決めたんだ。なにを言われても暴力で仕返しはしないようにしよう。言い返すのも極力控えよう。怒りを顔に出すのも本人が見ていないところで、というふうに。結論から言えば、効果はてき面だった。絡んでくる側からすれば、リアクションがないからからかい甲斐がない、ということなのかな。私にちょっかいをかけてくる人間は徐々に減っていった。勿論、しつこいやつも中にはいたけど、我慢することに慣れたから、腹が立ったとしても、暴力的だったり威圧的だったりするやり方で黙らせようとは思わなくなって、最初からこうしておけばよかったんだって気がついた。それが中学生になったばかりの頃の話」
平間さんがあまり表情を変えない理由。その背景に、覚悟に触れて、身が引き締まる思いだった。
強いな、と思う。
平間さんは最初こそ、百点満点ではないやり方で困難に対処していた。しかし自ら誤りを悟り、最善の解決策を見出した。たくさん辛い思いをしてきたはずなのに、加害者から逃げることも、加害者への復讐に走ることもなく。
それなのに、小さいとは決して言えない過ちを犯してしまった。暴力事件を引き起こしてしまった。
「中二の時に私が怪我をさせてしまった相手は、幼稚でしつこいやつだった。詳しくは分からないけど、誰が最初に平間晶を怒らせられるか、みたいなゲームを仲間内でやっていたみたい。多分、どんな言葉をかけても効果がなかったからだと思うんだけど、そいつはある日いきなり、私を叩いた。そこまで強い力ではなかったんだけど、堪忍袋の緒が切れたっていうことなのかな。積もりに積もっていたものが爆発して、思わず殴り返してしまった。一発に留めておくつもりだったんだけど、頭に血が昇っちゃってね。腕力の差もあって、こっちが一方的に相手を痛めつける形になって、大騒ぎに発展したというわけ」
平間さんは私の手元を見て、あと一口か二口で食べ切れそうなフルーツサンドを包装フィルムの上に下ろした。わたしの箸は虚空に止まったまま動かない。
「その子は何箇所か打撲を負って、鼻血を出したけど、大怪我はせずに済んだ。私は暴力を振るったことを謝って、その子も自分からちょっかいをかけたことを認めたから、喧嘩両成敗っていう形で決着がついたんだけど、なにせ一方的な展開だったから、どうしても私に非があるように見られてしまう。みんなから距離を置かれて、孤立して、高等部に進んでからもその状況は変わらず、っていう感じかな」
金網フェンスに包囲され、コンクリートの床と青空に挟撃された空間に静寂が降りた。平間さんが食事を再開するよう目で促し、自らも食べかけのフルーツサンドに口をつけなければ、わたしはチャイムが鳴るまで金縛りから逃れられなかったかもしれない。
「話したくない」と一度は言った話題について話す時も、平間さんは普段通り、声に感情を込めずに淡々と話す。
「私、小さい時から体が大きかったから、よくからかわれていたんだ。負けん気が強くて熱くなりやすい性格だったから、悪口を言ってくる相手には、それが誰であろうと突っかかっていった。なにせ体が大きいから、相手からすれば、殴り合いになったら勝ち目はないなって思うでしょ。だから、こちらが受けて立つ構えを見せさえすれば、その時点でほぼ私の勝ち。相手の性格次第では、実際に殴り合いに発展することもあったけど、そうなれば百パーセント私が勝った。要するに喧嘩では負けなしだったんだけど、勝ったあとにはいつも罪悪感と後悔の念に襲われた。むかつく相手を威圧感や腕力で屈服させるのは間違っているじゃないかって」
一旦言葉を切り、ペットボトルのレモンティーに口をつけ、また話し出す。
「だからある時期から、怒るのは止めることに決めたんだ。なにを言われても暴力で仕返しはしないようにしよう。言い返すのも極力控えよう。怒りを顔に出すのも本人が見ていないところで、というふうに。結論から言えば、効果はてき面だった。絡んでくる側からすれば、リアクションがないからからかい甲斐がない、ということなのかな。私にちょっかいをかけてくる人間は徐々に減っていった。勿論、しつこいやつも中にはいたけど、我慢することに慣れたから、腹が立ったとしても、暴力的だったり威圧的だったりするやり方で黙らせようとは思わなくなって、最初からこうしておけばよかったんだって気がついた。それが中学生になったばかりの頃の話」
平間さんがあまり表情を変えない理由。その背景に、覚悟に触れて、身が引き締まる思いだった。
強いな、と思う。
平間さんは最初こそ、百点満点ではないやり方で困難に対処していた。しかし自ら誤りを悟り、最善の解決策を見出した。たくさん辛い思いをしてきたはずなのに、加害者から逃げることも、加害者への復讐に走ることもなく。
それなのに、小さいとは決して言えない過ちを犯してしまった。暴力事件を引き起こしてしまった。
「中二の時に私が怪我をさせてしまった相手は、幼稚でしつこいやつだった。詳しくは分からないけど、誰が最初に平間晶を怒らせられるか、みたいなゲームを仲間内でやっていたみたい。多分、どんな言葉をかけても効果がなかったからだと思うんだけど、そいつはある日いきなり、私を叩いた。そこまで強い力ではなかったんだけど、堪忍袋の緒が切れたっていうことなのかな。積もりに積もっていたものが爆発して、思わず殴り返してしまった。一発に留めておくつもりだったんだけど、頭に血が昇っちゃってね。腕力の差もあって、こっちが一方的に相手を痛めつける形になって、大騒ぎに発展したというわけ」
平間さんは私の手元を見て、あと一口か二口で食べ切れそうなフルーツサンドを包装フィルムの上に下ろした。わたしの箸は虚空に止まったまま動かない。
「その子は何箇所か打撲を負って、鼻血を出したけど、大怪我はせずに済んだ。私は暴力を振るったことを謝って、その子も自分からちょっかいをかけたことを認めたから、喧嘩両成敗っていう形で決着がついたんだけど、なにせ一方的な展開だったから、どうしても私に非があるように見られてしまう。みんなから距離を置かれて、孤立して、高等部に進んでからもその状況は変わらず、っていう感じかな」
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