少女と物語と少女の物語

阿波野治

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屋上で語られたこと③

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「しかし、難しいな。人になにかを説明するのは」

 一個目のフルーツサンドを食べ切って、平間さんは苦笑する。

「紙に書いたりして、自分なりに考えを短くまとめてみたつもりなんだけど、長くなっちゃったな。増田みたいに上手くはいかない」
「えっ、わたし?」
「小説でやっていたじゃないか。晶の発言に対して『私』がどういう感情を持って、どう考えた結果こういう行動をとりましたよっていう」
「そう? 上手い……のかな」
「うん。読んでいて、増田はそこのところの書き方が上手いと思った。登場人物の言動が不自然だとか、突拍子もないとか、そういうところが全くなかったから。それって要するに、書きたいと思っていることを正確に表現できたってことでしょ」
「そう、なのかな」
「羨ましいな。増田は私が持っていない能力を持っていると思う。もし私がそれを持っていたとしたら、あんな事件を起こさずに済んだんじゃないかな」

 破綻がないようにプロットを立て、最適な単語を選びながら文字を書き連ね、一点の誤りもないように推敲する。平間さんに読んでもらった小説を書き上げるにあたって、わたしはそれらの作業を、何度も立ち止まり、後戻りし、投げ出しそうになりながら、何十日もかけて繰り返し行った。仮に平間さんが言っているような能力をわたしが持っていたならば、プロットを立てるのも、執筆も、推敲も、もっと早く終わらせられたはずだ。
 そう釈明したとすれば、どんなに苦戦したとしても投げ出さないのも才能のうちだ、という意味の言葉が返ってくる気がする。要するに、手間暇をかけさえすれば、自分の思いや考えを正確に相手に伝えられる能力がわたしにはある、と。
 仮にわたしがその能力を持っていたとして、果たして人に誇れるだろうか? 小説を書き上げるために役に立っても、実生活において役に立つだろうか?

 旧校舎裏で泣いていたわたしに声をかけてくれた平間さん。福永さんたちからわたしを助けてくれた平間さん。
 臆病なわたしと、問題を解決するために敢然と行動に踏み切れる彼女。望ましい結果を得られることが多いのはどちらだろう?

「そういえば、小説の感想、まだちゃんと言ってなかったね」

 平間さんの声に、思案に耽っていた心が現実に呼び戻される。

「技術的には、さっき言ったところが上手く書けているかな、って思った。内容的には、やっぱりあの部分かな。引っ込み思案だったヒロインが――」
「あっ!」

 わたしは不意にあることに気がつき、制服のポケットから携帯電話を取り出した。予感は的中していた。

「授業が始まるまで、もう十分切ってる。早く食べないと」

 弁当箱の中身はまだ三分の二近く残っていた。十分弱で三分の二。食べるのが早い方ではないわたしには、教室には一分ほどで辿り着けることを考慮しても、ぎりぎりの時間だ。

「ごめん。私がだらだらと話したせいで」
「ううん、全然気にしてない。そんなことより、早く食べよう」
「いや、私は急ぐ必要はないんだけど――ま、いいか」

 わたしは大急ぎで、平間さんはのんびりと、食事の続きに取りかかった。
 二人がほぼ同時に食べ終わった時には、授業が始まるまで三分を切っていた。感想は次の機会に、と約束を交わし、わたしは走って屋上をあとにした。ドアを閉める寸前に振り向くと、午睡をするつもりなのだろう、平間さんはその場に仰向けに寝そべったところだった。
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