5 / 19
雨の帰り道①
しおりを挟む梅雨入り後数日は決まって晴天の日が続く傾向がある。今年もその御多分に洩れず、雨が降ったのは四日後のことだった。
その日の福永さんたちは普段にも増して陰湿だった。暗鬱な気候も一因かもしれないが、それはあくまで副因に過ぎない。
「増田さん、小説を書くのはもうやめちゃったの? 私たちがちょっと騒いだだけで?」
彼女たちはどうやら、小説を書かなくなった事実を指摘すれば、わたしに最も精神的なダメージを与えられると悟ったらしかった。
「増田さん、小説が好きなんじゃないの? 小説家を志しているんじゃなくて、満たされない欲求を満たすために書いていただけだから、無理に書かなくても平気ってこと? そういうのって、なんかダサくない?」
福永さんは、どんな言葉を選べばわたしの心に深く突き刺さるのかを完全に把握していた。
「あれ、目、潤んでない? 泣いてるの?」
「泣かすのはまずいって。担任に怒られちゃう」
目頭に滲んだものを目敏く認めて、福永さんのグループの女子たちははしゃいだような声を上げた。それから三十秒後に休み時間終了を告げるチャイムが鳴っていなければ、潤いは雫と化し、頬を滑り落ちていたに違いない。
唯一の楽しみと言っても過言ではない小説が書けなくなり、からかいはエスカレートする一方。このままでは、大げさではなく、わたしは壊れてしまうかもしれない。
わたしが縋りつくべき相手は、平間さんしかいない。
しかし、行動を起こすのには躊躇いがあった。昨日の昼休み、平間さんはわたしを鬱陶しがる素振りを見せることこそなかったが、わたしと過ごす時間を心から楽しんでいる様子ではなかった。そこが引っかかった。
わたしと付き合いたくないならば、もっともらしい言い訳を用意して、あるいはストレートに、「昼食を一緒に食べないか」という誘いを断ったに違いない。そもそも、泣いているわたしに声をかけたり、メールアドレスを教えたりしなかっただろう。感情を積極的に表に出そうとしない人だが、これまでの言動を見れば、わたしに一定以上の好意を抱いてくれているのは間違いない。相談に乗ってほしい旨をメールで伝えても、素っ気ない対応をされることはないはずだ。
そう自らに言い聞かせたものの、一抹の懸念は消えない。懸念を消せない以上、臆病者のわたしは動き出せない。
やがて放課後を迎えた。
福永さんたちに負わされた一日分の精神的なダメージと、小さな一歩ですら踏み出せない自己嫌悪、そして雨模様の憂鬱さとの三重苦で、気分は最悪だった。
この調子だと、もしかしたら、明日学校を休んでしまうかもしれない。それがきっかけで不登校に陥りでもしたら、二度と平間さんに会えなくなる。でも、学校へ行かなくなれば、福永さんたちからからかわれることはなくなるのだから、平間さんに縋る必要もなくなる。だからといって、平間さんに会えなくなるのは……。
昇降口の前まで来て、思わず足が止まった。思いがけない人の姿を認めたからだ。下駄箱の側面に背中を預け、腕を組んでいる。表情のない、それでいてどこか物憂げな顔で、雨が降りしきる模様を眺めている。
「平間さん」
声に反応し、彼女は体ごと振り向いた。わたしを認めても表情一つ変えない。こちらから距離を縮める。
「平間さんとこんなところで会うなんて。びっくりした」
「増田は今から帰りなの? 平間さんは?」
「雨宿り中。雨が強かったから、弱くなるまで待とうと思っていたら、逆にますます強くなって、判断ミスを悔やんでいたところ」
「……だったら」
手にしていた水色の傘を顔の高さに掲げる。
「よかったら、入っていく? 平間さんが嫌じゃないなら、是非」
「嫌どころか、ありがたい。でも、家の方向が……」
教え合った結果、同じ方角に自宅があることが分かった。
「だったら、入れてもらおうかな」
正反対の方向だったとしても、わたしは全然構わないよ。心の中で呟き、水色の花を咲かせる。平間さんは私よりもずっと背が高いので、そのことに注意しながら頭上にかざす。彼女はその下に入ると、わたしの右手ごと柄を掴んだ。ひゃあ、という声を思わず発してしまう。
「ごめん、傘を持とうと思って。入れてもらったんだから、それくらいのことはやらないと」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
頷き合い、歩き出す。外に一歩出た途端、無数の雨粒が一斉に襲いかかってきた。平間さんの手が触れた部分が温かく、鼓動が少し速い。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる