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無茶なお願いをされた

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「ニシハラさん」

 主菜のチーズ・イン・ハンバーグを半分ほど食べ、副菜のグリーンサラダにフォークを伸ばそうとした矢先、コセキさんがおもむろに切り出した。

「今日こうして一緒に食事をする機会を設けたのは、あなたに協力してもらいたいことがあるからなの」

 フォークでパスタを弄びながらの発言だった。声は平板で、こちらに向けられた顔には、優しげだがどこか意味深な微笑みが湛えられている。ミサキちゃんは口元をホワイトソースで汚しながらグラタンを食べている。

「私はね、コセキ家の人間に流れるきちがいの血を、なるべく零に近づけたいと考えているの」

 フォークは動き続けている。どう返事をしていいか分からない。ミサキちゃんはスプーンをグラタン皿に置き、水が入ったグラスを手にした。ミサキちゃんのではなくお母さんのグラスだったが、今はそれを指摘している場合ではない。

「安心して。零に近づけると言っても、コセキ家の人間を皆殺しにするとか、そういう過激な手段に訴えるつもりはないから」

 僕はフォークを持つ手を下ろした。ミサキちゃんは水を一口飲んでグラスをテーブルに置くと、グラタンの続きではなく、新たに若鶏の唐揚げを食べ始めた。レモンはかけない派のようだ。

「では、どんなやり方できちがいの血を零に近づけるつもりでいるのか、ニシハラさんに分かるかしら?」
「見当もつかないです。ていうか、きちがいの血って……」

 並んで座った母子の顔を交互に見比べた直後、物凄く失礼な真似をしてしまったことに気がつき、硬直してしまう。

「きちがいの血は、きちがいの血よ」

 しかしコセキさんの微笑みは一瞬たりとも、一ミリたりとも崩れない。

「そのやり方というのは、コセキ家の人間を健常者と結婚させるというものよ。そうすれば、生まれてくる子供のきちがいの血は半分になる。この理屈、分かるわよね?」
「分かりますけど……。協力って、具体的にどんな?」
「どんなって、話を聞いていなかったの? 結婚よ。あなたに結婚相手になってもらうの」
「えっ? まさか……」

 絶句してコセキさんの顔を見返したが、彼女はミサキちゃんの新しいパパに僕を選ぶことを明確に否定していた。では、誰と?
 コセキさんは悠然たる所作でフォークをテーブルに置くと、その手を隣へと伸ばし、唐揚げを頬張っているミサキちゃんの頭をぽんぽんと叩いた。

「将来的に、この子と」



 水曜日の午後二時、心療内科へ行ったがコセキさんとは顔を合わせなかった。予約の時間が今週だけ違っていた可能性もあるが、もしかすると、心の病の治療を行う必要がなくなったのかもしれない。

「精神状態にお変わりはないですか。では、不安が和らぐお薬、また一週間分出しておきますね。お大事に」

 ミヤグニ医師はそう僕に言った。
 ありがとうございます、と言って僕は診察室を出た。
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