さようなら、空色。

阿波野治

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「今日も307番を聴いているんですね」
 声をかけられて振り向くと、遥が開いたドアからボックスの中を覗いていた。
 隙間から体を入れ、ドアを閉ざして大地との距離を詰めてくる。若干の決まり悪さを覚えながら、鉱石を元の場所に戻す。彼に向けられた柔和な表情は、さながら一人遊びをする我が子を見守る母親だ。

「好きなんですね、307の声が」
「そうですね。これまで聴いた中では、一番心地いいと感じる声ですね。他の鉱石も聴きたい気持ちはあるんですけど、まずはこの声が聴きたくて」
 そう答えたあとで、遥が物言いたげな目つきをしていることに気がつく。彼女が抱いている感情の対象がなんなのか、咄嗟には掴めなかったが、会話を中途半端なところで途切れさせたくない。

「僕は語彙が貧困だし、説明するのが下手くそだから、想いが充分に伝わっていないかもしれませんね。この前、307に寄付をした理由について説明したときも……」
「ううん、とても的確に言い表していたと思いますよ。好きという想いを表現するために必要なものは、知識でも技術でもないですから。私は307の作品内容を知っているから、発言が的外れかどうかくらいは分かります」
「307の声、時田さんは聴いたことがあるんですか?」
「もちろん。307は、ローティーンの女の子を演じた短いセリフがいくつか、でしたよね。あとは男性的っていうか、男勝りなキャラも演じていたかな。さすがにセリフを一言一句正確には記憶していないけど、透明感のある女性の声だということは覚えていますよ。かわいいというよりも美しい声の持ち主だと」
「ちゃんと覚えているんですね。こんなにたくさんの鉱石があるのに」
「このエリアに展示されている鉱石は全て、一度は必ず聴いています。入館料を払ったお客さまに聴いていただく展示物ですからね。職員の耳を通すのは当たり前じゃないかな」

 もっともな正論に大地は頷く。遥の発言は続く。

「くり返しになりますが、よく聴いてらっしゃるなって思いますね。ある程度の愛がないと、昨日みたいに詳細には語れないんじゃないかな。説明が下手だと謙遜されていましたが、307を愛していることがしっかりと伝わりましたよ。ひしひしと伝わってきました」

 大地の頬は微熱を帯びる。
「好き」ではなく、「愛している」。意味は同じなのに、表現が変わっただけで、どうしてこうも胸を乱されるのだろう?

「307があなたの言葉を聞いたとしたら、きっと喜ぶと思います。私はこんな声をしている人間だから、凄く羨ましい」

 その一言が引き金となって、大地は昨日の出来事を思い出した。食事を終え、七海と二人で帰宅している道中、遥の声が話題に上ったことを。
 悪声のコンプレックスを克服していなければ、美声が集まる場所で仕事なんてできるわけがない。
 七海はそんな趣旨の発言をしていたが、実際はどうなのだろう?
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