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三日目 その20
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「姫!」
手を離し、素早くバスタブから出る。しゃがんで顔を覗きこむと、顔を背けて立ち上がろうとする。
「姫、落ち着いて」
両腕を腰に回して抱き留める。姫の肉体は、大人とは比べものにならないくらいに柔らかい。強い力を加えると粉々に砕けてしまいそうな脆さも感じる。
姫は弱い力で抵抗するだけで、強引に振りほどこうとはしない。むっとした顔がこちらを向いた。わたしは穏やかな表情でそれを受け止め、
「どうしたの? 大鳥が怖いの?」
「ちがうよ。はんたい。ぼく、おおとりを見てみたい」
「入浴中なのに、出て行っちゃだめだよ。裸で外に飛び出すつもりだったでしょ」
「ちがうもん。ちゃんと服着るもん」
「着るとしても、駄目」
「なんで? おおとりって、人間は食べないんでしょ」
「そうだよ。でも、駄目。どうしてかって言うと、姫にもしものことがあるといけないから」
「もしものこと?」
「そう。急な出来事に急な対応をとったら、予期せぬ事態が起きるかもしれないでしょ。大鳥は姫には危害を加えないだろうけど、慌てたせいで、姫は転んで怪我をするかもしれない。だから、入浴を打ち切ってまで大鳥を見に行くのはやめよう。ゆっくりお湯に浸かって、きれいに体を洗って、ちゃんと体を拭いてきちんとパジャマを着て、それでも大鳥が鳴いているようだったら外へ行ってみる。そうしない?」
十秒を超える長いインターバルを挟んで、小さいがはっきりとした声で「わかった」と答えた。どことなく不服そうだが、心の底では諦めてもいるような、複雑な表情を見せている。言い分に納得したわけではないが、意地悪をする目的で引き留めたわけではないと理解してくれたらしい。
「体を洗ってあげるから、機嫌を直して。お風呂に浸かっているときと同じくらい気持ちいいよ」
風呂椅子に座らせ、石鹸でタオルを泡立て、体を洗いはじめる。姫はどうやら、くすぐったがりの気があるらしい。大げさに身をよじらせる姿に、わたしはついつい笑みをこぼしてしまう。気を悪くするかもしれないと懸念しながらも、かすかな笑い声が断続的に漏れるのを抑えこめない。
一方で、上機嫌の原因を冷静に理解してもいる。
無意識に姫のことを考えた行動をとったからだ。換言するならば、母親らしい行動を。
無意識に。
それはすなわち、母親としての資質が備わっているということだ。「自分は姫の母親だ」という意識が体に染みついているということだ。母親として合格点に達しているということだ。
姫の体の石鹸をシャワーで洗い流しながら、顔がにやけるのを自制できない。
わたしならやっていける。
姫と二人で、ずっと、ずっと。
手を離し、素早くバスタブから出る。しゃがんで顔を覗きこむと、顔を背けて立ち上がろうとする。
「姫、落ち着いて」
両腕を腰に回して抱き留める。姫の肉体は、大人とは比べものにならないくらいに柔らかい。強い力を加えると粉々に砕けてしまいそうな脆さも感じる。
姫は弱い力で抵抗するだけで、強引に振りほどこうとはしない。むっとした顔がこちらを向いた。わたしは穏やかな表情でそれを受け止め、
「どうしたの? 大鳥が怖いの?」
「ちがうよ。はんたい。ぼく、おおとりを見てみたい」
「入浴中なのに、出て行っちゃだめだよ。裸で外に飛び出すつもりだったでしょ」
「ちがうもん。ちゃんと服着るもん」
「着るとしても、駄目」
「なんで? おおとりって、人間は食べないんでしょ」
「そうだよ。でも、駄目。どうしてかって言うと、姫にもしものことがあるといけないから」
「もしものこと?」
「そう。急な出来事に急な対応をとったら、予期せぬ事態が起きるかもしれないでしょ。大鳥は姫には危害を加えないだろうけど、慌てたせいで、姫は転んで怪我をするかもしれない。だから、入浴を打ち切ってまで大鳥を見に行くのはやめよう。ゆっくりお湯に浸かって、きれいに体を洗って、ちゃんと体を拭いてきちんとパジャマを着て、それでも大鳥が鳴いているようだったら外へ行ってみる。そうしない?」
十秒を超える長いインターバルを挟んで、小さいがはっきりとした声で「わかった」と答えた。どことなく不服そうだが、心の底では諦めてもいるような、複雑な表情を見せている。言い分に納得したわけではないが、意地悪をする目的で引き留めたわけではないと理解してくれたらしい。
「体を洗ってあげるから、機嫌を直して。お風呂に浸かっているときと同じくらい気持ちいいよ」
風呂椅子に座らせ、石鹸でタオルを泡立て、体を洗いはじめる。姫はどうやら、くすぐったがりの気があるらしい。大げさに身をよじらせる姿に、わたしはついつい笑みをこぼしてしまう。気を悪くするかもしれないと懸念しながらも、かすかな笑い声が断続的に漏れるのを抑えこめない。
一方で、上機嫌の原因を冷静に理解してもいる。
無意識に姫のことを考えた行動をとったからだ。換言するならば、母親らしい行動を。
無意識に。
それはすなわち、母親としての資質が備わっているということだ。「自分は姫の母親だ」という意識が体に染みついているということだ。母親として合格点に達しているということだ。
姫の体の石鹸をシャワーで洗い流しながら、顔がにやけるのを自制できない。
わたしならやっていける。
姫と二人で、ずっと、ずっと。
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