わたしと姫人形

阿波野治

文字の大きさ
55 / 91

四日目 その11

しおりを挟む
「ケーキ、ありがとう。ごめんね、わざわざ姫のために」
「ううん、いいの。私も食べたかったから 背伸びをし、わたしの肩越しに廊下の奥を見やる。
「姫ちゃんは? お昼寝タイムですか?」
「んー、まあ、似たようなものかな。でも、今は起きているから。散らかっているけど、どうぞ上がって」
「おじゃましまーす」

 リビングのドアを開けると、姫はソファに座っていた。テーブルの上の空き缶とノートとペンは、わたしとマツバさんが玄関で話をしているあいだに片づけたらしく、消えていた。

「姫ちゃん、こんにちは! 昨日も会ったけど、久しぶり! 元気だった?」
「マツバ、こんにちは」
「え……!」
 マツバさんは双眸を丸くした。半開きになった口を両手で覆い隠し、わたしと姫を素早く交互に見る。
「猿焼きのときは全然しゃべってくれなかった姫ちゃんが、ちゃんと私にあいさつを……!」

 大げさなリアクションに、わたしは苦笑を漏らしてしまう。三人で猿焼きの会場を回ったとき、姫はたしかに口数はそう多くはなかったが、マツバさんの問いかけにはきちんと答えていたし、自分から質問をしてもいたのに。

「いい! 年下の子に呼び捨てされるの、凄くいい! ああっ、いとしさを抑えられない……!」
 ケーキの袋をダイニングテーブルに静かに置き、一転、素早くソファへと移動する。姫の隣に座ったかと思うと、いきなり抱きしめた。さらには、幼子が母親に甘えるように頬擦りをする。姫のピンク色の髪の毛、マツバさんの栗色の髪の毛、両方が柔らかく揺れる。
「姫ちゃんのほっぺた、柔らかいね。うん、人間の柔らかさ。姫人形だけど人間だね、姫ちゃんは」 

 頬を擦りつけるのはやめても、巻きつけた両腕は離さない。華奢な体を拘束する二本の腕は、強くも優しい。輪郭線が少し歪む程度に頬を頬に密着させ、まぶたを閉じている。『幸福』というお題に顔真似で答えてみせたような、そんな表情だ。
 姫は呆然と抱きしめられるままになっていたが、やがて自らの膝の上に置いていた両手を、遠慮がちながらもマツバさんの腰に添えた。
 同じような行為であれば、さっきわたしもした。ただ、マツバさんはわたしよりもうんと積極的で、ためらいというものがまったくなくて。換言すれば強引、相手の意思を無視しているということなのだが、姫はまったく嫌がっていなくて。

「――紅茶、淹れるね」
 込み上げてくる感情に蓋をして、わたしは準備に取りかかる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...