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四日目 その11
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「ケーキ、ありがとう。ごめんね、わざわざ姫のために」
「ううん、いいの。私も食べたかったから 背伸びをし、わたしの肩越しに廊下の奥を見やる。
「姫ちゃんは? お昼寝タイムですか?」
「んー、まあ、似たようなものかな。でも、今は起きているから。散らかっているけど、どうぞ上がって」
「おじゃましまーす」
リビングのドアを開けると、姫はソファに座っていた。テーブルの上の空き缶とノートとペンは、わたしとマツバさんが玄関で話をしているあいだに片づけたらしく、消えていた。
「姫ちゃん、こんにちは! 昨日も会ったけど、久しぶり! 元気だった?」
「マツバ、こんにちは」
「え……!」
マツバさんは双眸を丸くした。半開きになった口を両手で覆い隠し、わたしと姫を素早く交互に見る。
「猿焼きのときは全然しゃべってくれなかった姫ちゃんが、ちゃんと私にあいさつを……!」
大げさなリアクションに、わたしは苦笑を漏らしてしまう。三人で猿焼きの会場を回ったとき、姫はたしかに口数はそう多くはなかったが、マツバさんの問いかけにはきちんと答えていたし、自分から質問をしてもいたのに。
「いい! 年下の子に呼び捨てされるの、凄くいい! ああっ、いとしさを抑えられない……!」
ケーキの袋をダイニングテーブルに静かに置き、一転、素早くソファへと移動する。姫の隣に座ったかと思うと、いきなり抱きしめた。さらには、幼子が母親に甘えるように頬擦りをする。姫のピンク色の髪の毛、マツバさんの栗色の髪の毛、両方が柔らかく揺れる。
「姫ちゃんのほっぺた、柔らかいね。うん、人間の柔らかさ。姫人形だけど人間だね、姫ちゃんは」
頬を擦りつけるのはやめても、巻きつけた両腕は離さない。華奢な体を拘束する二本の腕は、強くも優しい。輪郭線が少し歪む程度に頬を頬に密着させ、まぶたを閉じている。『幸福』というお題に顔真似で答えてみせたような、そんな表情だ。
姫は呆然と抱きしめられるままになっていたが、やがて自らの膝の上に置いていた両手を、遠慮がちながらもマツバさんの腰に添えた。
同じような行為であれば、さっきわたしもした。ただ、マツバさんはわたしよりもうんと積極的で、ためらいというものがまったくなくて。換言すれば強引、相手の意思を無視しているということなのだが、姫はまったく嫌がっていなくて。
「――紅茶、淹れるね」
込み上げてくる感情に蓋をして、わたしは準備に取りかかる。
「ううん、いいの。私も食べたかったから 背伸びをし、わたしの肩越しに廊下の奥を見やる。
「姫ちゃんは? お昼寝タイムですか?」
「んー、まあ、似たようなものかな。でも、今は起きているから。散らかっているけど、どうぞ上がって」
「おじゃましまーす」
リビングのドアを開けると、姫はソファに座っていた。テーブルの上の空き缶とノートとペンは、わたしとマツバさんが玄関で話をしているあいだに片づけたらしく、消えていた。
「姫ちゃん、こんにちは! 昨日も会ったけど、久しぶり! 元気だった?」
「マツバ、こんにちは」
「え……!」
マツバさんは双眸を丸くした。半開きになった口を両手で覆い隠し、わたしと姫を素早く交互に見る。
「猿焼きのときは全然しゃべってくれなかった姫ちゃんが、ちゃんと私にあいさつを……!」
大げさなリアクションに、わたしは苦笑を漏らしてしまう。三人で猿焼きの会場を回ったとき、姫はたしかに口数はそう多くはなかったが、マツバさんの問いかけにはきちんと答えていたし、自分から質問をしてもいたのに。
「いい! 年下の子に呼び捨てされるの、凄くいい! ああっ、いとしさを抑えられない……!」
ケーキの袋をダイニングテーブルに静かに置き、一転、素早くソファへと移動する。姫の隣に座ったかと思うと、いきなり抱きしめた。さらには、幼子が母親に甘えるように頬擦りをする。姫のピンク色の髪の毛、マツバさんの栗色の髪の毛、両方が柔らかく揺れる。
「姫ちゃんのほっぺた、柔らかいね。うん、人間の柔らかさ。姫人形だけど人間だね、姫ちゃんは」
頬を擦りつけるのはやめても、巻きつけた両腕は離さない。華奢な体を拘束する二本の腕は、強くも優しい。輪郭線が少し歪む程度に頬を頬に密着させ、まぶたを閉じている。『幸福』というお題に顔真似で答えてみせたような、そんな表情だ。
姫は呆然と抱きしめられるままになっていたが、やがて自らの膝の上に置いていた両手を、遠慮がちながらもマツバさんの腰に添えた。
同じような行為であれば、さっきわたしもした。ただ、マツバさんはわたしよりもうんと積極的で、ためらいというものがまったくなくて。換言すれば強引、相手の意思を無視しているということなのだが、姫はまったく嫌がっていなくて。
「――紅茶、淹れるね」
込み上げてくる感情に蓋をして、わたしは準備に取りかかる。
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