ここはラガヌム星

阿波野治

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 姉の部屋にときどき忍び込んでいた。
 彼女には学校がある。両親には仕事がある。拓真は不登校。部屋のドアは内側から鍵をかけられない仕様になっている。

 最初は箪笥を漁っていた。ブラジャー、ショーツ。それらを手にとり、匂いを嗅ぎ、物理的に広げてみせ、想像の翼も広げた。生来の臆病さが待ったをかけたが、勃起した性器をこすりつけたい、乳首や割れ目が接する箇所に舌を這わせたい、着てみたい――そんな劣情に脳内は埋め尽くされていた。
 何度目かの侵入のさい、ショーツの畳み方が分からなくなり、何分も汗だくで格闘するという事件があり、それを機に眺めるだけにしていた。取り返しがつかない過ちを未然に防ぐために犯行から足を洗う、ではなくて。
 性欲処理用の映像であれば、インターネットの大海へと漕ぎ出せば、下着よりもはるかに刺激的なものが容易に手に入る。丸顔で目が細くお世辞にも美人とはいえない、官能的な肉体の持ち主でもない姉の下着になぜこうも欲情するのか、彼は我ながら不可解だった。

 犯行がすっかり板についた初夏の午前十時過ぎ、拓真は姉の自室にn回目の侵入を果たした。姉は学校、両親は仕事で、現在野中家で呼吸する人間は彼一人。
 姉の体臭が基調となった匂いが侵入者を歓待した。窓のカーテンは閉ざされ、部屋は薄暗い。壁に手を這わせて照明を灯す。
 床には書籍やファイルなどが大量に散らばっている。姉は部屋の片づけは定期的に行うが、実施の頻度は低い。踏みつけないように注意しながら奥へ進む。

 箪笥に辿り着く数歩前、拓真は見覚えのあるものを見つけた。ガラス製のローテーブルの足元の床、無数に散らばるペン類になかば埋もれて、それはあった。
 モスグリーンの表紙のスケッチブックだ。
 姉は小学生のころから絵を描くのが趣味で、中学校からは美術部に所属した。おととしの五月ごろに「デッサンばかりさせられて、つまらない」と夕食の席で愚痴っていたのが、彼女が美術部について話すのを聞いた初めての機会だった。姉は飽きっぽい性格だし、協調性に欠けるから集団行動が苦手だ。すぐに辞めるだろうと弟は決めつけたが、意外にも真面目に参加しているようで、三年生になった今でもたまに部活動について話すことがある。

 趣味嗜好を同じくする同級生たちに囲まれながら、生真面目に活動に取り組む姉の姿を想像するのは難しい。「姉」と「絵」、二つのキーワードを同時に意識したときに拓真の脳裏に浮かぶのは、モスグリーンのスケッチブックを広げて気ままに落書きを描く姿。今にも鼻歌を歌い出しそうな横顔が印象的で魅力的だった。描くのに用いるのはもっぱら鉛筆。筆さばきは軽快で、それ以上にていねいに描いていた印象が強い。
 描いているものを見せてくれること見せてくれないこと、両方ある。堂々と盗み見が許される雰囲気ではなかったが、イラストが描かれたページが開かれたまま人目につく場所に放置されていることはよくあった。見せてくれなかった絵を後日あっさり見せてくれることもあり、見せるか否かの基準は気まぐれだとしか思えない。
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