ここはラガヌム星

阿波野治

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 さらには、弟ほど深刻ではないが、姉も同種の問題を抱えているという認識らしい。
 姉は自分が興味を持てないものには徹底的に無関心なだけだ。興味を持ったものに関連があるなら、赤の他人だろうが年齢差が親子ほどだろうが平気で話しかけ、逆に保護者である母をはらはらさせるなど、特定の条件下ではむしろ人並み以上に積極的に振る舞う。
 ただ、父は心の病に対する理解が不充分だ。過去に「あがり症は気持ちの問題だ」と断言し、息子を絶望の淵に突き落とした前科もある。

 二人の我が子が抱えている課題を克服するために、年齢が近い者たちと二泊三日の集団生活をさせることを父は思いついた。
 頑固な父の決定に逆らえば面倒なことになる。多少気乗りがしない程度なら、言いつけに従った方がいい。キャンプに関して、拓真はそのセオリーに逆らわなかった。
 姉は拓真や母とは違い、父相手にも徹底抗戦する人だが、キャンプのどこにどう惹かれたのか、あっさりと参加の意思を表明した。弟はその決定を歓迎した。
 しかし、初日の夜を迎えた今、彼は己の判断を死ぬほど悔やんでいる。

 食事も入浴も済んだ。運営の少女は去り、部屋は消灯される。ずっと騒がしかった少年たちは、闇の到来とともに大人しくなった。それでもしばらくは、咳払いの声、寝返りを打つ音、秘密裏に隣の者とささやきを交わす者が思わずこぼした笑声、などが断続的に聞こえていたが、やがてそれもやむ。以後はただ夏の虫の鳴き声が聞こえるばかりとなった。
 拓真は速やかに眠りに落ちたが、尿意を覚えて目を覚ました。枕元のスマホを見ると、午前三時。
 起床時間まで尿意を我慢するのは、どうやら難しそうだ。宿泊施設は大型の小屋のようなもので、トイレは少し離れた場所に独立して建っている。暗いし、怖いが、覚悟を決めるしかない。

 屋外は暑くも涼しくもなかった。この時期だと夜間でも蒸し暑いはずだが、山の中は例外が適用されるらしい。未舗装の路面をスニーカーの靴底が踏んでは離れることがくり返される。夜の早い時間帯はあんなにも虫がやかましかったのに、今は一匹も鳴いていない。
 たまらなく怖かった。臆病な拓真が夜を、闇を、無人を、怖がらないはずがない。尿意さえなければ今すぐにでも帰りたいくらいだ。

 不意に、姉のことが頭を過ぎった。
 姉さんは上手くやれているだろうか。ただでさえ人付き合いが苦手なのに。僕と違ってただ孤独なだけじゃなくて、他人に疎ましがられるようなことを言ったりしたりしてしまう人なのに。
 トイレに寄ったあとで、姉さんに会いに行ってみようか? 浮かんだ考えは、靴底が大地を踏みしめるたびに少しずつ膨らんでいく。

 入口から見たトイレの中は真っ暗だ。星明りが届いていない分、外よりも暗い。
 拓真は女子たちが泊っている建物の方を向いた。
 そして目撃した。
 建物の正面玄関の背にして、異形の怪物が佇んでいる。フォルムは人型で、背丈はおよそ三メートル。小さな角が額から飛び出していて、手は触手の束になっていて、足は立方体。小さな黒目が見つめているのは、拓真。

 ごとり、と音が立った。異形が彼に向かって一歩足を踏み出したのだ。ごとり、ごとり、ごとり――近づいてくる。
「拓真っ!?」
 異形の背後でドアが開く音がした。
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