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十
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「お待たせしました」
現れたのは、黒々とした口ひげをふんだんにたくわえた男。老成した二十代にも、若作りをした五十代にも見える。口ひげの偉人は多数いる中で、拓真はなぜかスターリンを連想した。
「移動しようか。開放的で話しやすい場所があるから」
スターリンはいくつものテーブルセットが置かれた部屋へと拓真を導いた。パーティションの類は設置されておらず、他のテーブルに人の姿はない。プレッシャーがかかる二人きりという状況に、拓真の肌から冷や汗が噴出した。
山奥の全寮制の高校に続いて、父がすすめてきた学校だった。不登校の息子を厄介払いしようとしているのではないか、という疑惑から、父に対する不信感はかつてないほど高まっていた。反抗の意思を示すために、渡されたパンフレットはろくに目を通さずに捨てた。だからこの学校のことは、校名が「〇〇学園」ということしか把握していない。
進学先に選びたくないという意思表示はちゃんとしたのだが、学園について知悉していないのが仇となり、「具体的にどこが気に入らないんだ」という詰問に返答できなかった。結果、親に学園まで連れてこられた。
入園のための最後の関門は入園試験だが、最初の関門として、入園希望者とその保護者に面談が行われる。学園側は学生のやる気を重視している、と父は説明していた。
じゃあ僕は不合格だな、と拓真は思う。
どんな学校なのかは知らないけど、父さんが選んだのだから、前の全寮制みたいに特殊なところなんだろう。うんざりなんだよ。まだ二回目だけど、もううんざりだ。僕はそういう特殊な学校に押しつけないと手に負えない人間なのかよ。一回不登校になっただけで「普通」失格って、そんなのおかしいだろ。
親と子の面談が別々に行われることを、拓真は職員室の出入口の椅子に腰かけて待っているさいに初めて知った。両親が先に呼ばれ、彼はなおも長々と待たされ、痺れを切らし始めたころにスターリンが現れた、という経緯だった。
「野中くんは社会科が得意なんだね。だったら三国志には興味ある? ゲームとか漫画とか、三国志を題材にしたものはたくさんあるけど」
今日の昼食や出身地など、いくつかの当たり障りのない質問をジャブのように投げかけたあと、ソ連の独裁者似の男はそう問うてきた。唐突に感じられて拓真は狼狽し、直後に別の意味から狼狽した。
拓真は面談の開始を待っているあいだ、職員から問診票を渡された。暇つぶしにちょうどいいと、生真面目にすべての空欄を埋めたが、その中に「あなたの得意教科はなんですか?」という設問があった。彼は文系だったので、深くは考えずに「社会」と記入していたのだ。
何十分かぶりに冷や汗が拓真の肌を伝う。問診票の結果が面談で取り上げられる可能性があるのは、考えてみれば当たり前なのに、不用意に回答してしまった。結果、返答に窮してしまって、気まずくなって――最悪だ。
「水滸伝はどう? それとも日本史の方が詳しい? 日本の戦国時代はよくソーシャルゲームの題材になっているよね。俺はゲームはやらないけど、本当に戦国ものは多いよ。食傷気味っていうか。武将の女性化とか、うわっと思うようなものもあって――」
三国志にも水滸伝にも日本の戦国時代にも、拓真は詳しくない。言及される言葉の意味すら掴めずに、彼は完全に押し黙ってしまう。
やがてスターリンも口を閉ざす。明らかに、拓真の社会科に関する知識と情熱の乏しさに気がついたことによる沈黙だ。気まずい時間がまだまだ続いていくのかと思うと、拓真は叫びたい気持ちになる。
しかし、スターリンは拓真が考えていた以上に素早く、なおかつ思いがけない次なる一手を打った。
現れたのは、黒々とした口ひげをふんだんにたくわえた男。老成した二十代にも、若作りをした五十代にも見える。口ひげの偉人は多数いる中で、拓真はなぜかスターリンを連想した。
「移動しようか。開放的で話しやすい場所があるから」
スターリンはいくつものテーブルセットが置かれた部屋へと拓真を導いた。パーティションの類は設置されておらず、他のテーブルに人の姿はない。プレッシャーがかかる二人きりという状況に、拓真の肌から冷や汗が噴出した。
山奥の全寮制の高校に続いて、父がすすめてきた学校だった。不登校の息子を厄介払いしようとしているのではないか、という疑惑から、父に対する不信感はかつてないほど高まっていた。反抗の意思を示すために、渡されたパンフレットはろくに目を通さずに捨てた。だからこの学校のことは、校名が「〇〇学園」ということしか把握していない。
進学先に選びたくないという意思表示はちゃんとしたのだが、学園について知悉していないのが仇となり、「具体的にどこが気に入らないんだ」という詰問に返答できなかった。結果、親に学園まで連れてこられた。
入園のための最後の関門は入園試験だが、最初の関門として、入園希望者とその保護者に面談が行われる。学園側は学生のやる気を重視している、と父は説明していた。
じゃあ僕は不合格だな、と拓真は思う。
どんな学校なのかは知らないけど、父さんが選んだのだから、前の全寮制みたいに特殊なところなんだろう。うんざりなんだよ。まだ二回目だけど、もううんざりだ。僕はそういう特殊な学校に押しつけないと手に負えない人間なのかよ。一回不登校になっただけで「普通」失格って、そんなのおかしいだろ。
親と子の面談が別々に行われることを、拓真は職員室の出入口の椅子に腰かけて待っているさいに初めて知った。両親が先に呼ばれ、彼はなおも長々と待たされ、痺れを切らし始めたころにスターリンが現れた、という経緯だった。
「野中くんは社会科が得意なんだね。だったら三国志には興味ある? ゲームとか漫画とか、三国志を題材にしたものはたくさんあるけど」
今日の昼食や出身地など、いくつかの当たり障りのない質問をジャブのように投げかけたあと、ソ連の独裁者似の男はそう問うてきた。唐突に感じられて拓真は狼狽し、直後に別の意味から狼狽した。
拓真は面談の開始を待っているあいだ、職員から問診票を渡された。暇つぶしにちょうどいいと、生真面目にすべての空欄を埋めたが、その中に「あなたの得意教科はなんですか?」という設問があった。彼は文系だったので、深くは考えずに「社会」と記入していたのだ。
何十分かぶりに冷や汗が拓真の肌を伝う。問診票の結果が面談で取り上げられる可能性があるのは、考えてみれば当たり前なのに、不用意に回答してしまった。結果、返答に窮してしまって、気まずくなって――最悪だ。
「水滸伝はどう? それとも日本史の方が詳しい? 日本の戦国時代はよくソーシャルゲームの題材になっているよね。俺はゲームはやらないけど、本当に戦国ものは多いよ。食傷気味っていうか。武将の女性化とか、うわっと思うようなものもあって――」
三国志にも水滸伝にも日本の戦国時代にも、拓真は詳しくない。言及される言葉の意味すら掴めずに、彼は完全に押し黙ってしまう。
やがてスターリンも口を閉ざす。明らかに、拓真の社会科に関する知識と情熱の乏しさに気がついたことによる沈黙だ。気まずい時間がまだまだ続いていくのかと思うと、拓真は叫びたい気持ちになる。
しかし、スターリンは拓真が考えていた以上に素早く、なおかつ思いがけない次なる一手を打った。
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