ここはラガヌム星

阿波野治

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十二

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 小学三年生の秋の午後、姉の部屋に足を運んだ拓真は、椅子に座って携帯ゲーム機で遊ぶ姉の背後にぴたりと寄り添った。
 言葉を交わすのが目的ではない。会話はむしろ必要最小限に留めて、姉がプレイするゲームを見物する。彼女は一学年上のため貰う小遣いの額が多く、きょうだい共通で愛好しているゲームのシリーズの最新作を、弟に先んじて購入していた。
 姉は「気になるなら見てもいいよ」などと、弟を思いやる言葉を自分からかける人ではない。希望したのは拓真からで、姉は渋々とった様子ながらも許可した。

 見学を始めた当初は、ゲームの世界観を小学三年生相応の純真さでただ楽しんだ。熱がひと段落したころに、彼は不意に、無防備な姉の背後に立つという現状を客観視した。それを機に、彼女へと意識が吸い寄せられた。産毛が生えた白いうなじ。シャンプーの残り香が混じった唯一無二の髪の毛の匂い。画面をより深く見つめようと体勢を変えた拍子に体が触れ合ったさいの肌の感触。

 彼が同じゲームソフトを買うまでには大分間があいたが、姉がプレイするゲームを肩越しに見学したのは、その日の一度きりだった。拓真が姉に近づきたさを感じたからでもあるが、姉が思春期に入り、弟とは距離を置くようになったのが大きかった。

 彼女はゲームで遊ばなくなった代わりに、絵を描くようになった。
 最初はチラシの裏だった。リビングの炬燵の上に置いてあった、紙の端に慎ましやかに描かれた端正なクラゲのイラストを見て、キッチンで調理をしている母に「これ、誰が描いたの?」と拓真は問うた。学年までは覚えていないがまだ小学生のころのことで、

『お姉ちゃん、最近チラシの裏とかにちょこちょこ描いているみたいよ。なかなか巧いよね、そのクラゲ』
 というのが母の返答だった。

 姉はやがて家族の前でスケッチブックを広げるようになった。紙面を見つめる顔つき、ペンを動かす手、どちらもお遊びとは思えない真剣さだ。そこはかとなく接近を拒む雰囲気を漂わせていたが、話しかけても姉は怒らない、むしろ彼女もそれを望んでいるのが伝わってくることもしばしばあった。

 その場合、拓真はためらいなく姉に近づいた。「なにを描いているの?」と無邪気に尋ねることもあれば、無言で肩越しに覗き込むこともあった。どちらを選ぶのかは、姉の機嫌、自分自身の気持ち、周囲の状況などを考慮して総合的に判断した。不定期なのは残念だが、それでも交流を持てると分かったのは喜ばしい収穫だった。

 姉は描いたものを無言で見せるか、モチーフについて簡単に説明するだけ。拓真も深く追求はしない。浅く、短く、きょうだいの交流は幕を下ろすのを常にしていた。

 姉さんが絵を描くようになったきっかけって、なんなのだろう?
 いつからかそんな疑問が拓真の胸に芽生えていた。
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