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十三
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姉は普通ではない。異常なものを抱えている。その認識は、拓真の中でずっと昔からあった。
姉の異常性に関する最古の記憶は、冷蔵庫のドアに所狭しと貼りつけられたシールを伴っている。
喚く声が聞こえる。地獄の底から響いてくるかのような、甲高くおぞましい声。野中家の人間は「奥の部屋」と呼んでいる、拓真が幼稚園のころに亡くなった父方の祖母の自室だった一室からだ。
喉の渇きを癒そうと、キッチンに足を踏み入れようとしていた拓真は、心身ともに硬直した。祖母が断末魔の悲鳴を上げたのだと思った。彼女の死後からはすでに丸三年が経過している。そんなはずはないと頭では理解しているのに、全身が強張り、冷蔵庫に向けた顔を動かせない。
また声が聞こえた。今度は誰が叫んだのかが分かった。姉だ。
堰を切ったように複数の情報や記憶が拓真の脳に雪崩れ込んできた。一階に下りるまで彼は自室でゲームをしていたが、ドア越しに父が階段を下りる足音を聞いたこと。悲鳴になかばかき消されているが、父が姉に呼びかけている声が聴き取れること。人声以外にも、姉が立てているらしき床を踏み鳴らす音も。
普通や当たり前を美徳とする父と、風変わりな性格の姉は、たびたび衝突した。拓真が学校を休む日が目に見えて増えるまで、野中家における騒動の原因の大半は、父と娘の対立が占めるといっても過言ではなかった。
衝突はいつも、姉が当たり前のことを当たり前にこなせないことに対して、父が苦言を呈することから始まる。
父は神経質で完璧主義的なところがあり、注意される側からすれば煩わしく、不愉快に感じることが多い。とはいえ、謝罪し、改善を約束しさえすれば、比較的簡単に怒りは静まる。
臆病な拓真なら、平穏を取り戻すのを優先させただろう。しかし姉は頑として非を認めないし、正そうともしない。彼女は独特の正義感の持ち主で、絶対に己を曲げない。
頑固なのは父も同じだから、必然に諍いが勃発する。穏やかに反論を述べていればその事態は回避できたかもしれないが、姉はいつだって感情を爆発させる。この二人の組み合わせだと、ささいな過失を注意した・されただけで大騒動に発展する。
ただ、今回はあまりにも激しすぎる。姉が悪魔のような声を撒き散らしている。父も腹の底から発した声で言葉をぶつけているが、それすらも埋没するような大音声。
どう考えても、なにか決定的なことが起きたとしか思えない。
今すぐにでも脱兎のごとく部屋に飛び込んでいきたいのに、拓真は色褪せた水道修理業者のステッカーから目を離せずにいる。鼓動は激しく、全身は熱く、しかし動けない。
姉の異常性に関する最古の記憶は、冷蔵庫のドアに所狭しと貼りつけられたシールを伴っている。
喚く声が聞こえる。地獄の底から響いてくるかのような、甲高くおぞましい声。野中家の人間は「奥の部屋」と呼んでいる、拓真が幼稚園のころに亡くなった父方の祖母の自室だった一室からだ。
喉の渇きを癒そうと、キッチンに足を踏み入れようとしていた拓真は、心身ともに硬直した。祖母が断末魔の悲鳴を上げたのだと思った。彼女の死後からはすでに丸三年が経過している。そんなはずはないと頭では理解しているのに、全身が強張り、冷蔵庫に向けた顔を動かせない。
また声が聞こえた。今度は誰が叫んだのかが分かった。姉だ。
堰を切ったように複数の情報や記憶が拓真の脳に雪崩れ込んできた。一階に下りるまで彼は自室でゲームをしていたが、ドア越しに父が階段を下りる足音を聞いたこと。悲鳴になかばかき消されているが、父が姉に呼びかけている声が聴き取れること。人声以外にも、姉が立てているらしき床を踏み鳴らす音も。
普通や当たり前を美徳とする父と、風変わりな性格の姉は、たびたび衝突した。拓真が学校を休む日が目に見えて増えるまで、野中家における騒動の原因の大半は、父と娘の対立が占めるといっても過言ではなかった。
衝突はいつも、姉が当たり前のことを当たり前にこなせないことに対して、父が苦言を呈することから始まる。
父は神経質で完璧主義的なところがあり、注意される側からすれば煩わしく、不愉快に感じることが多い。とはいえ、謝罪し、改善を約束しさえすれば、比較的簡単に怒りは静まる。
臆病な拓真なら、平穏を取り戻すのを優先させただろう。しかし姉は頑として非を認めないし、正そうともしない。彼女は独特の正義感の持ち主で、絶対に己を曲げない。
頑固なのは父も同じだから、必然に諍いが勃発する。穏やかに反論を述べていればその事態は回避できたかもしれないが、姉はいつだって感情を爆発させる。この二人の組み合わせだと、ささいな過失を注意した・されただけで大騒動に発展する。
ただ、今回はあまりにも激しすぎる。姉が悪魔のような声を撒き散らしている。父も腹の底から発した声で言葉をぶつけているが、それすらも埋没するような大音声。
どう考えても、なにか決定的なことが起きたとしか思えない。
今すぐにでも脱兎のごとく部屋に飛び込んでいきたいのに、拓真は色褪せた水道修理業者のステッカーから目を離せずにいる。鼓動は激しく、全身は熱く、しかし動けない。
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