ここはラガヌム星

阿波野治

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十五

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 父と言い争っていたようだけど、食事関係で揉めたのだろうか? だったら、二人はなぜ奥の部屋に移動したんだ? 手首に酷い怪我していたようだけど、どんな経緯で負ったものなんだ?

 手首の怪我――抉れた肉――まるで超小型の肉食獣が食い散らかしたような。本来は浅かった傷口に棒を突っ込んで乱暴にかき混ぜたような。
 とても人間の仕業だとは思えない。人間の仕業だと信じたくない。
 しかし、残念ながら、姉がやったことで間違いない。赤く染まった右手の指先が動かぬ証拠だ。

 自傷。
 リストカットという言葉とその意味はもちろん知っている。よく言われている「生きている実感を得るため」という言い分には理解も共感もできないが、死ぬのが目的でやっている人間は少ない、という情報は知識として頭の中に入っている。
 ただ、自分が住む世界とは遠く隔たった世界の出来事だと思っていた。戦争や殺人、ドラッグやレイプといった領域に属する、ごく普通に、まっとうに生きていれば、決して縁のないものだと。
 しかし、厳然たる現実だった。

 自傷。生で見たその傷は、想像に描いていたよりもはるかにグロテスクでおぞましかった。百歩譲って、勇気を振り絞ってカッターナイフで手首に線を引くだけなら、臆病な拓真にだってできなくはないだろう。ただ、あんなにも深く、血がしたたるほど傷つけるのは絶対に無理だ。
 姉さんだからこそできた? それとも、それほどまでに追い詰められていたと考えるべき?

 不意に足音が近づいてきた。勝手口ではなく、奥の部屋の方角から。
 振り向いた拓真が見たのは、リビングと廊下の境界線上に佇む父の姿。憤怒の形相で、乱れたグレイの頭髪を掌で撫でつけるようにして、神経質な手つきで整えている。静かにぎらついている、とでも形容するべき瞳が凝視しているのは、息子。ほどなくまな板の上へと滑るように移動したが、すぐに戻ってきた。これでも精いっぱい自制しましたよ、とでも言いたげな小さなため息を挟み、

「悪いけど拓真、その残飯を片づけておいてくれるか。あいつがわざと汚くして、もう食べるのは無理だから、食材は全部捨てて、道具はちゃんと元の場所に片づけて。……まったく、あいつは余計な仕事ばかり増やす」
 父はぶつぶつと呟きながら踵を返す。奥の部屋に戻るのかと思いきや、廊下を反対方向に進んで階段を上がっていく。階上にはきょうだいではなく両親の私室もある。

 姉さんは父さんに酷い目に遭わせられたんだ――遠ざかる背中を睨みながら拓真は確信する。
 残飯を片づけろ、だって? それはする。完璧にしてみせる。でも、あんたの意見に賛成したから言うことを聞くんじゃない。
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