ここはラガヌム星

阿波野治

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十六

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 姉さんは、小さいころからずっと僕の遊び相手になってくれた。言動が独特で、時に困惑させられ、時に傷つけられ、時にいら立たされてきたけど、それでも好感度は高い水準を保ってきた。大喧嘩なんて一度もしたことがない。
 対するあんたは、自分が正しいと信じることをお前たちもしろと、僕や姉さんに一方的に命じるだけ。姉さんの個性を矯正しようとした。普通ではない部分に理解を示そうとしなかった。姉さんの人格に歩み寄ろうとしなかった。
 僕は好きなのは父さんでも母さんでもなくて、姉さんだ。

 姉さんは基本的には自分のことばかり、めったなことでは他人を助けない人だけど、でもそれは、困っている姉さんを助けなくてもいい理由にはならない。
 姉さんは確かに積極的に僕を救ってくれなかったけど、姉さんの言葉や行動が結果的に僕の助けになったことは多々あった。普通ではない自分を捨てる気がさらさらない姉さんは、普通に倣うことに長けた僕と比べて、父さんから目の敵にされやすかった。姉さんが目立ったからこそ、僕がぼろを出したときも見逃されたり、小さな罰で済んだりした場合も少なくない。間接的には、数えきれないくらい助けられてきた。

 姉さんにお返しをするときは、今だ。
 これからは僕が姉さんを守るんだ。

「――追わないと」

 父の登場で忘れかけていたが、姉が家を飛び出したのだった。すぐにでも追いかけたかったが、命令を擲ってまで行動に移るのはためらいを覚える。決意したあとでも、やはり父は恐ろしかった。
 父と戦い続けている姉さんに比べて、僕は……。

 まな板の上の中華麺へと手を伸ばす。ごみ箱に捨てるだけだから簡単だと高を括っていたが、思いのほか掴みにくい。質感自体は、指で強く押せばくっつくようなほのかな粘り気があるが、なぜか水に濡れているのと、ちぎれて短くなっているものが多いせいで、水中の小魚のように指をすり抜ける。

「早くしないと、姉さんが、姉さんが……」

 焦れば焦るほど、滑り、すり抜け、こぼれる。まな板の上はますます汚らしく散らかっていく。掴み損ねた麺はまな板ではなく床の上に落ちる。そのたびに、姉の命の残量が減っていく気がする。落ちた麺は拾おうとしない。作業を中断して姉を追いかけることもない。ただまな板の上のものを拾おうとする。すり抜ける。

「姉さんが、姉さんが……」
 命が減っていく。視野狭窄に陥った拓真の目の前で。なす術はあるのに手は打たないまま。
「姉さんが……」

 ――そして、二階から戻ってきた父が戸口から拓真を睨みつける。
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