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保健室に向かいながら
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俺は先ほどの新谷の行動を真似るように葵の顔を覗き込む。
「葵、大丈夫か。どこか痛いとか、ない?」
「ちょっと頭が痛い、かも……」
「じゃあ、やっぱり保健室だな。ちょっと横になってたら体調もよくなるだろ。歩けそう? ていうか、立てる?」
「……いい。保健室に行かなくても、座って少し休んでいれば」
葵はまだ顔をしかめているし、頭を押さえている。横になりたい気持ちはきっとあるはずだ。こんなときでも他人に迷惑をかけまいとする優しさが、少しもどかしい。
「だめだめ。新谷とも約束したんだから、保健室行きは決定事項だよ。ほら」
俺は立ち上がり、無理矢理気味に葵の手を引っ張る。葵は驚いた様子だったが、強引さに屈して腰を上げた。そのさい、体は少しふらついた。
「じゃあ行くか。ゆっくり歩くから、肩とか腕に掴まる感じでついてきて。おんぶはしなくてもいいよな?」
「……そこまで強引とは思わなかった」
葵は唇を尖らせている。そんな彼女に、俺は努めて柔らかく笑いかける。
「人に迷惑かけたくない気持ち、分かるよ。でも、ぶつけちゃった新谷も心配だろうし、俺も心配だから、俺たちを安心させるために俺に甘えてくれよ。……な?」
迷惑をかけたくないあまり好意を拒むと、逆に迷惑だから、素直に好意を受け入れろ。ある意味そう脅しているようなものだ。そういう意味では罪悪感もなくもなかったが、
「――分かった」
葵は消え入るような声で呟いて、俺に体を寄せて腕に掴まった。
「よし。それじゃあ、行くか」
俺たちは移動を開始した。
*
授業中ということで、校舎の中は静まり返っている。静けさの中を、俺と葵は急がない足取りで目的地へと向かっている。
出発してからずっと、葵は俺の腕に軽く掴まっている。体ごと寄りかかるのではなく、あくまでも軽く掴むだけ。表情を見る限り、頭痛が続いているのはたしからしいが、ようするにその程度の体調不良なのだ。
このくらいだったら、別に俺が付き添う必要、なくね?
そうも思ったが、たとえば体がふらついたとき、階段に備わったスロープでは葵を受け止めてあげられない。だから、きっと意味はある。そう思い込むことにしよう。
移動している間、俺たちはずっと無言だ。頭痛の症状がある人間に話しかけても迷惑になるから、という配慮ももちろんある。しかしそれ以上に、そんな気分にはなれないのが大きかった。問題は葵ではなく、俺にある。物理的に近づいた分、葵の髪の毛の匂いや息づかいなどがリアルに伝わってきて、緊張してしまうのだ。
ただ、俺に迷惑をかけているという意識が葵にはあるだろうから、完全に黙られるのもそれはそれで嫌だろう。だから、こちらから口火を切ることにした。
「新谷、わざとじゃないから許してやってくれよ。腹の虫が収まらないっていうなら、俺が代わりに謝る」
「それは分かってる。新谷さんのことは別になんとも思ってない。不運なちょっとした事故ということで、私の中では完結してるから」
葵はどこか淡々と答えた。責任のない者には絶対に責任を負わせず、決して恨み言は言わない。葵らしいな、と思う。
でも、なにかに寄りかからなければ歩けない状況にもかかわらず、誰かに気をつかう姿を見せられると、心苦しくなる。
「サチについて、ちょっと話してもいいかな」
「……東さんに関する悪い噂について、私が言及したことについて?」
「いや、それは全くの無関係。根も葉もないデマだって、葵には信じてもらえたわけだから」
手負いの女子相手に、解決済みの話を蒸し返して難詰するなんて、有り得ない。たしかに俺はバカかもしれないが、そこまで頭が悪くはない。
「葵、大丈夫か。どこか痛いとか、ない?」
「ちょっと頭が痛い、かも……」
「じゃあ、やっぱり保健室だな。ちょっと横になってたら体調もよくなるだろ。歩けそう? ていうか、立てる?」
「……いい。保健室に行かなくても、座って少し休んでいれば」
葵はまだ顔をしかめているし、頭を押さえている。横になりたい気持ちはきっとあるはずだ。こんなときでも他人に迷惑をかけまいとする優しさが、少しもどかしい。
「だめだめ。新谷とも約束したんだから、保健室行きは決定事項だよ。ほら」
俺は立ち上がり、無理矢理気味に葵の手を引っ張る。葵は驚いた様子だったが、強引さに屈して腰を上げた。そのさい、体は少しふらついた。
「じゃあ行くか。ゆっくり歩くから、肩とか腕に掴まる感じでついてきて。おんぶはしなくてもいいよな?」
「……そこまで強引とは思わなかった」
葵は唇を尖らせている。そんな彼女に、俺は努めて柔らかく笑いかける。
「人に迷惑かけたくない気持ち、分かるよ。でも、ぶつけちゃった新谷も心配だろうし、俺も心配だから、俺たちを安心させるために俺に甘えてくれよ。……な?」
迷惑をかけたくないあまり好意を拒むと、逆に迷惑だから、素直に好意を受け入れろ。ある意味そう脅しているようなものだ。そういう意味では罪悪感もなくもなかったが、
「――分かった」
葵は消え入るような声で呟いて、俺に体を寄せて腕に掴まった。
「よし。それじゃあ、行くか」
俺たちは移動を開始した。
*
授業中ということで、校舎の中は静まり返っている。静けさの中を、俺と葵は急がない足取りで目的地へと向かっている。
出発してからずっと、葵は俺の腕に軽く掴まっている。体ごと寄りかかるのではなく、あくまでも軽く掴むだけ。表情を見る限り、頭痛が続いているのはたしからしいが、ようするにその程度の体調不良なのだ。
このくらいだったら、別に俺が付き添う必要、なくね?
そうも思ったが、たとえば体がふらついたとき、階段に備わったスロープでは葵を受け止めてあげられない。だから、きっと意味はある。そう思い込むことにしよう。
移動している間、俺たちはずっと無言だ。頭痛の症状がある人間に話しかけても迷惑になるから、という配慮ももちろんある。しかしそれ以上に、そんな気分にはなれないのが大きかった。問題は葵ではなく、俺にある。物理的に近づいた分、葵の髪の毛の匂いや息づかいなどがリアルに伝わってきて、緊張してしまうのだ。
ただ、俺に迷惑をかけているという意識が葵にはあるだろうから、完全に黙られるのもそれはそれで嫌だろう。だから、こちらから口火を切ることにした。
「新谷、わざとじゃないから許してやってくれよ。腹の虫が収まらないっていうなら、俺が代わりに謝る」
「それは分かってる。新谷さんのことは別になんとも思ってない。不運なちょっとした事故ということで、私の中では完結してるから」
葵はどこか淡々と答えた。責任のない者には絶対に責任を負わせず、決して恨み言は言わない。葵らしいな、と思う。
でも、なにかに寄りかからなければ歩けない状況にもかかわらず、誰かに気をつかう姿を見せられると、心苦しくなる。
「サチについて、ちょっと話してもいいかな」
「……東さんに関する悪い噂について、私が言及したことについて?」
「いや、それは全くの無関係。根も葉もないデマだって、葵には信じてもらえたわけだから」
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