13 / 90
13
しおりを挟む
定期的にお母さんの夢を見る。お母さんに関する夢はたいてい、改変は殆どなく、記憶が忠実に再現されるという形で放映される。
宿題が一段落したころには、すっかり喉が渇いていた。部屋のエアコンは作動していた。設定温度が二十七度だったことも覚えている。しかし八月の峻厳な暑さは、たとえ人工の冷気の力を借りたとしても、完全に打ち負かすのは難しい。とうとう耐えかねて、ジュースを飲もうと一階まで下りた。
キッチンで人の気配がする。戸口からそっと様子を窺うと、
「あっ」
お母さんがアイスを食べていた。スティックタイプの焦げ茶色のアイスだ。
「あーっ! お母さん、ずるい!」
わたしは足音を鳴らして駆け寄った。お母さんは半分ほどに減らしたアイスをどうするべきか、対応に窮したような身振りを見せていたが、ほどなく残りを食べ始めた。少しばつが悪そうな、それでいて開き直ってもいるような、どこか幼く見える苦笑が顔に浮かんでいる。
下着に見えなくもないキャミソールに、ショートパンツという姿。汗はひいていて、石鹸の匂いが淡く漂ってくるので、稽古が終わってシャワーを浴びたあとだと分かる。
当時のお母さんの体には贅肉というものがなく、健康的に引き締まっていた。対照的に豊かな胸は、細作りの肉体の中央で燦然と輝いていた。目鼻立ちは女性的ながらも凛々しい。ひとたび表情を綻ばせると、見ている人間もつられて笑顔になるような、明るい魅力が弾けた。
若く、美しいお母さんが、わたしは大好きだった。
「食べすぎておなか壊すから、アイス禁止って言ってたのに、自分だけこっそり食べてる! ずるーい!」
「違うのよ、秋奈。最近夏也が頑張っているから、ご褒美にアイスを買ってきたの。もうそろそろ禁止令を解除してもいいかな、と思って」
「そうだったんだ! ねえねえ、秋奈の分は?」
「もちろん買ったよ。家族全員の分をね」
「やった! アイス食べるー!」
「手を洗ってからね」
言われたとおりにしてから、冷凍庫の引き出しを開ける。個包装されたものを人数分だけ買ってきたものと思っていたが、八本入りの箱だった。中を確認すると、
「あれっ、六本しかない。お兄ちゃん、もう食べたんだ」
「ううん。私、これが二本目」
お母さんは食べかけのアイスを顔の高さにかざし、にんまりと笑った。
ずるいだとか、食いしん坊だとか、非難する言葉がいくつか頭に浮かんだ。しかしわたしが選んだのは、母親を真似るように笑う、というリアクション。そして、自分も箱から一本取り出して個包装を破いた。
宿題が一段落したころには、すっかり喉が渇いていた。部屋のエアコンは作動していた。設定温度が二十七度だったことも覚えている。しかし八月の峻厳な暑さは、たとえ人工の冷気の力を借りたとしても、完全に打ち負かすのは難しい。とうとう耐えかねて、ジュースを飲もうと一階まで下りた。
キッチンで人の気配がする。戸口からそっと様子を窺うと、
「あっ」
お母さんがアイスを食べていた。スティックタイプの焦げ茶色のアイスだ。
「あーっ! お母さん、ずるい!」
わたしは足音を鳴らして駆け寄った。お母さんは半分ほどに減らしたアイスをどうするべきか、対応に窮したような身振りを見せていたが、ほどなく残りを食べ始めた。少しばつが悪そうな、それでいて開き直ってもいるような、どこか幼く見える苦笑が顔に浮かんでいる。
下着に見えなくもないキャミソールに、ショートパンツという姿。汗はひいていて、石鹸の匂いが淡く漂ってくるので、稽古が終わってシャワーを浴びたあとだと分かる。
当時のお母さんの体には贅肉というものがなく、健康的に引き締まっていた。対照的に豊かな胸は、細作りの肉体の中央で燦然と輝いていた。目鼻立ちは女性的ながらも凛々しい。ひとたび表情を綻ばせると、見ている人間もつられて笑顔になるような、明るい魅力が弾けた。
若く、美しいお母さんが、わたしは大好きだった。
「食べすぎておなか壊すから、アイス禁止って言ってたのに、自分だけこっそり食べてる! ずるーい!」
「違うのよ、秋奈。最近夏也が頑張っているから、ご褒美にアイスを買ってきたの。もうそろそろ禁止令を解除してもいいかな、と思って」
「そうだったんだ! ねえねえ、秋奈の分は?」
「もちろん買ったよ。家族全員の分をね」
「やった! アイス食べるー!」
「手を洗ってからね」
言われたとおりにしてから、冷凍庫の引き出しを開ける。個包装されたものを人数分だけ買ってきたものと思っていたが、八本入りの箱だった。中を確認すると、
「あれっ、六本しかない。お兄ちゃん、もう食べたんだ」
「ううん。私、これが二本目」
お母さんは食べかけのアイスを顔の高さにかざし、にんまりと笑った。
ずるいだとか、食いしん坊だとか、非難する言葉がいくつか頭に浮かんだ。しかしわたしが選んだのは、母親を真似るように笑う、というリアクション。そして、自分も箱から一本取り出して個包装を破いた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる