黒の創造召喚師 ―Closs over the world―

幾威空

文字の大きさ
69 / 129
本編

第068話 魔煌石を巡る攻防(西の陣)②

しおりを挟む
 椿の言う通り、夏目家の持つ「水獄」は水の持つ「抵抗」の特性を利用した拘束の術式である。
 水の密度は空気の800倍になる。そのため、陸上と同じ速度で同じ運動をした場合、水中では約19倍の抵抗を感じると言われている。
 夏目家の術式はこの抵抗の概念を拡張し、水の持つ抵抗を高めることで水球中に捕らえた対象を拘束する。水球に捕らえられ、もがこうと抗う者を、この特性により抑えつけるのだ。

 そして、彼女の術式にはもう一つ、これまた同じく水の持つ特性を利用した攻撃手段・・・・が存在する。
 それがイプシロンに対して告げた「捕らえた対象を溶かす」という攻撃手段である。

 無色透明な水には、目には見えない様々な成分が溶け込んでいる。例えば水道水を50mプールにいっぱいに入れた場合、その中にはドラム缶数本分の不純物が溶けていると言われるほどだ。
 それはつまり、「水は物を溶かす力が強い」ということを示しており、椿の告げたことはこの性質を強化したものである。

(溶かされる……? 消滅する、だと? この私が……?)

 イプシロンはダメージを負った左手を見ながら、現実に迫る「消滅」の恐怖に抗うため、弱り切った心を一喝する。
「は、ははっ……ふざ……ける、な……」
 カタカタと小さく身を震わせ、彼女は一瞬でも恐怖に掴まれた自分に怒りを覚える。

「ふざ……けるなああああぁぁぁっ!!」

 心に灯る小さな怒りの種火。その小さな炎はやがて全身へと広がり、彼女の中に取り込まれた「魔物」を呼び起こす。

「あらあら……それが貴女の身に宿る魔物の力? いいわぁ~……ゾクゾクする」

 魔物の力を引き出したイプシロンは、三つ編みに編んでいた髪が解け、新月の夜と同じ闇色に染まっていたその髪が白雪の色に染められる。掛けていた黒縁眼鏡を取り去った彼女の両眼には、涙の跡にも似た黒い筋が顎にまで走っている。

 また、彼女の周囲には青白い髑髏顔の人魂が纏わりつくように旋回しながら、時折その開いた口から小さな怨嗟の声を響かせている。

 ――泣き女バンシー。それがイプシロンの身体に取り込んだ魔物である。

「キィィィアアアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアァァァァァァッ!」
「――っ!?」

 魔物の力を引き出し、覚醒を終えたイプシロンは空に顔を向けて鋭い金切り声を響かせる。その声量は凄まじく、思わず耳を塞いでいてもなお眩暈を覚えるほどだ。

 闇夜を切り裂く鋭い悲鳴が収まり、再びの静寂が訪れた中、耳に当てていた手を離した椿は微笑みながら口を開く。

「ふふっ……随分とまぁ大人しくなったわね。魔物の力を引き出したのはいいけれど、あれくらいの悲鳴じゃ――」

 相手に聞こえるように呟いた椿は、腿に取り付けたホルスターからクナイを取り出し、いつものように投擲しようとして違和感を覚える。

(あ、れっ……? 視界が、揺れ――)

 手にしたクナイを投擲しようと構えた瞬間、ぐらりと相手の姿が二重にブレる。次いで身体に襲い来る強烈な痺れに、椿は抗えずにドサリと音を立てて倒れてしまう。

「ガハッ!? い、一体な、何……が」
「ククッ……アハハハハッ! オイオイ、あれだけ余裕見せてたのに、どぉしたんだ? ん?」

 起きているのか、と呟く前に、魔物の力を覚醒させたイプシロンが彼女の疑問に答える。

「お前は咄嗟に耳を抑えたようだが、先ほどの私の『泣き声』は一種のトリガーだ。既にこの場は私の『領域テリトリー』と化している。その掌握した領域内にいる相手が私に攻撃の意思を示した瞬間、その者に様々な状態異常が襲いかかる」
「ぐふっ……状態異常……だから、か」
 口から血を漏らした椿が、イプシロンの説明を受けて掠れ声で呟く。

 覚醒を果たし、バンシーの姿となったイプシロンの術式――「怨恨縛呪えんこんばくじゅ」。これは先ほど彼女が述べた通り、自分を中心とした絶叫の届く範囲を「領域」と定め、その区域内に存在する敵意や害意を持つ者に対して様々な状態異常を付与する術式である。
 
 この術式の特徴は、「範囲指定」かつ「複数の」状態異常を、一度に付与するところにある。状態異常の種類は様々あり、「毒」「麻痺」「睡眠」「魅了」「石化」「衰弱」……この他にも付与できるものが存在する。

「おやおやぁ? その不様に地を這う様子から察するに、『毒』『麻痺』は確実だな。あぁ残念だ……『石化』であったら苦しまずに死ねたものを……」
 完全に優位に立ったイプシロンは、地に伏せる椿を見下ろしながら嗤う。

(ぐぅっ。マズイ……マズイマズイマズイ――)

 一方、毒と麻痺に苦しむ椿は、ギリギリと奥歯を噛みながらこの窮地を脱する方策を探っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う

シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。 当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。 そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。 その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。

事故に遭いました~俺って全身不随?でも異世界では元気ハツラツ?

サクラ近衛将監
ファンタジー
 会社員の俺が交通事故に遭いました。二か月後、病院で目覚めた時、ほぼ全身不随。瞼と瞳が動かせるものの、手足も首も動かない。でも、病院で寝ると異世界の別人の身体で憑依し、五体満足で生活している。また、異世界で寝ると現代世界に目が覚めるが体の自由は利かない。  睡眠の度に異世界と現代世界を行ったり来たり、果たして、現代社会の俺は、元の身体に戻れる方法があるのだろうか?  そんな男の二重生活の冒険譚です。  毎週水曜日午後8時に投稿予定です。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

安全第一異世界生活

ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

処理中です...