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一杯目
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焙治 心。花の24歳7カ月
また、仕事を辞めました。
理由はいつも同じ。
私はコミュニケーションがどうしても苦手
そして、打たれ弱いのです。
自分の陰口とか耳にしちゃうともう駄目なのです・・はい。
友達には普通に話をすることが出来る。心を許している部分もあるが
仕事という世界のでは周りの人と極力かかわりを持ちたくないのが本音。
だって、ニュースやドラマではイジメの原因は何気ない一言がきっかけとも聞く。
怖いじゃないそんなの、
はい。そんなわけで
これで四度目の職探しでございます。
家のパソコンで求人サイトを眺めながら
湯呑に入ったお茶を一口飲む
「っはぁー・・・気がめいった時に飲む高級茶は違う、体と心にしみる」
口に広がる甘味と柔らかな風味
湯呑には綺麗な緑が広がっている。
物心付いた時から何故かお茶が好きだった。
冬場はお茶とコタツとテレビがあれば何日でも過ごせる自身がある。
いやむしろ夏でも。
日本中の茶葉を調べては購入しお茶の入れ方を独学で今でも学んでいる。
中でも今飲んでいる“玉露”は日本のお茶の最高級品だ。
なかなか手を出せずにいたが、三度目の退職記念で本日、めでたく開封しました。
「どこも、資格がいる仕事ばっかり・・か、」
保育系の短大を卒業して保育所で働くも一年でやめた。
保育所が駄目なら。幼稚園!うん、そこも一年でやめました。
思いきって事務系に転職してみるもなかなかパソコンの書類作成のやり方が分からず
おぼえも悪かった。でもお茶の入れ方だけは褒められたので何とか2年は続いた。
が、やはりお茶の入れ方が良いだけでは給料はもらえない為、戦力外通告を出されました。
「正規じゃなくて派遣かパート・・」
空っぽになった湯呑に急須で再び注ぎ再び広がる一面の緑
口では前向きな事言ってもやはり、心はやはり悲しんでいる。
どうして自分はこんなにも欠点が多いのだろうか
お茶を美味しく入れること以外、自分は空っぽだ。
そういえば、最近恋もしてないな。
お茶以外で何かの為に何かを懸命に努力すると言う事をしていない気がする。
いつも途中であきらめてしまう事の方が多い。
「っ駄目!!駄目!!もしかしたら奇跡的にお茶くみ係という仕事があるかもしれない!!」
嫌、さすがに無いよね。
自分で言った事を自分で突っ込みながら、パソコンと睨めっこ
こんなことを続けながら1週間。
職業紹介所に通い何とか次の仕事先を見つけることが出来た。
小さな会社の備品係のバイト。
時給もそんなに高くはないが、ないよりマシだ。
こんな私を雇ってくれたことに感謝をしなければならない。
何より、こんなにも職を転々としていたら兄妹や両親にいい加減呆れられる
もとより私に期待なんてしていないだろうが
「よし、今日は早めに寝よう」
明日からいよいよ新しい職場。
緊張と不安、様々な物が混ざり合って吐き出しそう。
で眠れない。
考えるのは、ミスをするばかりの自分。
失敗は成功の元とは良く言うが、成功する人はごくわずかなような気がしてきた。
それは失礼か。
私だけの可能性もあるじゃない
その前に褒められた事はあったのかしら。
でも、褒められてもどうしても素直に受け取れない。
その裏で陰口を言っているのだろうと考えてしまうから
「卑屈な自分を変えられないかな」
どうやったら自分を変えれるのか。
自分から行動をしないと変わる事なんて出来ない
だけど、その一歩を踏み出すことが出来ない。
私の先には、不安しか広がらない
翌日
いつもより早く起床し新しい職場へ電車に乗って向かった
駅から歩いて数分。
都心から少し離れて畑が多い中
ポツンンと小さな会社が建っていた。
陶器の製造を行っている会社だ。女性従業員が少なくほとんどが男性が多い職場だ。
「よし、行こう!」
階段を上り会社の入り口まで行くが、
鍵がかかっていた。
出社時間までは時間があり誰も来ていなかったのだ。
「時計を確認しなさいよ私。
あと、30分もあるもんね・・下に降りてまってようかな」
小さなため息を付くとふわりと風に乗って良い香りがした
「え・・これ、」
その香りはまるで、三度目の退職記念で開封した“玉露”の香りだった
あたりを見渡すが茶畑なんてどこにもない
だけど、間違いなくこの香りは“玉露”特有の香りだ
私が嗅ぎ間違えるはずない
お茶の事に関してだけは自信があるもの。
いったいどこから
匂いをたどろうと、急ぎ階段を降りようとした
その時、足がもつれてしまい
「きゃぁああああああああああ!!!!」
階段からころがり落ちてしまった
ゴン!!
後頭部に鈍い音を立てたのが分かった
体が思うように動かない段々と意識が薄れていく
感触的に打ちどころは最悪の場所だ。
(あ、私はこれで終わるんだ。)
悲しいな、私の人生ってなんだったんだろ
でも、最期にあの“玉露”の香りに包まれるって幸せだな
瞼が重くなり、あたりが真っ暗になった。
不思議だな、意識ははっきりしてるんだもの。
“「・・・・ぎょ・・・・しょ・・・・ぐん」”
あれ、何か聞こえる
どこから聞こえるんだろ、その前にどうして人の声が
あ、そうか確か聴覚って死んでも少しの間だけ残っているって聞いた事あるこれがそうなのかな
“「・・・・・・さ、い」”
何?なんて言ってるの?
“「目を開けなさい、ちょっと!!」”
目を開けなさいと言われても、私は死んで目なんて開けられないんですよ
あれ?でも何だか違う。そう言えば、鈍い音はしたけど痛みがない
イヤイヤそんなまさか、と思いながら私はゆっくりと瞼を動かした
「・・・あれ?」
目を開けれないはずだったのに、何故か視界に男性を一人捕えていた。
それどころかなんか動いてる
視線を下に向けると馬の脚が見えた
あたりを見渡すと私が知っている景色ではなかった。
「あらー目が覚めたのかしら?んもう、戦を終えて屋敷に帰る途中、女の子が空から落ちてくるんだもん驚いちゃったわ」
「えっと・・・どちら様でしょうか」
口調は、オネェさん?
でも体格はしっかりしているから男の人だよね
それより、何で甲冑?
「殿。早くこの者を馬から降ろしてください。」
「そうですとも、急に空からなんて・・魔物の一種かもしれませんぞ」
男性の後ろから声が聞こえる
魔物って、私は普通の人間ですけど
その前にここは何処なの?
「んもう!貴方達がそんな怒った口調で言うからこの子が怯えているじゃないの。少し黙っていなさい。」
男性の一言で後ろにいた男達はなにも言わなくなった。
「ごめんなさいね、怖がらせちゃって。」
「ぁの・・」
(嫌、確かに怖いですけどそれ以上にいま、私のこの状況が恐いんですよ)
「もう、国内に入っているから心配しないでいいわよ。
今は国境なんて言う邪魔なものがあるけど、その内私がぜ―んぶ無くしてあげるからね」
「国境?ここは外国なんですか」
「あら貴女、“湯乃国”の出身じゃないのね」
「ゆ、の・・くに??」
聞いたことない国の名前だ。
その前に地名を聞くと日本に存在しそうな名前
どうやら海外ではなさそうだ。
でも、自分が知っている日本ではない。
閑静な住宅も煌びやかなビルもコンビニもない
タイムスリップでもしてしまったのだろうか
と非現実的な事を考えてしまった。以外にもこのような状況でも冷静な自分に少し驚いてしまう
「もうすぐ、私の屋敷につくからまずはその変わった着物から着替えましょうか」
男性は上機嫌で馬を走らせた
急に来る振動に驚き体を強張らせるが、男性がしっかりと心を抱きかかえていた
「少しスピードをあげるからしっかりと捕まっていなさいね」
「は・・・はぃ」
「んふふふ、いい子ね」
馬はどんどんスピードをあげていくと、大きな和風の門が見えた。
門をくぐると大きな屋敷、というより
日本のお城のような建物が見えた所で男性は馬を止めた。
「「「「お帰りなさいませ、大殿」」」」」」
屋敷から年配の男性が数十名の供をつれて広々とした玄関から現れた。
「茶筅(ちゃせん)すぐに、お風呂の用意をしてくれないかしら」
「用意はできております。大殿」
どうやら年配の名前は“茶筅”と言うらしい。
茶筅は男性の事を大殿と呼んでいた。
大殿って殿様の事だよね。この人偉い人なんだ
心は自分を抱えている男性を見上げる。
「あら、そんなに見つめられると恥ずかしいじゃないの」
「す、すいません」
慌てて下を向く心を余所に大殿と呼ばれた男性は心を抱えたまま馬から降りると茶筅の目の前までゆっくり歩み寄っていく
「この子を湯に入れてあげて、怪我はしてないと思うけど着物が破れて顔や髪も泥だらけなのよ」
言われるまで気がつかなかった
顔や髪を触ると確かに泥がついていた。
階段から落ちた時だろう。服が破れたのも恐らく
「すぐに着物を仕立ててあげて」
「ハッ、どのような物にいたしましょう」
「決まっているじゃない!とびっきり可愛いのよ!」
急に顔を覗きこまれて心。
間近で見る男性の顔は良く見ると、とても整った顔立ちをしていた。
髪も綺麗な茶色で瞳は深い緑の色
言葉遣いが女性なので一瞬女性とも取れなくもないが体は鍛え上げられ
身長も185以上は余裕であると見える。
現に周りにいる男性より体付きも身長も一回り大きい
「承知いたしました。ですが・・鷹の知らせではその女子」
怪しむようにそして冷たい視線を心に向ける茶筅に
ビクリと体が震えたのが分かる
(っ・・・怖い)
男性にギュッとしがみ付く
それ見気が付いた男性は心の頭を優しく撫でた
「大丈夫よ、そんなに怖がらないで。
ほら、茶筅がそんな恐い顔をするからこの子が恐がってるじゃない」
「大殿は女子に甘すぎます。知らせを聞く限り“忍軍”に知らせるべき案件だと思われますぞ」
「い・や・よ。それに、あれなら知らせなくても耳に入っているわよ」
「・・・・・承知いたしました。」
「なによーその顔は文句があるなら言ってみなさい。」
「何を言っても大殿は我々の言う事は聞かないのでね。さ、お嬢さん湯澱はこちらです」
茶筅が屋敷に入るように手招きをする
先ほどの冷たい目が忘れられず、なかなか男性から離れられない
「やだ、どうしましょう茶筅。私から離れたくないみたいなの」
「大殿がいつまでも抱きかかえているからです。いい加減降ろして差し上げたらどうですか」
「だって抱き心地がいいんですもの~そうだ!一緒にお風呂に入ろうかしら」
「駄目に決まっているではありませんか。口調は女子のようでも貴方様は立派な男子でございます。おまけに嫁入り前の女子となんて持っても他!!お前達大殿を抑えていろ!」
「「「「御意!」」」」
「侍女頭を呼んで女子を大殿から引き離せ」
「ちょっと!!お風呂ぐらい良いじゃなーい!!」
という言葉にその場にいた全員が
“駄目に決まっているでしょうがぁ!!!”
屋敷中にその声が響き渡ったのだった。
「・・・・・・・お風呂とっても広い」
嫌、広すぎるでしょう。温泉旅館か何か?
外観は日本の城だったけど、中はどちらかというと洋風だった
タイムスリップで大昔の日本に来たとしたら可笑しい物が城の中にありすぎた
洋風の内装もだが、何より電気もあり
(電話もあったよね)
脱衣場らしき場所に洋風の電話が置いてあったのだ
心はそんな時代が日本にあっただろうかと考える
こんなに発展をしていた時代があれば絶対に教科書に載っているはず
記憶をたどるが授業で教わった記憶はない。
だとしたらここは一体どこなのだろうか
なんだっけ、ほらタイムスリップと似たような感じの言い方
「考えるだけで疲れてきちゃう」
深いため息が響く
「でも、お風呂は気持ち良い。それにこの匂い緑茶?もしかしてお茶風呂?!」
なんて贅沢。憧れてたお茶風呂が味わえるなんて
緑茶風呂は確か、美肌効果があったよね
タイムスリップだろうがなんだろうがもういいや
この緑茶風呂を堪能しないとね
心は両手でお湯をすくい匂いを堪能したのであった
余りにもお風呂から出てこない心を心配し慌てて待機をしていた侍女達に無理やり湯から出され、用意されていた着物に着替えさせられた
本音を言うとも少しお風呂を堪能したかった
「さ、出来ましたよ」
「あ、りがとうございます」
鏡に映る自分を見る。着物と言っていたのでてっきり日本でよく見る着物を想像していたが、これはどちらかというと中国の時代ドラマや映画で見たことあるような着物だ
ますます、ここがどういう所が分からなくなってきた。
「ささ、大殿がお待ちですよ」
「大殿様ったらこんな可愛らしいお嬢さんをどこで見つけてきたのかしらね」
侍女たちに背を押されながら長い廊下を歩く
まるで囚人にでもなったかのようだ、後ろにはこの屋敷の侍女達がぞろぞろ歩いてきている。案内をしてくれている人物はこの侍女たちを束ねる人
会話も無くただゾロゾロ歩くだけ
居心地がいいかと聞かれると、良くないです
落ち着かなくてあたりをキョロキョロみてしまう、窓から見える景色が視界にうつり
思わず足を止めた
「どうなさいましたか?」
一人の侍女が声をかける。
だが、心は窓の外の景色をジッと見つめて一歩も動こうとしなかった。
不思議に思った侍女たちは心の視線を追い、その先にある物に気が付き
「あ、アレはですね」
と、説明を始めたのだった。
・・・・・
「可笑しいわねぇ」
広間で空から落ちてきた女の到着を待っているこの屋敷の主
自信も戦帰りであっため屋敷にあるもう一つの湯澱に浸かり身支度を整えたのだ
ゆっくりと話を聞こうと思っていたが、二時間まっても来ないのだ。
「大殿、まさかと思いますが。他国の間者ではないでしょうか」
「あら、どうしてそうだと思いますの?紅」
紅と呼ばれた青年は湯呑にお茶を注ぎ、主に湯呑を渡した
「あの妙な衣服を身につけておりました。この国の物だとは到底思えません」
「あら、似たような衣服なら川を挟んだ向こうも似た服装をしている奴らがいるじゃない」
「確かにそうですが、」
「あの子がどこから来たのか、大体の検討がついていから大丈夫よ」
男は湯呑に入ったお茶を一口飲むと、渋い顔をした
「すみません、やはり駄目でしょうか」
「美味しいのよ、でも・・もっと美味しくなるんじゃないかなと思ってね」
「大殿が自ら育てた茶樹で作った茶葉だと言うのに上手く入れることができずに・・申し訳ありません」
「謝らなくていいのよ。まだまだ私も勉強不足なだけよ」
「私も日々研究をしているのですが」
湯呑を机に置き自ら育てる茶樹が見渡せる窓辺へ歩み寄ると
「あら?」
「どうかなさいましたか、大殿」
紅も窓辺へ歩み寄ると
そこには侍女達が集まっていた
「侍女たちはいったい何を・・私が見てまいります」
「いいえ、私が行くわ」
「大殿が行かずとも」
「あのお嬢さんがいるみたいだからね」
男は部屋を出て茶樹畑へと向かうと後を追い紅も付いて行く
「一体何の騒ぎですのぉ」
「大殿様?!」
男の存在に気がつき侍女たちは膝を付く
「お嬢様がどうしても見たいとおっしゃりましたので」
「あら、あの子が?」
「はい」
「それで、今は何処に?」
「茶葉を製造する場所へ」
男はその話を聞き、茶葉工場へと向かっていたのだった
・・・・・・
「こ、こんな、す、素晴らしい茶葉をみたのは初めてです!!」
「お、嬢ちゃん良い目をしてるじゃぁねぇの。」
窓から茶畑を見つけた心はどうしても間近でみてみたくなり、侍女達に頼み少しだけ立ちよらせてもらったのだ。見事な茶畑に感動していると、香りにつられて近くの工場の中へそこは茶葉を製造する工場だった。
「これは番茶、こっちはほうじ茶・・」
匂いだけで茶葉の種類を言い当てていく心に職人達が集まり始めた。
「目だけじゃなくて鼻もいいじゃねぇか!!次はこれを当ててみろ!!」
一人の職人が綺麗な深い緑色をした茶葉が入った箱を心に渡した
「おい、それは大殿専用の茶葉じゃねぇか!!」
「お前、このお嬢さんにあてられて悔しいんだろ」
周囲はその職人に軽蔑のまなざしを向ける
「見事当てることが出来たらこの茶葉をやるよ。」
「本当ですか?!」
職人から茶葉が入った箱を受け取り、茶葉の色合いそして匂いを嗅ぐ
「この香り、そして・・独特の茶葉の形。うん間違いなと思います」
お茶の中でも最も貴重で高価
つい最近、三度目の退職祝いで開封したあの茶葉
「“玉露”です」
心が答えると職人達は驚き目を見開いた
当てられるはずがない。この茶葉の存在を知るのはここの職人と給仕、側近の将達。
「ぇ、あの・・違いましたか?」
答えたが誰も反応しないため心は不安になってきた
自信満々に答えてハズレだったら恥ずかしくてたまらない
あれだけお茶に関する事なら自信があるなんて言っていたのに
あぁ・・どうしようこれは
「だ~い正解よん」
入り口から声が聞こえた
心や職人達は声がする方へ振り返る
「「「「大殿!!」」」」
「はぁ~い、みんな元気にしてた~
んもう!それよりなかなか私の所に来ないから心配してたのよ?」
「あ、えっと・・その、すいません。勝手に、その・・」
「やだ、その着物にあってるじゃない!茶筅にしては良いセンスをしているわぁ」
「あり、がとうございます」
少し照れている心を見てフッと笑みを浮かべる男性
「それにしても。貴女、良くこの茶葉の名前を当てられたわね」
「この、茶葉の色合いと香りは間違えようがありませんから。
これを作り上げるのにどれだけの人が苦労をしたか」
愛しむように玉露の茶葉を見つめる
たかがお茶だと、言うかもしれない。だけどそのお茶一杯の為にいろんな人が愛情をこめて育てているのだ。それを美味しく飲むことが職人さんへの最大の恩返し
「愛情をこめて育て、作った茶葉を美味しく飲むことが最大の恩返しです。
それにしても、この玉露を見ていると幸せな気持ちになります」
「やだぁ、何だか照れちゃうわぁ」
「どうしてですか?」
「お嬢ちゃん。その茶葉は、大殿自らが茶樹を選び育て製造方法を考えた茶葉なんよ。余りにも出来が良くて大殿はご自分の名前を付けたんだよ」
「え?」
職人から耳打ちされて驚き、茶葉と目の前にいる男性もと言い“玉露”を交互に見つめる
「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね。私の名前は玉露(ぎょくろ)って言うの。よろしくね」
「あ、えっと・・焙治 心と申します」
「心さんっていうのね、可愛い名前ね」
「ありがとうございます。」
何だか少し照れてしまう。
この人の名前は玉露さんって言うんだ。
あ、でも大殿様だから玉露様って呼んだ方が良いよね。
うん。それよりもこの茶葉頂いていいのかな
だって正解したもん。もらっていいよね
出来るなら今すぐに飲みたい。
「あの、ぎょ、くろ・・さま」
「ん?なぁに」
「正解したのでこの茶葉、」
「えぇ、もちろん差し上げるわよ」
その言葉を待っていましたと言わんばかりに心はあたり見渡す
お湯と急須と湯呑は無いだろうか、出来るなら温度計も
「あらあら、そわそわしちゃって可愛いわね。貴女その茶葉でお茶を入れたことがあるのかしら?」
「はい、」
「この玉露の入れ方は難しいでしょ?」
「どのお茶もお湯の温度やお湯の注ぎ方で味が変わるので難しいんですよね。特に、この“玉露”の入れ方は細心の注意をしないと、甘味と渋みのバランスが良くとれたすっきりとしたさわやかな味わいが台無しになってしまいますから。美味しく入れるためにはそれなりの手間をかけないと駄目です。」
「手間、ね・・なるほど」
玉露は腕を組み心をジッと見つめると
「・・・・紅」
「ハッ、」
「お湯を沸かし、急須と湯呑を二つ。」
「すでに、侍女に取りに行かせております」
「まぁ、仕事が早いわね」
「大殿ならそうおっしゃると思い」
「さて、心さん用意はこれだけでいいかしら?」
「あの、お湯の温度を測る物ってありますか?」
「あるわよ。この工場にあったはずよね?」
玉露は職人に渡すように視線を送る
「お嬢ちゃんこれでいいかい?」
長細い温度計を心に渡す
「大殿、外に用意が整いました」
「心さん、いらっしゃい」
「はい」
玉露に手招きされ工場の外へでると
茶席の用意が整っていた。
心は驚きながら目をパチクリさせていた
何だか、抹茶を入れるような気分。あ、違う抹茶は点てるって言うんだった。
一度でいいから私も抹茶を点ててみたいな
「どうかしたのかしら?」
「いえ、こんな素敵な場所でお茶を飲めるなんて贅沢だなって思って」
「そうですねぇ、茶畑を見ながら飲むお茶は最高ですからね」
玉露は履物を脱ぎ赤い色の毛氈で正座した
心も同じように毛氈に上がり座ると用意されたお湯と急須、小ぶりの湯呑が目の前に置かれた
手の持っていた玉露の茶葉を置くと
先ほど手渡された温度計でお湯の温度を測る
「50℃、もう少し温度を下げないと」
玉露を入れるために適切な温度は50℃~60℃。
だけど、この玉露は上級の物その場合は40℃~50℃のお湯を入れて飲むのがいい。
なので、お湯の温度が60℃にならなければならない。
その訳は湯冷ましを行わなければないからだ。
移すごとに約10℃ずつ下がっていく。
自動で温度を調節してくれるポットは無い。
温度計を見ながら適切な温度になるのを待つ
しばらくすると温度が上がり
(60℃。うん。これぐらいで良いかな)
柄杓でお湯をすくい空っぽの急須に注ぎ蓋をあけたまま湯冷ましを行う
少し冷めてきたところで急須に入ったお湯を湯呑へそそぐ
空っぽになった急須に玉露の茶葉を茶杓一杯分入れる。
次に湯呑に入っていたお湯を再び急須に注ぎ蓋を閉じる
「何故、湯呑にお湯を入れたのかしら?」
「これを行う事で更に美味しさを引き立てるのです」
「私も紅も、茶器を先に温める事はしていませんでしたねぇ」
「ちょっとした手間をかける事でより美味しくなるんです。」
「美味しく飲むのが、茶葉を育てた人への恩返しだったかしら?」
「はい」
「んふふふ、心さんとは気が合いそうだわ」
「お風呂に入れてい頂いた時思ったのですが、やっぱり玉露様はお茶がお好きですよね?」
「国一のお茶好きよ~でも、心ちゃんがいたら私は二番目になってしまいそうだわ」
「そんなことないです!!お茶好きに一番も二番も関係ありませんから!!」
「やだ、どうしよう。心さんとてもいい子すぎて眩しいわ。」
玉露の目には心が輝いているように見える
嫌、実際に笑顔が輝いているのだけれども、道中は借りてきた猫のように大人しかったと言うのにお茶の事になると目の色が変わり積極的に話し始めている
「あ、そろそろ淹れても良いと思います」
ゆっくりと急須を手に持ち、心は二つ湯呑にお茶を淹れてゆく
最後の1滴まで淹れ終え湯呑を玉露に渡す
「どうぞ、お上がり下さい」
「あら、ご丁寧にありがとう」
受け取るとまずは香りを味わう
香りは文句のつけどころがないわね。
問題は、この後。
玉露はゆっくりとお茶を飲む
「・・・・・これは」
驚いた。ここに来る前に飲んだ物と同じ茶葉なのかと疑いたくなる
一つの手間を淹れる事でここまで変わるとは思いもしなかった。
「お口に合いませんでしたか?」
「その逆よ!!とっても美味しいわぁ!!」
「よかった、」
ホッと胸をなでおろす心
実の所、緊張しすぎて手が震えていた。
こんな大勢の人に囲まれてお茶を淹れるなんて経験が初めてだったからだ。
「この絶妙な甘味と渋みのバランスが良くとれたすっきりとしたさわやかな味・・
あぁ、これがこの茶葉本来の美味しさね。やっと味わえたわ」
美味しそうに飲んでいる玉露をみて心ももう一つの湯呑を手に取り口に入れた
「っ・・美味しい。さすがお茶の王様」
「ねぇねぇ、心さん。よかったら他のお茶も飲んでみたくなぁい?」
「飲みたいです!!」
「あらやだ!即答じゃない!」
「だって、工場の中には取っても素晴らしい茶葉が沢山ありましたもん!!」
「私が選びに選んだ腕のいい職人達ですものぉ。」
「あれだけ素晴らしい茶葉を作るのに時間がかかりましたよね?」
「そうなのよぉー!!私も戦に出てなかなか帰ってこれない時もあるからほとんどまかせっきりなのよねぇ。その間にどんどんと美味しい茶葉を作り上げてくれるのよぉ」
話がどんどんと弾む2人、恐らく周囲の人達の事を忘れているだろう。
さすがに、そろそろ止めなければ日が暮れても話し続けると感じた紅は
「大殿、そろそろお開きにしなければ茶筅様が」
「あら、まだ良いじゃないの」
「ですが、この女子の素性の調査も行わなければなりません」
「素性ならわかっているじゃない。」
「は?」
紅はこの人はすでに調べていると言うのかと驚いていたが
玉露の次の言葉で思いっきり顔を顰める
「心さんといって、私と同じお茶好きの女の子よ」
「・・・・・・・・・・・」
「やっだー!そんな顔をしたら女の子にもてないわよ」
「大殿!!私は真面目に言っているのですよ?!」
「私だって大真面目よ。」
「とにかく、素性が分かるまでどこかの部屋に・・」
「ねぇ、心さん私専用のお茶専門給仕にならないかしら?」
「大殿?!私の話を聞いていましたか?!それに、勝手な事を決めたら他の将や茶筅様が何と言うか!!」
「煩いわねぇ、ここの主は私よ?私が決めた事を誰が否定する権限があるの?」
「それは・・」
「心さん」
「は、はい」
「帰る家はあるのかしら?」
玉露が尋ねると心は首を横に振る
帰る場所なんてない。ここは自分がいた世界とは恐らく違う
帰り道なんてわからない。それに帰っても辛い日々を送るだけかもしれない
「それなら、ここで住み込みの給仕をお願いしたいわ」
「でも、その・・」
「何かしら?」
「お茶を淹れるだけで、そんな良くしてい頂いてわ」
「あら、お茶を淹れるのも立派な仕事よ。貴女がいないと私は軍議中に美味しいお茶が飲めなくて暴れちゃうもの。これは心さんにしか頼めない事なのよ」
ね?と笑顔を浮かべ心の頭を優しく撫でる
こんなにも優しく大きな手は初めてだった。
「と、言うわけで!!今から心さんの部屋は私の隣よ!!」
「大殿!!また勝手に!!」
「そうと決まれば、可愛い家具を揃えるわよ!!」
立ちあがった玉露は心を片手で抱きかかえると履物を素早く履くと
侍女たちを引きつれて家具の入れ替えの指示を出す
「大殿!!っ・・茶筅様がお聞きになったらお怒りになられますよ」
「もう、耳にしている」
うなだれている紅に声をかけてきたのは玉露の側近である茶筅
「あの、本当によろしいのですか?!素性が分からない物を屋敷に!!万が一、間者だったらどうするのですか?!
「大殿はあの女子の事を何と言っていた。」
「素性には見当がつくと・・ですがそれは」
「大殿がそう言っておられるであれば大丈夫であろう」
「茶筅様まで?!大殿と同じでお茶が好きな只の女子だと言うのですか?!」
「馬鹿を言うな。そう言わないとあの女子が恐がるからに決まっているからじゃろう。」
茶筅はため息を交えながら玉露の指示をまとめ手際よく進めていった。
「茶筅、」
「ハッ、何でございましょうか」
「私の部屋と心さんの部屋を行き来できるようにしておいてちょうだい」
「・・・・・・」
「やだ、何よその目!!」
「大殿、まだ幼い女子にお手付なさるおつもりではないでしょうね」
「そんなことしないわよ!!」
2人の会話を聞いていた心は、おそるおそる口を開く
「あ、の・・その、私こう見えて・・24でして」
「・・・え?」
玉露は驚き目を見開いていた
「・・・・これは、失礼しました。そのてっきりその」
「良いんです・・よく、間違われてはいましたから」
若く見られて嬉しいプラスに捉えるしかない
でも、大人の魅力がないという事実もある
複雑すぎる心境
「24ねぇー・・」
「大殿。」
「何かしら?」
「わかっておられるともいますが」
「んもう!わかっているわよー・・・・・今はね」
「最後何とおっしゃりましたか?」
「心さん、こっちのベットなんてどうかしら~」
「え、あの私は別に床でも」
「女の子がそんなこと言っちゃ駄目じゃない!!ちゃんとした場所で寝ないと駄目よ!!」
「でも、こんなにたくさんあったら選ぶ事は・・」
ベット多く並べられ、どれを選んでいいものか分からない。
それに、玉露にずっと抱えられているのも
どうやら私は理想の仕事には出会えたようだけども
「やーん!!こっちも素敵じゃない?」
「あ、あははは・・」
あ、思いだした。
タイムスリップによく似たもう一つの現象。
“トリップ”だ。
どうやら私は異世界にトリップして
玉露様のお茶専門給仕に採用されたようです。
ありがたい、のかな?
あははは・・・
また、仕事を辞めました。
理由はいつも同じ。
私はコミュニケーションがどうしても苦手
そして、打たれ弱いのです。
自分の陰口とか耳にしちゃうともう駄目なのです・・はい。
友達には普通に話をすることが出来る。心を許している部分もあるが
仕事という世界のでは周りの人と極力かかわりを持ちたくないのが本音。
だって、ニュースやドラマではイジメの原因は何気ない一言がきっかけとも聞く。
怖いじゃないそんなの、
はい。そんなわけで
これで四度目の職探しでございます。
家のパソコンで求人サイトを眺めながら
湯呑に入ったお茶を一口飲む
「っはぁー・・・気がめいった時に飲む高級茶は違う、体と心にしみる」
口に広がる甘味と柔らかな風味
湯呑には綺麗な緑が広がっている。
物心付いた時から何故かお茶が好きだった。
冬場はお茶とコタツとテレビがあれば何日でも過ごせる自身がある。
いやむしろ夏でも。
日本中の茶葉を調べては購入しお茶の入れ方を独学で今でも学んでいる。
中でも今飲んでいる“玉露”は日本のお茶の最高級品だ。
なかなか手を出せずにいたが、三度目の退職記念で本日、めでたく開封しました。
「どこも、資格がいる仕事ばっかり・・か、」
保育系の短大を卒業して保育所で働くも一年でやめた。
保育所が駄目なら。幼稚園!うん、そこも一年でやめました。
思いきって事務系に転職してみるもなかなかパソコンの書類作成のやり方が分からず
おぼえも悪かった。でもお茶の入れ方だけは褒められたので何とか2年は続いた。
が、やはりお茶の入れ方が良いだけでは給料はもらえない為、戦力外通告を出されました。
「正規じゃなくて派遣かパート・・」
空っぽになった湯呑に急須で再び注ぎ再び広がる一面の緑
口では前向きな事言ってもやはり、心はやはり悲しんでいる。
どうして自分はこんなにも欠点が多いのだろうか
お茶を美味しく入れること以外、自分は空っぽだ。
そういえば、最近恋もしてないな。
お茶以外で何かの為に何かを懸命に努力すると言う事をしていない気がする。
いつも途中であきらめてしまう事の方が多い。
「っ駄目!!駄目!!もしかしたら奇跡的にお茶くみ係という仕事があるかもしれない!!」
嫌、さすがに無いよね。
自分で言った事を自分で突っ込みながら、パソコンと睨めっこ
こんなことを続けながら1週間。
職業紹介所に通い何とか次の仕事先を見つけることが出来た。
小さな会社の備品係のバイト。
時給もそんなに高くはないが、ないよりマシだ。
こんな私を雇ってくれたことに感謝をしなければならない。
何より、こんなにも職を転々としていたら兄妹や両親にいい加減呆れられる
もとより私に期待なんてしていないだろうが
「よし、今日は早めに寝よう」
明日からいよいよ新しい職場。
緊張と不安、様々な物が混ざり合って吐き出しそう。
で眠れない。
考えるのは、ミスをするばかりの自分。
失敗は成功の元とは良く言うが、成功する人はごくわずかなような気がしてきた。
それは失礼か。
私だけの可能性もあるじゃない
その前に褒められた事はあったのかしら。
でも、褒められてもどうしても素直に受け取れない。
その裏で陰口を言っているのだろうと考えてしまうから
「卑屈な自分を変えられないかな」
どうやったら自分を変えれるのか。
自分から行動をしないと変わる事なんて出来ない
だけど、その一歩を踏み出すことが出来ない。
私の先には、不安しか広がらない
翌日
いつもより早く起床し新しい職場へ電車に乗って向かった
駅から歩いて数分。
都心から少し離れて畑が多い中
ポツンンと小さな会社が建っていた。
陶器の製造を行っている会社だ。女性従業員が少なくほとんどが男性が多い職場だ。
「よし、行こう!」
階段を上り会社の入り口まで行くが、
鍵がかかっていた。
出社時間までは時間があり誰も来ていなかったのだ。
「時計を確認しなさいよ私。
あと、30分もあるもんね・・下に降りてまってようかな」
小さなため息を付くとふわりと風に乗って良い香りがした
「え・・これ、」
その香りはまるで、三度目の退職記念で開封した“玉露”の香りだった
あたりを見渡すが茶畑なんてどこにもない
だけど、間違いなくこの香りは“玉露”特有の香りだ
私が嗅ぎ間違えるはずない
お茶の事に関してだけは自信があるもの。
いったいどこから
匂いをたどろうと、急ぎ階段を降りようとした
その時、足がもつれてしまい
「きゃぁああああああああああ!!!!」
階段からころがり落ちてしまった
ゴン!!
後頭部に鈍い音を立てたのが分かった
体が思うように動かない段々と意識が薄れていく
感触的に打ちどころは最悪の場所だ。
(あ、私はこれで終わるんだ。)
悲しいな、私の人生ってなんだったんだろ
でも、最期にあの“玉露”の香りに包まれるって幸せだな
瞼が重くなり、あたりが真っ暗になった。
不思議だな、意識ははっきりしてるんだもの。
“「・・・・ぎょ・・・・しょ・・・・ぐん」”
あれ、何か聞こえる
どこから聞こえるんだろ、その前にどうして人の声が
あ、そうか確か聴覚って死んでも少しの間だけ残っているって聞いた事あるこれがそうなのかな
“「・・・・・・さ、い」”
何?なんて言ってるの?
“「目を開けなさい、ちょっと!!」”
目を開けなさいと言われても、私は死んで目なんて開けられないんですよ
あれ?でも何だか違う。そう言えば、鈍い音はしたけど痛みがない
イヤイヤそんなまさか、と思いながら私はゆっくりと瞼を動かした
「・・・あれ?」
目を開けれないはずだったのに、何故か視界に男性を一人捕えていた。
それどころかなんか動いてる
視線を下に向けると馬の脚が見えた
あたりを見渡すと私が知っている景色ではなかった。
「あらー目が覚めたのかしら?んもう、戦を終えて屋敷に帰る途中、女の子が空から落ちてくるんだもん驚いちゃったわ」
「えっと・・・どちら様でしょうか」
口調は、オネェさん?
でも体格はしっかりしているから男の人だよね
それより、何で甲冑?
「殿。早くこの者を馬から降ろしてください。」
「そうですとも、急に空からなんて・・魔物の一種かもしれませんぞ」
男性の後ろから声が聞こえる
魔物って、私は普通の人間ですけど
その前にここは何処なの?
「んもう!貴方達がそんな怒った口調で言うからこの子が怯えているじゃないの。少し黙っていなさい。」
男性の一言で後ろにいた男達はなにも言わなくなった。
「ごめんなさいね、怖がらせちゃって。」
「ぁの・・」
(嫌、確かに怖いですけどそれ以上にいま、私のこの状況が恐いんですよ)
「もう、国内に入っているから心配しないでいいわよ。
今は国境なんて言う邪魔なものがあるけど、その内私がぜ―んぶ無くしてあげるからね」
「国境?ここは外国なんですか」
「あら貴女、“湯乃国”の出身じゃないのね」
「ゆ、の・・くに??」
聞いたことない国の名前だ。
その前に地名を聞くと日本に存在しそうな名前
どうやら海外ではなさそうだ。
でも、自分が知っている日本ではない。
閑静な住宅も煌びやかなビルもコンビニもない
タイムスリップでもしてしまったのだろうか
と非現実的な事を考えてしまった。以外にもこのような状況でも冷静な自分に少し驚いてしまう
「もうすぐ、私の屋敷につくからまずはその変わった着物から着替えましょうか」
男性は上機嫌で馬を走らせた
急に来る振動に驚き体を強張らせるが、男性がしっかりと心を抱きかかえていた
「少しスピードをあげるからしっかりと捕まっていなさいね」
「は・・・はぃ」
「んふふふ、いい子ね」
馬はどんどんスピードをあげていくと、大きな和風の門が見えた。
門をくぐると大きな屋敷、というより
日本のお城のような建物が見えた所で男性は馬を止めた。
「「「「お帰りなさいませ、大殿」」」」」」
屋敷から年配の男性が数十名の供をつれて広々とした玄関から現れた。
「茶筅(ちゃせん)すぐに、お風呂の用意をしてくれないかしら」
「用意はできております。大殿」
どうやら年配の名前は“茶筅”と言うらしい。
茶筅は男性の事を大殿と呼んでいた。
大殿って殿様の事だよね。この人偉い人なんだ
心は自分を抱えている男性を見上げる。
「あら、そんなに見つめられると恥ずかしいじゃないの」
「す、すいません」
慌てて下を向く心を余所に大殿と呼ばれた男性は心を抱えたまま馬から降りると茶筅の目の前までゆっくり歩み寄っていく
「この子を湯に入れてあげて、怪我はしてないと思うけど着物が破れて顔や髪も泥だらけなのよ」
言われるまで気がつかなかった
顔や髪を触ると確かに泥がついていた。
階段から落ちた時だろう。服が破れたのも恐らく
「すぐに着物を仕立ててあげて」
「ハッ、どのような物にいたしましょう」
「決まっているじゃない!とびっきり可愛いのよ!」
急に顔を覗きこまれて心。
間近で見る男性の顔は良く見ると、とても整った顔立ちをしていた。
髪も綺麗な茶色で瞳は深い緑の色
言葉遣いが女性なので一瞬女性とも取れなくもないが体は鍛え上げられ
身長も185以上は余裕であると見える。
現に周りにいる男性より体付きも身長も一回り大きい
「承知いたしました。ですが・・鷹の知らせではその女子」
怪しむようにそして冷たい視線を心に向ける茶筅に
ビクリと体が震えたのが分かる
(っ・・・怖い)
男性にギュッとしがみ付く
それ見気が付いた男性は心の頭を優しく撫でた
「大丈夫よ、そんなに怖がらないで。
ほら、茶筅がそんな恐い顔をするからこの子が恐がってるじゃない」
「大殿は女子に甘すぎます。知らせを聞く限り“忍軍”に知らせるべき案件だと思われますぞ」
「い・や・よ。それに、あれなら知らせなくても耳に入っているわよ」
「・・・・・承知いたしました。」
「なによーその顔は文句があるなら言ってみなさい。」
「何を言っても大殿は我々の言う事は聞かないのでね。さ、お嬢さん湯澱はこちらです」
茶筅が屋敷に入るように手招きをする
先ほどの冷たい目が忘れられず、なかなか男性から離れられない
「やだ、どうしましょう茶筅。私から離れたくないみたいなの」
「大殿がいつまでも抱きかかえているからです。いい加減降ろして差し上げたらどうですか」
「だって抱き心地がいいんですもの~そうだ!一緒にお風呂に入ろうかしら」
「駄目に決まっているではありませんか。口調は女子のようでも貴方様は立派な男子でございます。おまけに嫁入り前の女子となんて持っても他!!お前達大殿を抑えていろ!」
「「「「御意!」」」」
「侍女頭を呼んで女子を大殿から引き離せ」
「ちょっと!!お風呂ぐらい良いじゃなーい!!」
という言葉にその場にいた全員が
“駄目に決まっているでしょうがぁ!!!”
屋敷中にその声が響き渡ったのだった。
「・・・・・・・お風呂とっても広い」
嫌、広すぎるでしょう。温泉旅館か何か?
外観は日本の城だったけど、中はどちらかというと洋風だった
タイムスリップで大昔の日本に来たとしたら可笑しい物が城の中にありすぎた
洋風の内装もだが、何より電気もあり
(電話もあったよね)
脱衣場らしき場所に洋風の電話が置いてあったのだ
心はそんな時代が日本にあっただろうかと考える
こんなに発展をしていた時代があれば絶対に教科書に載っているはず
記憶をたどるが授業で教わった記憶はない。
だとしたらここは一体どこなのだろうか
なんだっけ、ほらタイムスリップと似たような感じの言い方
「考えるだけで疲れてきちゃう」
深いため息が響く
「でも、お風呂は気持ち良い。それにこの匂い緑茶?もしかしてお茶風呂?!」
なんて贅沢。憧れてたお茶風呂が味わえるなんて
緑茶風呂は確か、美肌効果があったよね
タイムスリップだろうがなんだろうがもういいや
この緑茶風呂を堪能しないとね
心は両手でお湯をすくい匂いを堪能したのであった
余りにもお風呂から出てこない心を心配し慌てて待機をしていた侍女達に無理やり湯から出され、用意されていた着物に着替えさせられた
本音を言うとも少しお風呂を堪能したかった
「さ、出来ましたよ」
「あ、りがとうございます」
鏡に映る自分を見る。着物と言っていたのでてっきり日本でよく見る着物を想像していたが、これはどちらかというと中国の時代ドラマや映画で見たことあるような着物だ
ますます、ここがどういう所が分からなくなってきた。
「ささ、大殿がお待ちですよ」
「大殿様ったらこんな可愛らしいお嬢さんをどこで見つけてきたのかしらね」
侍女たちに背を押されながら長い廊下を歩く
まるで囚人にでもなったかのようだ、後ろにはこの屋敷の侍女達がぞろぞろ歩いてきている。案内をしてくれている人物はこの侍女たちを束ねる人
会話も無くただゾロゾロ歩くだけ
居心地がいいかと聞かれると、良くないです
落ち着かなくてあたりをキョロキョロみてしまう、窓から見える景色が視界にうつり
思わず足を止めた
「どうなさいましたか?」
一人の侍女が声をかける。
だが、心は窓の外の景色をジッと見つめて一歩も動こうとしなかった。
不思議に思った侍女たちは心の視線を追い、その先にある物に気が付き
「あ、アレはですね」
と、説明を始めたのだった。
・・・・・
「可笑しいわねぇ」
広間で空から落ちてきた女の到着を待っているこの屋敷の主
自信も戦帰りであっため屋敷にあるもう一つの湯澱に浸かり身支度を整えたのだ
ゆっくりと話を聞こうと思っていたが、二時間まっても来ないのだ。
「大殿、まさかと思いますが。他国の間者ではないでしょうか」
「あら、どうしてそうだと思いますの?紅」
紅と呼ばれた青年は湯呑にお茶を注ぎ、主に湯呑を渡した
「あの妙な衣服を身につけておりました。この国の物だとは到底思えません」
「あら、似たような衣服なら川を挟んだ向こうも似た服装をしている奴らがいるじゃない」
「確かにそうですが、」
「あの子がどこから来たのか、大体の検討がついていから大丈夫よ」
男は湯呑に入ったお茶を一口飲むと、渋い顔をした
「すみません、やはり駄目でしょうか」
「美味しいのよ、でも・・もっと美味しくなるんじゃないかなと思ってね」
「大殿が自ら育てた茶樹で作った茶葉だと言うのに上手く入れることができずに・・申し訳ありません」
「謝らなくていいのよ。まだまだ私も勉強不足なだけよ」
「私も日々研究をしているのですが」
湯呑を机に置き自ら育てる茶樹が見渡せる窓辺へ歩み寄ると
「あら?」
「どうかなさいましたか、大殿」
紅も窓辺へ歩み寄ると
そこには侍女達が集まっていた
「侍女たちはいったい何を・・私が見てまいります」
「いいえ、私が行くわ」
「大殿が行かずとも」
「あのお嬢さんがいるみたいだからね」
男は部屋を出て茶樹畑へと向かうと後を追い紅も付いて行く
「一体何の騒ぎですのぉ」
「大殿様?!」
男の存在に気がつき侍女たちは膝を付く
「お嬢様がどうしても見たいとおっしゃりましたので」
「あら、あの子が?」
「はい」
「それで、今は何処に?」
「茶葉を製造する場所へ」
男はその話を聞き、茶葉工場へと向かっていたのだった
・・・・・・
「こ、こんな、す、素晴らしい茶葉をみたのは初めてです!!」
「お、嬢ちゃん良い目をしてるじゃぁねぇの。」
窓から茶畑を見つけた心はどうしても間近でみてみたくなり、侍女達に頼み少しだけ立ちよらせてもらったのだ。見事な茶畑に感動していると、香りにつられて近くの工場の中へそこは茶葉を製造する工場だった。
「これは番茶、こっちはほうじ茶・・」
匂いだけで茶葉の種類を言い当てていく心に職人達が集まり始めた。
「目だけじゃなくて鼻もいいじゃねぇか!!次はこれを当ててみろ!!」
一人の職人が綺麗な深い緑色をした茶葉が入った箱を心に渡した
「おい、それは大殿専用の茶葉じゃねぇか!!」
「お前、このお嬢さんにあてられて悔しいんだろ」
周囲はその職人に軽蔑のまなざしを向ける
「見事当てることが出来たらこの茶葉をやるよ。」
「本当ですか?!」
職人から茶葉が入った箱を受け取り、茶葉の色合いそして匂いを嗅ぐ
「この香り、そして・・独特の茶葉の形。うん間違いなと思います」
お茶の中でも最も貴重で高価
つい最近、三度目の退職祝いで開封したあの茶葉
「“玉露”です」
心が答えると職人達は驚き目を見開いた
当てられるはずがない。この茶葉の存在を知るのはここの職人と給仕、側近の将達。
「ぇ、あの・・違いましたか?」
答えたが誰も反応しないため心は不安になってきた
自信満々に答えてハズレだったら恥ずかしくてたまらない
あれだけお茶に関する事なら自信があるなんて言っていたのに
あぁ・・どうしようこれは
「だ~い正解よん」
入り口から声が聞こえた
心や職人達は声がする方へ振り返る
「「「「大殿!!」」」」
「はぁ~い、みんな元気にしてた~
んもう!それよりなかなか私の所に来ないから心配してたのよ?」
「あ、えっと・・その、すいません。勝手に、その・・」
「やだ、その着物にあってるじゃない!茶筅にしては良いセンスをしているわぁ」
「あり、がとうございます」
少し照れている心を見てフッと笑みを浮かべる男性
「それにしても。貴女、良くこの茶葉の名前を当てられたわね」
「この、茶葉の色合いと香りは間違えようがありませんから。
これを作り上げるのにどれだけの人が苦労をしたか」
愛しむように玉露の茶葉を見つめる
たかがお茶だと、言うかもしれない。だけどそのお茶一杯の為にいろんな人が愛情をこめて育てているのだ。それを美味しく飲むことが職人さんへの最大の恩返し
「愛情をこめて育て、作った茶葉を美味しく飲むことが最大の恩返しです。
それにしても、この玉露を見ていると幸せな気持ちになります」
「やだぁ、何だか照れちゃうわぁ」
「どうしてですか?」
「お嬢ちゃん。その茶葉は、大殿自らが茶樹を選び育て製造方法を考えた茶葉なんよ。余りにも出来が良くて大殿はご自分の名前を付けたんだよ」
「え?」
職人から耳打ちされて驚き、茶葉と目の前にいる男性もと言い“玉露”を交互に見つめる
「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね。私の名前は玉露(ぎょくろ)って言うの。よろしくね」
「あ、えっと・・焙治 心と申します」
「心さんっていうのね、可愛い名前ね」
「ありがとうございます。」
何だか少し照れてしまう。
この人の名前は玉露さんって言うんだ。
あ、でも大殿様だから玉露様って呼んだ方が良いよね。
うん。それよりもこの茶葉頂いていいのかな
だって正解したもん。もらっていいよね
出来るなら今すぐに飲みたい。
「あの、ぎょ、くろ・・さま」
「ん?なぁに」
「正解したのでこの茶葉、」
「えぇ、もちろん差し上げるわよ」
その言葉を待っていましたと言わんばかりに心はあたり見渡す
お湯と急須と湯呑は無いだろうか、出来るなら温度計も
「あらあら、そわそわしちゃって可愛いわね。貴女その茶葉でお茶を入れたことがあるのかしら?」
「はい、」
「この玉露の入れ方は難しいでしょ?」
「どのお茶もお湯の温度やお湯の注ぎ方で味が変わるので難しいんですよね。特に、この“玉露”の入れ方は細心の注意をしないと、甘味と渋みのバランスが良くとれたすっきりとしたさわやかな味わいが台無しになってしまいますから。美味しく入れるためにはそれなりの手間をかけないと駄目です。」
「手間、ね・・なるほど」
玉露は腕を組み心をジッと見つめると
「・・・・紅」
「ハッ、」
「お湯を沸かし、急須と湯呑を二つ。」
「すでに、侍女に取りに行かせております」
「まぁ、仕事が早いわね」
「大殿ならそうおっしゃると思い」
「さて、心さん用意はこれだけでいいかしら?」
「あの、お湯の温度を測る物ってありますか?」
「あるわよ。この工場にあったはずよね?」
玉露は職人に渡すように視線を送る
「お嬢ちゃんこれでいいかい?」
長細い温度計を心に渡す
「大殿、外に用意が整いました」
「心さん、いらっしゃい」
「はい」
玉露に手招きされ工場の外へでると
茶席の用意が整っていた。
心は驚きながら目をパチクリさせていた
何だか、抹茶を入れるような気分。あ、違う抹茶は点てるって言うんだった。
一度でいいから私も抹茶を点ててみたいな
「どうかしたのかしら?」
「いえ、こんな素敵な場所でお茶を飲めるなんて贅沢だなって思って」
「そうですねぇ、茶畑を見ながら飲むお茶は最高ですからね」
玉露は履物を脱ぎ赤い色の毛氈で正座した
心も同じように毛氈に上がり座ると用意されたお湯と急須、小ぶりの湯呑が目の前に置かれた
手の持っていた玉露の茶葉を置くと
先ほど手渡された温度計でお湯の温度を測る
「50℃、もう少し温度を下げないと」
玉露を入れるために適切な温度は50℃~60℃。
だけど、この玉露は上級の物その場合は40℃~50℃のお湯を入れて飲むのがいい。
なので、お湯の温度が60℃にならなければならない。
その訳は湯冷ましを行わなければないからだ。
移すごとに約10℃ずつ下がっていく。
自動で温度を調節してくれるポットは無い。
温度計を見ながら適切な温度になるのを待つ
しばらくすると温度が上がり
(60℃。うん。これぐらいで良いかな)
柄杓でお湯をすくい空っぽの急須に注ぎ蓋をあけたまま湯冷ましを行う
少し冷めてきたところで急須に入ったお湯を湯呑へそそぐ
空っぽになった急須に玉露の茶葉を茶杓一杯分入れる。
次に湯呑に入っていたお湯を再び急須に注ぎ蓋を閉じる
「何故、湯呑にお湯を入れたのかしら?」
「これを行う事で更に美味しさを引き立てるのです」
「私も紅も、茶器を先に温める事はしていませんでしたねぇ」
「ちょっとした手間をかける事でより美味しくなるんです。」
「美味しく飲むのが、茶葉を育てた人への恩返しだったかしら?」
「はい」
「んふふふ、心さんとは気が合いそうだわ」
「お風呂に入れてい頂いた時思ったのですが、やっぱり玉露様はお茶がお好きですよね?」
「国一のお茶好きよ~でも、心ちゃんがいたら私は二番目になってしまいそうだわ」
「そんなことないです!!お茶好きに一番も二番も関係ありませんから!!」
「やだ、どうしよう。心さんとてもいい子すぎて眩しいわ。」
玉露の目には心が輝いているように見える
嫌、実際に笑顔が輝いているのだけれども、道中は借りてきた猫のように大人しかったと言うのにお茶の事になると目の色が変わり積極的に話し始めている
「あ、そろそろ淹れても良いと思います」
ゆっくりと急須を手に持ち、心は二つ湯呑にお茶を淹れてゆく
最後の1滴まで淹れ終え湯呑を玉露に渡す
「どうぞ、お上がり下さい」
「あら、ご丁寧にありがとう」
受け取るとまずは香りを味わう
香りは文句のつけどころがないわね。
問題は、この後。
玉露はゆっくりとお茶を飲む
「・・・・・これは」
驚いた。ここに来る前に飲んだ物と同じ茶葉なのかと疑いたくなる
一つの手間を淹れる事でここまで変わるとは思いもしなかった。
「お口に合いませんでしたか?」
「その逆よ!!とっても美味しいわぁ!!」
「よかった、」
ホッと胸をなでおろす心
実の所、緊張しすぎて手が震えていた。
こんな大勢の人に囲まれてお茶を淹れるなんて経験が初めてだったからだ。
「この絶妙な甘味と渋みのバランスが良くとれたすっきりとしたさわやかな味・・
あぁ、これがこの茶葉本来の美味しさね。やっと味わえたわ」
美味しそうに飲んでいる玉露をみて心ももう一つの湯呑を手に取り口に入れた
「っ・・美味しい。さすがお茶の王様」
「ねぇねぇ、心さん。よかったら他のお茶も飲んでみたくなぁい?」
「飲みたいです!!」
「あらやだ!即答じゃない!」
「だって、工場の中には取っても素晴らしい茶葉が沢山ありましたもん!!」
「私が選びに選んだ腕のいい職人達ですものぉ。」
「あれだけ素晴らしい茶葉を作るのに時間がかかりましたよね?」
「そうなのよぉー!!私も戦に出てなかなか帰ってこれない時もあるからほとんどまかせっきりなのよねぇ。その間にどんどんと美味しい茶葉を作り上げてくれるのよぉ」
話がどんどんと弾む2人、恐らく周囲の人達の事を忘れているだろう。
さすがに、そろそろ止めなければ日が暮れても話し続けると感じた紅は
「大殿、そろそろお開きにしなければ茶筅様が」
「あら、まだ良いじゃないの」
「ですが、この女子の素性の調査も行わなければなりません」
「素性ならわかっているじゃない。」
「は?」
紅はこの人はすでに調べていると言うのかと驚いていたが
玉露の次の言葉で思いっきり顔を顰める
「心さんといって、私と同じお茶好きの女の子よ」
「・・・・・・・・・・・」
「やっだー!そんな顔をしたら女の子にもてないわよ」
「大殿!!私は真面目に言っているのですよ?!」
「私だって大真面目よ。」
「とにかく、素性が分かるまでどこかの部屋に・・」
「ねぇ、心さん私専用のお茶専門給仕にならないかしら?」
「大殿?!私の話を聞いていましたか?!それに、勝手な事を決めたら他の将や茶筅様が何と言うか!!」
「煩いわねぇ、ここの主は私よ?私が決めた事を誰が否定する権限があるの?」
「それは・・」
「心さん」
「は、はい」
「帰る家はあるのかしら?」
玉露が尋ねると心は首を横に振る
帰る場所なんてない。ここは自分がいた世界とは恐らく違う
帰り道なんてわからない。それに帰っても辛い日々を送るだけかもしれない
「それなら、ここで住み込みの給仕をお願いしたいわ」
「でも、その・・」
「何かしら?」
「お茶を淹れるだけで、そんな良くしてい頂いてわ」
「あら、お茶を淹れるのも立派な仕事よ。貴女がいないと私は軍議中に美味しいお茶が飲めなくて暴れちゃうもの。これは心さんにしか頼めない事なのよ」
ね?と笑顔を浮かべ心の頭を優しく撫でる
こんなにも優しく大きな手は初めてだった。
「と、言うわけで!!今から心さんの部屋は私の隣よ!!」
「大殿!!また勝手に!!」
「そうと決まれば、可愛い家具を揃えるわよ!!」
立ちあがった玉露は心を片手で抱きかかえると履物を素早く履くと
侍女たちを引きつれて家具の入れ替えの指示を出す
「大殿!!っ・・茶筅様がお聞きになったらお怒りになられますよ」
「もう、耳にしている」
うなだれている紅に声をかけてきたのは玉露の側近である茶筅
「あの、本当によろしいのですか?!素性が分からない物を屋敷に!!万が一、間者だったらどうするのですか?!
「大殿はあの女子の事を何と言っていた。」
「素性には見当がつくと・・ですがそれは」
「大殿がそう言っておられるであれば大丈夫であろう」
「茶筅様まで?!大殿と同じでお茶が好きな只の女子だと言うのですか?!」
「馬鹿を言うな。そう言わないとあの女子が恐がるからに決まっているからじゃろう。」
茶筅はため息を交えながら玉露の指示をまとめ手際よく進めていった。
「茶筅、」
「ハッ、何でございましょうか」
「私の部屋と心さんの部屋を行き来できるようにしておいてちょうだい」
「・・・・・・」
「やだ、何よその目!!」
「大殿、まだ幼い女子にお手付なさるおつもりではないでしょうね」
「そんなことしないわよ!!」
2人の会話を聞いていた心は、おそるおそる口を開く
「あ、の・・その、私こう見えて・・24でして」
「・・・え?」
玉露は驚き目を見開いていた
「・・・・これは、失礼しました。そのてっきりその」
「良いんです・・よく、間違われてはいましたから」
若く見られて嬉しいプラスに捉えるしかない
でも、大人の魅力がないという事実もある
複雑すぎる心境
「24ねぇー・・」
「大殿。」
「何かしら?」
「わかっておられるともいますが」
「んもう!わかっているわよー・・・・・今はね」
「最後何とおっしゃりましたか?」
「心さん、こっちのベットなんてどうかしら~」
「え、あの私は別に床でも」
「女の子がそんなこと言っちゃ駄目じゃない!!ちゃんとした場所で寝ないと駄目よ!!」
「でも、こんなにたくさんあったら選ぶ事は・・」
ベット多く並べられ、どれを選んでいいものか分からない。
それに、玉露にずっと抱えられているのも
どうやら私は理想の仕事には出会えたようだけども
「やーん!!こっちも素敵じゃない?」
「あ、あははは・・」
あ、思いだした。
タイムスリップによく似たもう一つの現象。
“トリップ”だ。
どうやら私は異世界にトリップして
玉露様のお茶専門給仕に採用されたようです。
ありがたい、のかな?
あははは・・・
0
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確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
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