18 / 28
下宿の仲間
しおりを挟む
「ただいま戻りましたー」
夕方に帰宅し、下宿の玄関から奥へ声をかける。
入ってすぐに机と椅子が並ぶダイニングがあり、カウンターの向こうがキッチン。そこで大家の女性が日がな一日、溶けている。
「夕飯にプナンを買ってきたんですけど、少し食べます?」
「・・・・・・食べぅ」
寝ぼけた声が返ってきた。
せっかくきれいな赤い髪も乱れて、今日も今日とてお酒臭い。
私は帰りに屋台で買ってきた軽食をカウンターに一つおき、自分の分はダイニングのテーブルに置いた。
そして二階の自室に行き、装備一式を外して、シャツとズボンだけの姿になり下に降りる。
その間に、ダイニングのテーブルには一人増えていた。
藍色の髪を肩口でまっすぐ切りそろえている、黒い瞳のきれいな女の子。同じ下宿にいる冒険者のキッカだ。
「よーっす、お疲れリズー」
「お疲れー」
キッカは私と同い年で、私より三ヶ月くらい早く冒険者になった。つまりは駆け出し仲間。この下宿に来て最初の日にもう打ち解けた。
彼女は魔法使いで、武器には紫色の宝石がはめ込まれた長い杖を使っている。今は彼女も私と似たような寛いだ格好をしていた。
「リズもプナン? 具は?」
「バガルシア風ソース野菜たっぷり卵焼き。キッカのは?」
「ビードゥー豆のスパイス炒め。これあたしのお気に入り」
「えっ、おいしそう。どこの屋台で買ったの?」
「北通りのほう。道沿いに探せばあるよ」
「今度行ってみる。一口交換しよ?」
「いいよー」
プナンは、薄い小麦の生地に野菜や卵などいろんな具材を挟み込んだもの。専門の屋台には具材がたくさん並べられ、自分好みにいくらでもカスタマイズができる。また屋台によって具の種類も違うのだ。
夕飯は外食が基本ではあるが、たまにこうして買ってきて、下宿の人たちと一緒に食べたりもする。お互いにささやかな情報交換ができる大事な時間。
「リズは今日なんのクエスト?」
「今日は防具屋に行ってきただけ。鎧に魔物の皮を張って強化してもらってきたの」
イーヴォさんを護衛した報酬だ。クエストから帰ってきて翌日にはもう、弟子のカヤさんが作業に取りかかってくれた。
オシクスという魚型の魔物の皮は、青と白のグラデーションのきれいな色をしていた。ナイフを刺しても刃が滑り、耐火性・耐水性もあるという。改造のお値段は素材代だけの大銀貨一枚で済んだ。ありがた過ぎる。
それもこれもワントさんのおかげ。
そのことをキッカにも話すと、なぜかものすごく変な顔をされた。
「……リズさぁ、その竜人の人とばっかりクエスト行ってない? もしかして」
「うん。だって毎回誘ってくれるんだもん」
「よっぽど気に入られてるんじゃん。いいなあ! あたしも手取り足取り面倒みられてえ~」
机の下で足をバタバタさせて、全力で羨ましがられた。
無理もない。私も運に恵まれている自覚はある。逆の立場だったら同じこと言ってる。
「一人クエストはつらいのよ……やっぱ魔法使いとしては、前衛タイプの人と組みたいじゃん? 弓使いのリズもそうだろうけどさあ」
「だね。ワントさんはバリバリの前衛でめっちゃ守ってくれるよ。新人の面倒みるの慣れてるんだって」
「だったらあたしの面倒もみてくれよー」
「頼んでみたら? ギルド所属だけど、残飯処理でよく協会にも来るんだよ。快く付き合ってくれると思う」
「ほんとに? リズだけじゃないの?」
疑わしそうな目を向けられる。何を疑われているんだ。
「まさか。ワントさんは誰にでも優しいよ」
「そう?」
「なわけねぇだろぉが」
急に、酔い潰れていた大家のネラさんが、怪しい呂律で会話にまざった。
「下心なしに優しくする男なんてぇ、いるわけねぇっつーの」
「それは偏見なんじゃ」
「黙れ小娘。こちとらぁ、あんたよりもみくちゃの人生経験してんのよぉ」
なんとなくそれは言われなくてもわかる。じゃなきゃ一日中酔っぱらっていられないと思う。
瓶から私が汲んであげた水を飲み、プナンを一口齧ると、ネラさんは少しだけ持ち直った。
「――ま、あんたらみたいな小娘の新人は、皮を剥いてある果物みたいにお手軽なのよ」
「キッカ意味わかる?」
「食べやすいってことじゃない?」
「あぁ……私はそういう対象になってないと思いますけど」
「だからそうやって自己評価低く油断してるから嵌めやすいって話をしてんのよ」
「はあ」
説教されてもいまいちピンとこない。
種族の違いを抜きにしても、私とワントさんじゃ体格差的に親子みたいにしかならないのに。アンリさんだって、ワントさんはただの優しい人だと言っていたし。下心などありそうに思えない。
「それでも役に立つなら上手に利用してみなさい。うまーくエサをぶら下げてね」
「そっちのほうが悪者じゃないですか」
「善悪の話はしてないの。世の中よく頭を使ったやつが得するの。太古の昔から決まってんの」
ネラさんは断言する。
彼女もずっと昔は冒険者をしていたらしいので、色々あったんだろう。
でもワントさんは絶対そんな気ないと思うけどな。連続で誘われたのはたまたまであって。イーヴォさんたちの護衛の後、次のクエストについては特に約束してないし。ワントさんだって新人教育と残飯クエストばっかりやっていられるわけじゃないだろう。
ということでネラさんのぐだぐだ続くお説教を半分は聞き流し、食事を終えたらキッカと一緒にお風呂に入りに行き、その日も早めに寝た。
夕方に帰宅し、下宿の玄関から奥へ声をかける。
入ってすぐに机と椅子が並ぶダイニングがあり、カウンターの向こうがキッチン。そこで大家の女性が日がな一日、溶けている。
「夕飯にプナンを買ってきたんですけど、少し食べます?」
「・・・・・・食べぅ」
寝ぼけた声が返ってきた。
せっかくきれいな赤い髪も乱れて、今日も今日とてお酒臭い。
私は帰りに屋台で買ってきた軽食をカウンターに一つおき、自分の分はダイニングのテーブルに置いた。
そして二階の自室に行き、装備一式を外して、シャツとズボンだけの姿になり下に降りる。
その間に、ダイニングのテーブルには一人増えていた。
藍色の髪を肩口でまっすぐ切りそろえている、黒い瞳のきれいな女の子。同じ下宿にいる冒険者のキッカだ。
「よーっす、お疲れリズー」
「お疲れー」
キッカは私と同い年で、私より三ヶ月くらい早く冒険者になった。つまりは駆け出し仲間。この下宿に来て最初の日にもう打ち解けた。
彼女は魔法使いで、武器には紫色の宝石がはめ込まれた長い杖を使っている。今は彼女も私と似たような寛いだ格好をしていた。
「リズもプナン? 具は?」
「バガルシア風ソース野菜たっぷり卵焼き。キッカのは?」
「ビードゥー豆のスパイス炒め。これあたしのお気に入り」
「えっ、おいしそう。どこの屋台で買ったの?」
「北通りのほう。道沿いに探せばあるよ」
「今度行ってみる。一口交換しよ?」
「いいよー」
プナンは、薄い小麦の生地に野菜や卵などいろんな具材を挟み込んだもの。専門の屋台には具材がたくさん並べられ、自分好みにいくらでもカスタマイズができる。また屋台によって具の種類も違うのだ。
夕飯は外食が基本ではあるが、たまにこうして買ってきて、下宿の人たちと一緒に食べたりもする。お互いにささやかな情報交換ができる大事な時間。
「リズは今日なんのクエスト?」
「今日は防具屋に行ってきただけ。鎧に魔物の皮を張って強化してもらってきたの」
イーヴォさんを護衛した報酬だ。クエストから帰ってきて翌日にはもう、弟子のカヤさんが作業に取りかかってくれた。
オシクスという魚型の魔物の皮は、青と白のグラデーションのきれいな色をしていた。ナイフを刺しても刃が滑り、耐火性・耐水性もあるという。改造のお値段は素材代だけの大銀貨一枚で済んだ。ありがた過ぎる。
それもこれもワントさんのおかげ。
そのことをキッカにも話すと、なぜかものすごく変な顔をされた。
「……リズさぁ、その竜人の人とばっかりクエスト行ってない? もしかして」
「うん。だって毎回誘ってくれるんだもん」
「よっぽど気に入られてるんじゃん。いいなあ! あたしも手取り足取り面倒みられてえ~」
机の下で足をバタバタさせて、全力で羨ましがられた。
無理もない。私も運に恵まれている自覚はある。逆の立場だったら同じこと言ってる。
「一人クエストはつらいのよ……やっぱ魔法使いとしては、前衛タイプの人と組みたいじゃん? 弓使いのリズもそうだろうけどさあ」
「だね。ワントさんはバリバリの前衛でめっちゃ守ってくれるよ。新人の面倒みるの慣れてるんだって」
「だったらあたしの面倒もみてくれよー」
「頼んでみたら? ギルド所属だけど、残飯処理でよく協会にも来るんだよ。快く付き合ってくれると思う」
「ほんとに? リズだけじゃないの?」
疑わしそうな目を向けられる。何を疑われているんだ。
「まさか。ワントさんは誰にでも優しいよ」
「そう?」
「なわけねぇだろぉが」
急に、酔い潰れていた大家のネラさんが、怪しい呂律で会話にまざった。
「下心なしに優しくする男なんてぇ、いるわけねぇっつーの」
「それは偏見なんじゃ」
「黙れ小娘。こちとらぁ、あんたよりもみくちゃの人生経験してんのよぉ」
なんとなくそれは言われなくてもわかる。じゃなきゃ一日中酔っぱらっていられないと思う。
瓶から私が汲んであげた水を飲み、プナンを一口齧ると、ネラさんは少しだけ持ち直った。
「――ま、あんたらみたいな小娘の新人は、皮を剥いてある果物みたいにお手軽なのよ」
「キッカ意味わかる?」
「食べやすいってことじゃない?」
「あぁ……私はそういう対象になってないと思いますけど」
「だからそうやって自己評価低く油断してるから嵌めやすいって話をしてんのよ」
「はあ」
説教されてもいまいちピンとこない。
種族の違いを抜きにしても、私とワントさんじゃ体格差的に親子みたいにしかならないのに。アンリさんだって、ワントさんはただの優しい人だと言っていたし。下心などありそうに思えない。
「それでも役に立つなら上手に利用してみなさい。うまーくエサをぶら下げてね」
「そっちのほうが悪者じゃないですか」
「善悪の話はしてないの。世の中よく頭を使ったやつが得するの。太古の昔から決まってんの」
ネラさんは断言する。
彼女もずっと昔は冒険者をしていたらしいので、色々あったんだろう。
でもワントさんは絶対そんな気ないと思うけどな。連続で誘われたのはたまたまであって。イーヴォさんたちの護衛の後、次のクエストについては特に約束してないし。ワントさんだって新人教育と残飯クエストばっかりやっていられるわけじゃないだろう。
ということでネラさんのぐだぐだ続くお説教を半分は聞き流し、食事を終えたらキッカと一緒にお風呂に入りに行き、その日も早めに寝た。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。
発端は彼女の父親が行方不明となり、叔父である父の弟が公爵邸に乗り込んで来たこと。
何故か叔父一家が公爵家の資産に手を付け散財するが、祖父に相談してもコロネに任せると言って、手を貸してくれないのだ。
そもそも父の行方不明の原因は、出奔中の母を探す為だった。その母には出奔の理由があって…………。
残された次期後継者のコロネは、借金返済の為に事業を始めるのだ。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる