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変化
第十四話 変化5
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「駿河総一郎よ」
「なんですか?」
「あの女が前に言っていた日本一うるさい人か」
駿河はノートをめくる手を止めた。
「よく覚えてくれてましたね。そうですよ」
「お前みたいなおとなしい奴とは正反対だな」
「よく言われます。まぁ、彼女とは腐れ縁といったところでしょうか」
「幼馴染なのか?」
「いえ、彼女とは大学入試の時に出会ったので、まだ半年くらいですかね」
「半年であの距離感なのか」
「実はそうなんですよ。桂さんは出会った時からああいう人でした。あの時、桂さんは試験直前に筆記具を紛失して、かなりテンパってた状態でしたが」
「出会いから苦労してそうだな」
「ああいう感じですが、悪い人ではないですよ。ちょっと素直すぎるんです」
「よく見ているんだな、桂咲のことを」
「同じ学科で、実はマンションの部屋も隣でして。嫌でも交流する状態です」
そう言う駿河はどこか楽しそうだ。
「桂さんも神楽小路くんの小説読んでましたよ。読み終わって、『これを超える』って騒いでました」
神楽小路は自分の書いた作品があらゆるところで読まれていることに、内心驚いていたが、大学の課題とはいえ、提出すればある意味「世に出す」ということなのだろうと改めて感じた。
「桂さんは読書量の多さと、一度制作に取りかかった際の集中力は恐ろしささえ感じますよ。悲しいのは尻に火がつかないと行動しないんですけど」
「ふむ。仲良くはしないがお前がそこまで言うのなら、桂咲のことは覚えておこう」
「君彦様、おかえりなさいませ」
玄関の扉が開かれると、十人ほどのメイドが両脇に立ち、彼を出迎えた。
「カバンをお預かりいたします」
「ああ。……あ、ちょっと待て」
渡しかけたカバンの中から黒革の手帳を取り出した。手帳を片手に食堂へ向かう。
食堂には晩ご飯がすでにセッティングされていた。
「本日は、サラダ、マッシュルームのスープ、ハンバーグとライスでございます。お飲み物は水でよろしいですか?」
「かまわない」
調理担当者からメニューを聞くと、手帳に書きこんでから食事を始める。
今日は第二回の新聞の提出であった。
「神楽小路くんの端的で歯に衣着せぬ感想と、佐野さんの調理する面での体験談を含めた文。良かったよ。それにしても、佐野さんの食に対する熱さと、神楽小路くんの冷静な感想は正反対なところがおもしろいね。最終の三回目もがんばってね」
という感想を教授からいただいた。佐野はずっと「良かったね、良かったね」と喜んでいた。
(本人には言わなかったが、佐野真綾はよくやったと思う)
文章の見直しもそうだが、自分の強みを出してきた。どうやら彼女は料理ができるらしい。その実体験も踏まえつつ、エッセイ風に仕上げたのだ。初めて母親から教えてもらったインスタントラーメンの作り方。作るのに慣れてくると、自分でラーメンに合う具材を探したり、それを弟に食べさせてみたり、佐野の食への原点が書かれていた。
一品ずつゆっくり味わう。今までは何も考えず、ただ食べていた。料理が出来ないため、どういう食材が入っていて、どういった調理方法なのかはわからない。食べた時の味の好み、焼き加減、食感。自分がわかる範囲で、食後、手帳に感想を書き留める。
(俺も料理が出来たなら、もっと違う言葉が出てくるだろうに)
そう興味を持たせるほど、今回の佐野の文章は神楽小路にも影響を与えた。
「君彦様、最近食前と食後にそちらの手帳に何を書かれているのですか?」
神楽小路家に長らく使えている執事長の芝田が訊ねた。芝田は神楽小路君彦がこの世に生を受けた日もこの家にいた。ゆえに、人と話さず、学校にもほとんど通わず、自宅に引きこもっていたことも、全て見てきた。彼にとっては、両親よりも長くそばにいる、祖父のような存在といっても過言ではないが、お互いに必要以上の会話はしない。そのため、こうして芝田が質問してくるのも、珍しい出来事であった。少し驚きながらも、
「これは大学での課題の延長なのだが、食べたものとその感想を書いている」
「なるほど。さすが芸術大学、おもしろい課題があるのですね」
「課題というよりは、こういうことをしている人物がいて影響を受けたという方が正しい」
運ばれてきたホットコーヒーを一口含んだあと、
「最初は意味が分からなかった。だが、書き続けていると、新しい表現が生まれたり、読み返した時、日記のように細かく書かなくとも、その日の自分自身の気持ちまで蘇ってくる」
「君彦様が楽しんで大学生活を過ごされててなによりです」
芝田は皺が刻まれた目元にさらに皺を寄せ、安心したように言った。
「なんですか?」
「あの女が前に言っていた日本一うるさい人か」
駿河はノートをめくる手を止めた。
「よく覚えてくれてましたね。そうですよ」
「お前みたいなおとなしい奴とは正反対だな」
「よく言われます。まぁ、彼女とは腐れ縁といったところでしょうか」
「幼馴染なのか?」
「いえ、彼女とは大学入試の時に出会ったので、まだ半年くらいですかね」
「半年であの距離感なのか」
「実はそうなんですよ。桂さんは出会った時からああいう人でした。あの時、桂さんは試験直前に筆記具を紛失して、かなりテンパってた状態でしたが」
「出会いから苦労してそうだな」
「ああいう感じですが、悪い人ではないですよ。ちょっと素直すぎるんです」
「よく見ているんだな、桂咲のことを」
「同じ学科で、実はマンションの部屋も隣でして。嫌でも交流する状態です」
そう言う駿河はどこか楽しそうだ。
「桂さんも神楽小路くんの小説読んでましたよ。読み終わって、『これを超える』って騒いでました」
神楽小路は自分の書いた作品があらゆるところで読まれていることに、内心驚いていたが、大学の課題とはいえ、提出すればある意味「世に出す」ということなのだろうと改めて感じた。
「桂さんは読書量の多さと、一度制作に取りかかった際の集中力は恐ろしささえ感じますよ。悲しいのは尻に火がつかないと行動しないんですけど」
「ふむ。仲良くはしないがお前がそこまで言うのなら、桂咲のことは覚えておこう」
「君彦様、おかえりなさいませ」
玄関の扉が開かれると、十人ほどのメイドが両脇に立ち、彼を出迎えた。
「カバンをお預かりいたします」
「ああ。……あ、ちょっと待て」
渡しかけたカバンの中から黒革の手帳を取り出した。手帳を片手に食堂へ向かう。
食堂には晩ご飯がすでにセッティングされていた。
「本日は、サラダ、マッシュルームのスープ、ハンバーグとライスでございます。お飲み物は水でよろしいですか?」
「かまわない」
調理担当者からメニューを聞くと、手帳に書きこんでから食事を始める。
今日は第二回の新聞の提出であった。
「神楽小路くんの端的で歯に衣着せぬ感想と、佐野さんの調理する面での体験談を含めた文。良かったよ。それにしても、佐野さんの食に対する熱さと、神楽小路くんの冷静な感想は正反対なところがおもしろいね。最終の三回目もがんばってね」
という感想を教授からいただいた。佐野はずっと「良かったね、良かったね」と喜んでいた。
(本人には言わなかったが、佐野真綾はよくやったと思う)
文章の見直しもそうだが、自分の強みを出してきた。どうやら彼女は料理ができるらしい。その実体験も踏まえつつ、エッセイ風に仕上げたのだ。初めて母親から教えてもらったインスタントラーメンの作り方。作るのに慣れてくると、自分でラーメンに合う具材を探したり、それを弟に食べさせてみたり、佐野の食への原点が書かれていた。
一品ずつゆっくり味わう。今までは何も考えず、ただ食べていた。料理が出来ないため、どういう食材が入っていて、どういった調理方法なのかはわからない。食べた時の味の好み、焼き加減、食感。自分がわかる範囲で、食後、手帳に感想を書き留める。
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そう興味を持たせるほど、今回の佐野の文章は神楽小路にも影響を与えた。
「君彦様、最近食前と食後にそちらの手帳に何を書かれているのですか?」
神楽小路家に長らく使えている執事長の芝田が訊ねた。芝田は神楽小路君彦がこの世に生を受けた日もこの家にいた。ゆえに、人と話さず、学校にもほとんど通わず、自宅に引きこもっていたことも、全て見てきた。彼にとっては、両親よりも長くそばにいる、祖父のような存在といっても過言ではないが、お互いに必要以上の会話はしない。そのため、こうして芝田が質問してくるのも、珍しい出来事であった。少し驚きながらも、
「これは大学での課題の延長なのだが、食べたものとその感想を書いている」
「なるほど。さすが芸術大学、おもしろい課題があるのですね」
「課題というよりは、こういうことをしている人物がいて影響を受けたという方が正しい」
運ばれてきたホットコーヒーを一口含んだあと、
「最初は意味が分からなかった。だが、書き続けていると、新しい表現が生まれたり、読み返した時、日記のように細かく書かなくとも、その日の自分自身の気持ちまで蘇ってくる」
「君彦様が楽しんで大学生活を過ごされててなによりです」
芝田は皺が刻まれた目元にさらに皺を寄せ、安心したように言った。
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