【1】胃の中の君彦【完結】

羊夜千尋

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再生

第二十七話 再生1

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 神楽小路は生きてきた中で、今が一番充実していると感じていた。
 学校に通わず、家にいて本を読み、小説を書く日々こそが最上の幸せだと思っていた。大学に入り、佐野真綾と出会って、世界はひっくり返った。
 連絡先を交換後は、佐野から『お昼ご飯、明日一緒に食べれるかな?』という連絡から始まり、駿河から面白かった本の情報交換、桂からは代返のお願いが送られてくるようになった。ずっと静かだったスマホは鳴ることが多くなり、触る時間も長くなっていった。大学で会えば話せるようなこともやりとりすることに、最初は不思議に思っていたが、悪くないと思えてきた。
 後期から始まる授業は佐野と同じになることが多かった。「横に座ってもいい?」と最初は訊かれていたが、いつの間にか何も言わずとも隣には佐野が座るようになっていた。そうすると窓の外を見ることはなくなっていた。佐野がずっと話しかけてくるからだ。少し前まで、会話のキャッチボールを拒否していた神楽小路も気がつけばボールを受け取り、投げ返すようになった。そのおもしろさに少しずつ気がついてきたのだ。
 授業中、ふと佐野を見る。しっかり板書を取っている時もあれば、うとうとと眠りに落ちている時もある。そんな彼女を神楽小路はただじっと見守る。
 決して顔には出さないが、話していても、話さなくても、ただ佐野と共にいるということが、神楽小路にとって喜びとなっていた。
 交友関係も勉強もやりがいと楽しさがあり、毎日、心は満たされて一日は終わっていく。
 
 だが、満たされる反面、パソコンをつけても点滅するカーソルを眺める時間が長くなっていった。
 小説という文化に触れ、自分も書きたいと思ったあの日から、毎日パソコンをつけて執筆したり、ネタを書きためておくノートを開けばペンを持った手が動いていた。
 四月、大学入学して課題で数作提出し、夏休み中も書けていた。八月の終わり、さぁ新作にと取りかかるも、一日に書く文字が減っていき、そして九月ももうすぐ終わる今日。0文字となった。書きたいという気持ちはあるのに、何も浮かばない。そうなった理由がわからず、戸惑いながら、
「なにか書かねば」
 神楽小路は自分に言い聞かせた。以前書き留めていたネタをかき集め、見つめてはネタの欠片たちが一つの話としてつながらないかと試行錯誤を繰り返す。だが、つながらない。そのもどかしさにいらだちを覚える。当初は、
「明日は書けるだろう」
 そう考え、眠りに就いていたが、文章が短くなると同じくして、眠ることすらできなくなっていった。
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