【3】Not equal romance【完結】

羊夜千尋

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なによりも大切な人たち

第五話 なによりも大切な人たち5

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 動きやすい普段着で帰るため、真綾と共に更衣室のテントに入る。駿河は外で待ってくれている。更衣室はワタシと真綾だけだから堂々と脱げる。苦しかった帯を外すと一気に息がしやすい。
「はぁーしんどかった」
「だねぇ。浴衣ってあんなにかわいいのに着ると本当に大変」
 浴衣を脱いで、前開きのシャツワンピを着る。あぁ、なんて楽ちんなんだとボタンを留めていると、真綾は汗拭きシートで体を拭きながら、
「ねぇ、咲ちゃん。ずっと訊きたかったことがあるの」
 と、言う。
「ん? なんだよ」
「咲ちゃんはさ、駿河くんのこと、どう思ってるの?」
「へっ」
 ワタシは固まる。テントの外はまだ七夕イベントが行われていて、賑やかな声がかすかに聴こえる。真綾は下着姿のままゆっくりワタシの方に体を向ける。汗拭きシートの甘い匂いがふわりと鼻をくすぐった。
「そんなの……友達だよ」
「友達……」
 真顔でオウム返しする真綾に、ワタシは笑いかける。
「アイツがワタシみたいなガサツなのを彼女にしたいワケないじゃん」
「駿河くんがそう思ってるから友達なの?」
「どういうことだよ」
「駿河くんへの推測抜きで、咲ちゃんはどう思ってるのかなって」
 真綾の丸い瞳がワタシを捉えて離さない。
 駿河のことをどう思っているか。声に出さず、頭の中で反芻する。駿河は大切な人だ。十九年の人生だけど、こんなに隣にいて心地よい異性は出会わないと思っている。でも、だからこそ、駿河は……。
「友達に決まってるだろ」
 ワタシの答えを伝えると、真綾はいつものようにふにゃっと優しく笑う。
「そっか。変なこと訊いてごめんね」
「そうだぞ~。見たらわかんだろう? てか、そんなこと訊くの、真綾らしくねぇぞ」
 頬をツンツンと軽く人差し指でつついた。弾力があって柔らかい。止まってた時間が、いつも通りにまた進んでいく。
 駿河は友達。きっとずっと友達。それでいいんだ。

 寝る前にパソコンを起動して、フォルダから『un title』という名前のファイルを開ける。白地にまだところどころ文章が空いている未完成の小説が表示される。
 
 周りに溶け込もうと必死に取り繕う女子高校生・露野つゆのしずくが主人公。家の中では好きな漫画を読んで過ごす毎日。ある日、藤枝肇ふじえだはじめという男子生徒がしずくのクラスに転校してきた。おとなしく、長い前髪で目を隠して、うつむいている肇は早々にひとりぼっちで過ごしている。しばらくの間、隣の席のしずくが肇に教科書を見せてあげることになる。肇が使っているシャーペンに昔好きだった漫画のキャラがプリントされていることに気づき、思い切って声をかける。お互い漫画が好きという共通点を見つけ、仲良くなる。
 漫画の貸し借りから始まり、肇は漫画を描くのが上手く、読ませてもらったり、互いの家が一駅違いだとわかると休みの日は行き来するようになる。話せば話すほど肇は実はおもしろく、しずくは自然体でいられると感じていた。
 しかし、クラスメイトの女子たちは仲良くしている姿を見て、しずくをからかう。「いつも一緒にいるね」「しずくはああいうのがタイプなんだね」「もうセックスはしたの?」と。しずくはショックを受ける。確かに肇の仕草や身なりに男性的な、自分にはない魅力に心が揺れる瞬間は合った。だが、肇と好きなことについて話をし、肇の描く漫画を楽しみにしている一読者だという気持ちが自分の中で強かった。しずくは「彼が男じゃなかったら何も言われなかったのかな」と、だんだんと肇の行動の端々に「彼は異性である」ということを強く感じるようになり、苦しんでいく。

 内容としてはざっくりここまで書けている。
 作品と作者はノットイコール、別物だ。だけど、この人ならこのあとどういう行動をし、なんて言うだろうと考える時、その登場人物の中に入り、ワタシは「その人」として動き、口を開く。笑ったり、喜んだり、悲しんだり、苦しんだりする。今回はしずくの一人称で語られる物語にしてるから、しずくと精神を共有して書いている。
しずくは、肇のことを「友達だ」と思っている。でも、かすかに胸がときめくことがあったのは事実で。
 ワタシもそうだ。靴擦れした時、ふらついて駿河の腕を掴んだ。思っていたより、筋肉質でびっくりした。「あ、そうか。駿河は男だった」って。それまで普通に友達としか見てなかった。だから合鍵も渡したし、互いの家を行き来してもそこまで強く意識してなかった。駿河が好きだけど、恋の好きじゃなくて、人として好きというか……。
「男女の友情って難しいよな」
 ワタシはそう、しずくに語りかけるようにひとりごちた。
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