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真夏の冒険

第八話 真夏の冒険3

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 駿河はスマホで地図を表示させ、随時確認してくれる。なんだか冒険する気持ちだ。さすがに大人になっても、日が暮れてから知らない場所を歩くのは少し怖い。迷ったらゲームオーバーだ。駿河の背中を見失わないように必死についていく。歩いている途中で、ドンッと大きい爆発音が聞こえ、見上げると、建物と建物の間から少しだけ花火のかけらが見えた。
「始まったみたいですね」
 少し早足で向かう。ようやくたどり着いた河川敷にはすでに人でいっぱいだった。みな同じように視線は空に向かっている。空いてる場所を探して、ワタシたちも顔を上げる。
 高く打ちあがった火の球は目的の場所まで到達すると、一瞬で弾け飛び、花を咲かせていく。こんな近くで見たことがないから、その迫力に思わず口を開けて見入ってしまう。横にいる駿河もワタシと同じように驚いたように見ている。周りでは花火の写真を撮っている人も多い。ワタシも一枚二枚記念で撮っとくかとスマホを構えると、
「どうやって撮るんですか」
「うおっ……!」
 耳元で話されたもんだからビックリして跳ね上がってしまった。
「夜、外で写真撮影したことないので」
「たしか駿河も同じ機種だったよな。とりあえずカメラアプリ起動して、こうして花火のところに焦点合わせて……な?」
「なるほど」
「あ、フラッシュは切っとけよ」
「わかりました」
 駿河はスマホを上に向け、シャッターを切る。
「撮れました」
 そうやって画面を見せようと近づく。ワタシもその画面をのぞき込もうとして、距離を詰めたら勢い余って駿河のこめかみに頭をぶつけてしまった。
「悪い……。痛くなかったか?」
 ぶつけたあたりを撫でる。
「だ、大丈夫です……」
 と言いながら、どこかうろたえている。かなり痛かったのかもしれない。
「えっと、ほら、見てください。綺麗に撮れてるのではないでしょうか」
「ホントだ。うまく撮れてんじゃん。さて、あとは目に焼きつけようぜ」
 そのあと二十分くらい、ずーっと夜空に咲く花を見ていた。一瞬で散ってしまうけど、その一瞬をここにいる人たちは「綺麗だなぁ」って同じ気持ちで見てるのはおもしろい。小説はそういかないもんなぁ。十人いれば十通りの感想が飛んでくるから。いろんな意見があるから面白いっていうのもあるけど、花火みたいに心一つにして見る作品も良いものだな。
 なんて我ながらちょっと壮大なことを考えていたら、周りにいる人たちが「そろそろラストのナイアガラだ」と話し始める。
「どうやらもうすぐ終わりのようですね」
「だな。ラストどんなのくるんだろ」
 一気に空が真っ赤に染まり、追うように花火大会中で一番大きな破裂音が町中に響き渡り、みな思わず歓声を上げる。本当だ、夜空に光の滝が流れてる。しかし、それも一瞬でそのあとには白っぽい煙が残る。
「ラストにふさわしい派手な花火だったな」
「圧巻でしたね」
 まだ心臓がバクバクしている。花火でこんなに興奮したのは初めてだった。良いものをみれたという気持ちでいっぱいになった。ナイアガラが終わると人々は満足した表情を浮かべながら一斉に帰路につく。一気に押し寄せた人の波に流され、駿河と離れそうだ。
「す、駿河……!」
 服の裾を掴もうとするが、空振りした。どうしようと思った時、駿河が振り向く。
「失礼します」
 腕が伸びてきたと思えば、次の瞬間ワタシの手を握って引っ張られた。その反動で駿河の腕にぶつかる。心臓がバクバク大きな音を鳴らす。
「ごめんなさい、勢いよく引っ張ってしまって。痛くないですか?」
「大丈夫、大丈夫」
「危うくはぐれるところでしたね」
「はぐれたら、夜だし、目印少ない住宅街だし、帰れる自信ないわ……」
「ですよね。このまましばらく手をつないでましょうか」
「お、おう」
 駅へと向かう人たちの波に乗って歩く。駿河、思ってた以上に手がデカいし、骨ばっててごつごつしてる。ああ……頭が真っ白で月並みな表現しか出てこない。でもその通りなんだもんな……。なんか変に緊張して手汗がめちゃくちゃ出て申し訳ねぇ……。
「花火、思ったより大きくて綺麗でした」
「そうだな」
「僕の実家の近くでも花火大会があるんです。家の窓から小さく見える花火を毎年カーテンの隙間から見てました」
 
 駿河は以前、家族が嫌いだと話してくれた。母に監視され勉強以外の自由を奪われ、そんな息子を父は助けることはなかったという。そうして大学進学を機に実家を出た駿河。ようやく今、自分の好きなことを学び、興味のあるバイトをしている。それ以上詳しくは聞いていない。アイツから話さない限り、ワタシはこれからも訊くことはない。
「だから、今日はすごくいい思い出になりました」
 駿河が微笑む。ワタシも嬉しくて微笑み返す。
「それなら良かった」
 そういや、前に天王寺に行った時もそうだった。帰り際に「帰るのが惜しいくらい、とても楽しかったですよ」って言って笑った。駿河のふと出る笑顔を見ると、安心するんだよな。「ああ、楽しんでくれたんだ」って。真綾の笑顔とはまた違う、なんだろう。言葉に表せない大事なもののひとつになってる。
「あの」
「なあ」
 同時に声をかけてしまった。
「あ、桂さん先にどうぞ」
「え? あぁ……えっと、来年も見に行こうぜ花火。来年はもっと近くで見に行ってもいいかもな」
「ここよりもすごい人だと思いますが、覚悟決めて行ってみますか」
「おう。約束だからな?」
「桂さんこそ、忘れないでくださいね」
「忘れねぇし! 言いたいことはそれだけ。駿河は?」
 駿河は顎に軽く手を添え、夜空を見上げる。数秒黙った後、
「……忘れました」
「えー!」
「でも、大丈夫です」
 駿河と家のドアの前まで手をつないだまま歩いた。いつの間にか恥ずかしさや戸惑いはなく、いつもそうしているような、そんな気持ちだった。
 このままずっと手をつないでいても、ワタシはかまわないと思った。
 駿河は異性ではたった一人の大切な人。それは変わりない。こうして手をつないでしっくりきていると、わからなくなってきた。今、もし突然キスされたなら、どうなんだろう。キスにも相性があるのだろうかと少し考えて、頭の中から消した。
 友達以上恋人未満。グレーな、言い訳のつく、ちょうどいい関係。それを手放すのは怖かったから。
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