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3/老医師の愚痴
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職人街
シュッシュッ、カンカン、コォォォ
様々な機械の音がする。
ここは魔導具製作界では知らないものはいない工房である。
どんなに複雑な機構も、どんなに繊細な細工も、オーダーを違えることなく、むしろ、それ以上の完成度を持って作成する職人がいるからである。
今、作業をしているのは、その職人の唯一の弟子、オリビアである。
「おじーちゃん、タルトさんとこの装置調整終わったよー」
「おぉ、どれどれ」
おじーちゃんと呼ばれた老人は、ヴィム。
ヴィム・バウス、彼こそ伝説の職人である。
オリビア・クライフは彼の孫である。
オリビアが5歳のときに修行を始めて、もう20年になろうとしていた。
オリビアは調整が得意で、ヴィムに魔導具の核となるコアの調整を頼まれるほどの実力になっていた。
昔、大失敗をやらかし、大惨事を引き起こし、ヴィムに死ぬほど絞られてからオリビアは自分の実力に奢ることなく、真摯に修行に励んだ。その結果、ヴィムには及ばないものの、他の魔導具師との実力差は歴然だった。
「おじーちゃん、またカーラさんから依頼があるって連絡あったよ」
「またか…アイツはいつも厄介な案件しか持ってこん」
「まぁまぁ、カーラさんとは長い付き合いじゃない。それに昔おじーちゃんが駆け出しでまだ仕事がない時カーラさんが依頼してくれたおかげでおじーちゃんの評判が上がって仕事が順調に行くようになったって聞いたよ?」
「ふん、そんなものしらん」
「えー、でも、ちゃんと実力に見合った報酬がもらえるようになったのはカーラさんの依頼からじゃない。おばーちゃん、日記にめちゃくちゃ愚痴ってたよ」
「ふん!」
「じゃあ、来週って返事しとくね」
オリビアはやれやれと肩をすくめた。
「あ、おじーちゃん、今素材足りてるよね?面倒でも大切な依頼人なんだから、来週はどっかに行かないで工房で仕事してね」
ヴィムは魔導具に必要な素材などがあれば、収集に向かう癖がある。
思い立ったが吉日、その素材があるならどこまでも行き、納得の物が手に入るまで幾日も戻ってこないのはザラであった。
なので、ヴィムへ仕事を依頼するときは、まずオリビアに言付け、それからオリビアがヴィムが確実にいる日時を依頼人に告げる方式だった。
なので、ヴィムの工房は腕の割に依頼数は少なかった。
「今月もカツカツだなぁ」
オリビアが夕飯の支度をしながらぼやいた。
今この住まいにはヴィムとオリビアだけだった。
祖母が数年前に他界して、
オリビアの両親は、中央都市の役所で官僚をしており、一緒には暮らしていなかった。
「やっぱうちも大衆向けの魔導具売り出そうかなぁ…おじーちゃん嫌がるけど…」
オリビアがあれこれ考えていると、いるかー?とドアが開いた。
「はいはい、あっ、リヴリー先生」
今職人街に長期出張で来ている老医師だった。
デニス・リヴリーとヴィムは昔からの知り合いで、飲み仲間だった。
「おじーちゃんならまだ工房にいますよ。今日はどうしたんですか?」
「なんじゃ、まだ仕事しておるのか。仕方のないやつだ。いや、なに、ちょっといい酒が手に入ったんでな」
デニスはそう言って酒瓶をふりふり振った。
「先生、お医者さんなのにいいんですか?」
「酒は百薬の長じゃ。固いことはいいっこなしじゃ」
「も~そんなこと言ってー。待ってて、おじーちゃん呼んでくる」
そう言うと、オリビアは工房にヴィムを呼びに行った。
工房ではヴィムが作業していた。
「おじーちゃん、リヴリー先生きたよ」
「何じゃあいつは。暇なのか。ヤブ医者め」
ヴィムは悪態をつきつつ、キリのいいところで作業を終わらせ、道具を片付けた。
「そんなこと言わない、言わない」
オリビアは片付けを手伝い、工房を閉めた。
ヴィムとオリビアがダイニングに入ると、デニスがお酒とおつまみの準備をして待っていた。
「なんじゃ、準備がいいんじゃないか?」
「おう、今日はお前さんに話を聞いてもらいたくてな」
「なんじゃ?」
ヴィムはめんどくさそうな顔をした。
「まぁそう急かすな。ほれ、座って、座って。まずは1杯」
そう言うとデニスはヴィムのグラスにお酒を注いだ。
「なんじゃ、気持ち悪い」
「ほれ、いいからいいから、乾杯」
「…」
ヴィムは明らかに怪しいデニスの様子に訝しんで無言で乾杯の仕草をした。
お酒と食事が進み、相変わらずデニスはゴニョゴニョモニョモニョしていたので、しばらくしたところでヴィムの我慢の限界がきた。
「ええい、さっきからなんじゃうっとおしい。言いたいことあるならさっさと言わんか」
「う、うーん…」
「言わないなら帰れ。酒が不味くなる」
「わ、わ、わかったわかった。実はの、ワシの孫娘がのぉ…」
「あ? あぁ、あの娘か…。あんときは大変だったのぉ。今は元気なんじゃろ?」
「まぁ元気は元気なんじゃが…」
「なんじゃ?」
「…で…きたんじゃ…」
「何がじゃ?」
「ワシのかわいいかわいい孫に恋人が出来たんじゃぁぁぁぁ」
デニスはそう叫んで突っ伏してしまった。
「なんじゃ…そんなことで」
「お前さんにはわかるまい…あんなに可愛くて、器量が良くて、気立ても良くて、性格も良くて、人気もあって…」
「はいはい」
「そんなワシの自慢の孫に男が‥!男ができたんじゃ」
デニスはヴィムをガクガク揺さぶって感情をあらわにした。
「やめんかい。まったく、めんどくさいやつじゃの。その男に問題あるんか?」
「ない…アイツも孫のことずっと一途に想っていたからな…」
「ん?なら問題ないんじゃないのか?」
「それはそれ。孫が取られたら嫌なんじゃーーーーーー」
「めんどくさいのぉ」
ヴィムは呆れ果てた顔で言った。
「フン!お前さんも近いうちにワシの気持ちがわかることになるんじゃ、なぁ、オリビア」
急に話を振られたオリビアは飲んでいたお茶を吹き出した。
「ちょ、ちょ、先生何言ってるんですか。もう、私はまだまだ修行中の身だからそんな話ないよ。それよりお孫さんおめでとうございます」
「オリビア、孫もそんなこと言っていたんじゃ。何があるかわからんのじゃ…」
おいおい泣き始めたデニスを介抱した。
「先生、お酒、飲みすぎですよ。薬通り越しちゃってますよ」
「オリビア~~」
ヴィムはその様子を横目に残りの酒を飲み干した。
その後も永遠とグチグチ言っていたので、ヴィムは酔っぱらったデニスをオリビアに送るように言いつけ、歩けるうちに追い出した。
翌日、「昨日はすまなかったな」と言いながらデニスは孫に送りたいと言って魔道具の製作を依頼してきた。
「私でいいの?」
「あぁ、必要なのはオリビアの力のほうだからな。いいじゃろ?ヴィム」
「そのくらいなら問題ないじゃろ。オリビア、、やってみなさい」
「ありがとう!おじーちゃん!!リヴリー先生頑張るね!!!」
オリビアはデニスと魔道具の仕様について打ち合わせをした。
デニスの依頼の魔道具は細かな調整が必要ではあったが、オリビアでも十分にできる簡単な機構であった。
「じゃぁ、これで製作していきます。精一杯頑張ります」
「うんうん。頼んだよ」
デニスは満足そうに帰っていった。
「おじーちゃん、私、頑張るね」
「お前ならできると思ったから任せたんじゃ。気張れよ」
「うん」
オリビアは気合を入れ直した。
翌日からオリビアは製作に取り掛かった。
シュッシュッ、カンカン、コォォォ
様々な機械の音がする。
ここは魔導具製作界では知らないものはいない工房である。
どんなに複雑な機構も、どんなに繊細な細工も、オーダーを違えることなく、むしろ、それ以上の完成度を持って作成する職人がいるからである。
今、作業をしているのは、その職人の唯一の弟子、オリビアである。
「おじーちゃん、タルトさんとこの装置調整終わったよー」
「おぉ、どれどれ」
おじーちゃんと呼ばれた老人は、ヴィム。
ヴィム・バウス、彼こそ伝説の職人である。
オリビア・クライフは彼の孫である。
オリビアが5歳のときに修行を始めて、もう20年になろうとしていた。
オリビアは調整が得意で、ヴィムに魔導具の核となるコアの調整を頼まれるほどの実力になっていた。
昔、大失敗をやらかし、大惨事を引き起こし、ヴィムに死ぬほど絞られてからオリビアは自分の実力に奢ることなく、真摯に修行に励んだ。その結果、ヴィムには及ばないものの、他の魔導具師との実力差は歴然だった。
「おじーちゃん、またカーラさんから依頼があるって連絡あったよ」
「またか…アイツはいつも厄介な案件しか持ってこん」
「まぁまぁ、カーラさんとは長い付き合いじゃない。それに昔おじーちゃんが駆け出しでまだ仕事がない時カーラさんが依頼してくれたおかげでおじーちゃんの評判が上がって仕事が順調に行くようになったって聞いたよ?」
「ふん、そんなものしらん」
「えー、でも、ちゃんと実力に見合った報酬がもらえるようになったのはカーラさんの依頼からじゃない。おばーちゃん、日記にめちゃくちゃ愚痴ってたよ」
「ふん!」
「じゃあ、来週って返事しとくね」
オリビアはやれやれと肩をすくめた。
「あ、おじーちゃん、今素材足りてるよね?面倒でも大切な依頼人なんだから、来週はどっかに行かないで工房で仕事してね」
ヴィムは魔導具に必要な素材などがあれば、収集に向かう癖がある。
思い立ったが吉日、その素材があるならどこまでも行き、納得の物が手に入るまで幾日も戻ってこないのはザラであった。
なので、ヴィムへ仕事を依頼するときは、まずオリビアに言付け、それからオリビアがヴィムが確実にいる日時を依頼人に告げる方式だった。
なので、ヴィムの工房は腕の割に依頼数は少なかった。
「今月もカツカツだなぁ」
オリビアが夕飯の支度をしながらぼやいた。
今この住まいにはヴィムとオリビアだけだった。
祖母が数年前に他界して、
オリビアの両親は、中央都市の役所で官僚をしており、一緒には暮らしていなかった。
「やっぱうちも大衆向けの魔導具売り出そうかなぁ…おじーちゃん嫌がるけど…」
オリビアがあれこれ考えていると、いるかー?とドアが開いた。
「はいはい、あっ、リヴリー先生」
今職人街に長期出張で来ている老医師だった。
デニス・リヴリーとヴィムは昔からの知り合いで、飲み仲間だった。
「おじーちゃんならまだ工房にいますよ。今日はどうしたんですか?」
「なんじゃ、まだ仕事しておるのか。仕方のないやつだ。いや、なに、ちょっといい酒が手に入ったんでな」
デニスはそう言って酒瓶をふりふり振った。
「先生、お医者さんなのにいいんですか?」
「酒は百薬の長じゃ。固いことはいいっこなしじゃ」
「も~そんなこと言ってー。待ってて、おじーちゃん呼んでくる」
そう言うと、オリビアは工房にヴィムを呼びに行った。
工房ではヴィムが作業していた。
「おじーちゃん、リヴリー先生きたよ」
「何じゃあいつは。暇なのか。ヤブ医者め」
ヴィムは悪態をつきつつ、キリのいいところで作業を終わらせ、道具を片付けた。
「そんなこと言わない、言わない」
オリビアは片付けを手伝い、工房を閉めた。
ヴィムとオリビアがダイニングに入ると、デニスがお酒とおつまみの準備をして待っていた。
「なんじゃ、準備がいいんじゃないか?」
「おう、今日はお前さんに話を聞いてもらいたくてな」
「なんじゃ?」
ヴィムはめんどくさそうな顔をした。
「まぁそう急かすな。ほれ、座って、座って。まずは1杯」
そう言うとデニスはヴィムのグラスにお酒を注いだ。
「なんじゃ、気持ち悪い」
「ほれ、いいからいいから、乾杯」
「…」
ヴィムは明らかに怪しいデニスの様子に訝しんで無言で乾杯の仕草をした。
お酒と食事が進み、相変わらずデニスはゴニョゴニョモニョモニョしていたので、しばらくしたところでヴィムの我慢の限界がきた。
「ええい、さっきからなんじゃうっとおしい。言いたいことあるならさっさと言わんか」
「う、うーん…」
「言わないなら帰れ。酒が不味くなる」
「わ、わ、わかったわかった。実はの、ワシの孫娘がのぉ…」
「あ? あぁ、あの娘か…。あんときは大変だったのぉ。今は元気なんじゃろ?」
「まぁ元気は元気なんじゃが…」
「なんじゃ?」
「…で…きたんじゃ…」
「何がじゃ?」
「ワシのかわいいかわいい孫に恋人が出来たんじゃぁぁぁぁ」
デニスはそう叫んで突っ伏してしまった。
「なんじゃ…そんなことで」
「お前さんにはわかるまい…あんなに可愛くて、器量が良くて、気立ても良くて、性格も良くて、人気もあって…」
「はいはい」
「そんなワシの自慢の孫に男が‥!男ができたんじゃ」
デニスはヴィムをガクガク揺さぶって感情をあらわにした。
「やめんかい。まったく、めんどくさいやつじゃの。その男に問題あるんか?」
「ない…アイツも孫のことずっと一途に想っていたからな…」
「ん?なら問題ないんじゃないのか?」
「それはそれ。孫が取られたら嫌なんじゃーーーーーー」
「めんどくさいのぉ」
ヴィムは呆れ果てた顔で言った。
「フン!お前さんも近いうちにワシの気持ちがわかることになるんじゃ、なぁ、オリビア」
急に話を振られたオリビアは飲んでいたお茶を吹き出した。
「ちょ、ちょ、先生何言ってるんですか。もう、私はまだまだ修行中の身だからそんな話ないよ。それよりお孫さんおめでとうございます」
「オリビア、孫もそんなこと言っていたんじゃ。何があるかわからんのじゃ…」
おいおい泣き始めたデニスを介抱した。
「先生、お酒、飲みすぎですよ。薬通り越しちゃってますよ」
「オリビア~~」
ヴィムはその様子を横目に残りの酒を飲み干した。
その後も永遠とグチグチ言っていたので、ヴィムは酔っぱらったデニスをオリビアに送るように言いつけ、歩けるうちに追い出した。
翌日、「昨日はすまなかったな」と言いながらデニスは孫に送りたいと言って魔道具の製作を依頼してきた。
「私でいいの?」
「あぁ、必要なのはオリビアの力のほうだからな。いいじゃろ?ヴィム」
「そのくらいなら問題ないじゃろ。オリビア、、やってみなさい」
「ありがとう!おじーちゃん!!リヴリー先生頑張るね!!!」
オリビアはデニスと魔道具の仕様について打ち合わせをした。
デニスの依頼の魔道具は細かな調整が必要ではあったが、オリビアでも十分にできる簡単な機構であった。
「じゃぁ、これで製作していきます。精一杯頑張ります」
「うんうん。頼んだよ」
デニスは満足そうに帰っていった。
「おじーちゃん、私、頑張るね」
「お前ならできると思ったから任せたんじゃ。気張れよ」
「うん」
オリビアは気合を入れ直した。
翌日からオリビアは製作に取り掛かった。
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