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第10章 「……だから、ごめん。別れよう」

Special Scene 3度目の正直 裕翔side

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俺は必死になって走った。もうすぐで、俺の長年の願望が叶うかもしれないから。



兄貴の顔を見て、少し怖くなった。俺もいつかは、こんな気持ちを味わうのかと思ったから。だけど、それでも、俺も桜十葉が欲しかった。



桜十葉に、俺のことを思い出してほしかった。



公園に着き、俺は乱れた息を整える。



『はぁっ、はぁっ……』



汗を拭って、服装を正した。



そこには、まだ中学3年生の桜十葉が居た───。



『こんな所に1人でいたら悪い男に連れてかれるよ?』



思ったよりも低い声が出た。今、すごく興奮している。



桜十葉は大きくて綺麗な瞳を限界にまで見開いて、驚いたように俺を見つめていた。



『何、俺の顔に興味ある?』



言っていて、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしくなる。これまで女の子と付き合ったこともなかったし、ましてや話すこともあまりなかった。



それなのに、俺は今、そんな女の子に自分の顔に興味があるのかという恥ずかしすぎる質問をしている。



桜十葉の前だと、俺は頭のネジが外れてしまうのかもしれない。



『彼氏に振られた女なんかに声掛けても、何もいいことなんてないですよ?』



『へぇ~、彼氏に振られちゃったんだ。それは可哀想に』



桜十葉は思ったよりも強気な女の子かもしれない。そう思った俺は思わず吹き出してしまう。そんな俺を見て、桜十葉が頬を膨らました。



『俺ん家、くる?』


『だ、大丈夫です…』



さすが、警戒心が強い。そう感心していると、ぐぅ~とどこからかお腹の音が鳴るのが聞こえた。



驚いて桜十葉を見ると、恥ずかしそうに真っ赤に頬を染めている。



『ふっ、お腹空いてんじゃん。ほら、俺ん家においで。慰めてあげるから』



その可愛さに、またも笑ってしまった。桜十葉はそんな俺の言葉に小さく頷いて、涙で濡れていた瞳を俺に向けた。



『ん、いい子』



俺は桜十葉に触れたくて、思わず頭を撫でる。



『そう言えば…名前、教えて貰ってもいいですか』



桜十葉が思い出したようにそう切り出した。



『ああ、うん。俺は坂口裕翔(さかぐち ひろと)。君は?』


『私は、結城桜十葉(ゆしろ おとは)と言います』



一か八か、フルネームを名乗った。少しだけ緊張した。坂口組の組長の息子だと、悟られてしまうかもしれないと思ったから。だけど桜十葉は気づいた様子はなくて、安心した。



『おとは、ね。よろしくね』



これから、桜十葉の隣でずっと笑っていたい。もう知っている君の名前を優しく呟いて、俺は幸せの中にどんどん溺れていく。



『お、お邪魔します…』



俺の家に着いて、桜十葉を先に玄関に入れる。体が雨で濡れていて寒そうだったから。



俺は玄関に入って靴を脱ぎ、すぐにタオルを持って桜十葉の所に向かった。



『驚かせた?』


『あ、ぅ……はい』


『そうだよねー。俺ん家、豪邸なの』



豪邸、か……。そんなことを自分で言っている俺自身を思わず鼻で笑ってしまいそうになる。この家は、言わば俺を留めておくための檻。



父親が勝手に用意して、ここに俺を住まわせた豪邸。



それはもう監獄と言ってもいいくらいだ。



『ほら、桜十葉。ここが俺の部屋』



赤いカーペットが敷かれている廊下を歩いていくと、俺の部屋に着いた。



『ほら、そこに座ってて。お茶淹れてくるから』



俺は桜十葉を部屋に案内して、すぐに台所に向かった。今から、しないといけないことがある。本当はしなくても良いことなんだろうけど、俺がしたいんだ。



桜十葉が一過性全健忘だと診断されてから随分と日が経った。普通は24時間以内に記憶が戻ると言われている病気なのに、桜十葉は何日日が経っても一向に回復する様子がない。



自分のやっていることや言ったことが記憶できないんじゃなくて、これまでの記憶が戻らないのだ。



医者からは、これはもうどういう症状なのかが分からないと言われた。どの病気にも一致しなくて、対処法が見つからない。



それならば、俺は桜十葉に、裕希のことも忘れてほしかった。



温かい紅茶を淹れて、お盆に乗せる。俺は台所を出て足早に桜十葉の居る自分の部屋へ向かう。



『うぅ……、ぐすっ』



扉を開けようとしたら、中から桜十葉の泣き声が聞こえてきた。その泣き声を聞いた途端、俺の中で何かが弾けた。



『大丈ー夫だよ。俺がそばにいてあげるから』



一瞬にして桜十葉の後ろまで行って、持っていたお盆を机の上に置いた。そして、俺は桜十葉を後ろから抱きしめていた。



『さ、坂口……さんっ』


『裕翔、でしょ。ほら、呼んでごらん』


『うぅ…ひ、ひろと……さん』


『んー、まぁ今はそれでもいいか』



俺の兄貴は桜十葉に裕希、と呼び捨てで呼ばれていた。だから俺もそう呼んでほしかったけど、さん付けも悪くない。



『女の子の泣き顔は大好きだけど、他の男のために泣く桜十葉の泣き顔なんて見たくない』



実は、すごく嫉妬している。兄貴に言われた言葉で、兄貴のために泣く桜十葉を見ていると、兄貴にすごく嫉妬心を抱いてしまう。



『う、ごめん……なさい』


『早く泣き止まないとキスするよ』
 


キス、したい。早く桜十葉とキスしたい。本当は、ずっと思っていた。その柔らかそうなピンク色の唇を俺ので塞いでしまいたい。



『あーあ、泣き止んじゃったね。キスしたかったのに』


『ほ、他の男のために泣く泣き顔は好きじゃないって……、言ったじゃないですか」』



桜十葉のことがすごく愛おしい。今はこの感情差が少しだけ寂しいけれど、すぐに俺のところまで桜十葉を連れていく。



『そーだね。泣き止んでくれてよかったよ」』



こんな野獣の目の前で従順に従ってしまっている桜十葉が可愛い。



『ほら、桜十葉は何が食べたい?』



せっかく桜十葉のために色々用意していたから、沢山食べてほしい。それに、今の桜十葉はすぐにでも折れてしまうんじゃないかと思うほど細いのだ。



もっと脂肪を付けて健康体にならないと…。



ってか俺、めっちゃ変態みたいじゃねぇか?



心の中馬鹿みたいな考えを浮かばせながら桜十葉のことを見つめていた。



『チョコレートが食べたいです……』



恥ずかしそうに言った桜十葉を横目に見ながら、俺はそのチョコレートを自分の口の中に含んだ。何か、桜十葉とキスできる理由がほしかった。



こんなんじゃ、理由にもなっていないと思うけれど…。



『んっ……!』



俺は自分の欲望に勝てずに、桜十葉の唇に自分の唇を重ね合わせた。人生で初めて、キスをした。



俺にとってのファーストキスは、桜十葉。君なんだよ。



『んんっ……、も、無理……』


『ふふっ、……ごちそーさん』



口の中のチョコレートを桜十葉の口に移して、深くキスをする。初めてのキスは、チョコレートの甘ったるい味だった。



『な、なんで………』



桜十葉の頬が最高潮に赤く染まる。



『だって桜十葉とキスしたかったんだもん』



だもんって、小学生か俺は!そう自分を叱咤しながら悪戯な表情を浮かべる。



『だからってなんで……』


『ほら、もういいでしょ。早く食べなきゃまた口移しするよ?』


『じ、自分で食べます!』



好きな子をいじめるのは、こんなにも興奮するものなのか?今、俺の気分はめちゃくちゃ高ぶっている。困って表情を見せる桜十葉を、自分のものにしたくなる。



赤く頬を染めた桜十葉は、俺が淹れた紅茶をごくっと勢いよく飲み込んだ。



俺はそれを見て、少しだけ目を見開いた。



それを飲み、ぼやっとした様子の桜十葉を見て悪い感情が俺の心の中を充満する。



その中には、記憶の一部を消す薬が入っているのだ────。



ただ、兄貴を忘れてほしい。そんな小さな俺の願いを勝手に押し付けて、叶えた。



だめだとわかっているのに、止めなかったのは俺だ。



全ての責任は、俺が背負うよ。



だから桜十葉。君は俺を、俺だけを見て。



そして、両腕だけでは抱えきれないほどの幸せを俺にちょうだい。



兄貴がくれた最後の愛情を、思う存分に使おう。



自分が幸せになるために、兄貴から桜十葉を奪った。



それだけのことをしたのだから、もう何も怖くないだろう。



そう思うのに、何も知らない純粋な桜十葉を見ていると、なぜか胸が酷く痛んだ。



✩.*˚side end✩.*˚

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